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この子は最早理屈の外にいる


 ……その頃、美也は。


「コネクトモード……!」

 赤い破片の弾幕を前にして。美也は聖剣を弓からリングに戻した。聖剣で顔面を庇い、破片を弾いていく。

「くっ……!」

 それでも、殆どの破片は防げずに、涙花の盾となった美也に叩きつけられる。

「お姉ちゃん……!」

「大丈夫だから……!」

 涙花の悲鳴に、美也は攻撃に耐えながらもそう叫ぶ。実際、彼女の体には傷の一つさえついていなかった。

「ほぅ。今のも耐えるか。一発一発は大したことがないとしても、纏めて受ければ威力は相当だろうに」

 攻撃が終わって。グレナダは感心したようにそう漏らした。……確かに、聖剣で防げなかった分もノーダメージなのは不可解だな。

「……伊達に何年も、この力と付き合ってないからね」

「何年も? お前が聖剣使いになったのは、つい最近と聞いているが」

「そっちじゃないよ。聖剣は確かに、つい最近使えるようになったけどね。……私、元々超能力者だから。涙花ちゃんと同じ、風使いの、ね」

 そう、美也は聖剣使いでありながら、超能力者でもあった。風を操る能力は防御の他、空気中の毒素を分離する効果もある。それにより、先程グレナダが使った水銀も防いだのだろう。

「なるほど。それでは、その経験を奪わせてもらおうか」

「え―――」

「第四のセフィラ「慈悲ケセド」―――神の高潔ザドキエル

 グレナダが呼び出したのは、青色の盾。先程使った第九のセフィラとは違い、対になる武器もない。本当に盾だけだった。

「第四のセフィラは神聖な愛の象徴、金属は錫、宝石はサファイア、惑星は木星、図形は正四面体……神の高潔ザドキエルは慈悲と許しの象徴で、浄化の役割を持つ。司るのは水と―――あれ?」

 記憶の中から、次なるセフィラの情報を引っ張り出す美也。しかし、それは途中で途切れてしまった。……まるで、急にパソコンのハードディスクを破壊されたように、フリーズしてしまう。

「ほぅ? 自慢の知識はどうした?」

「知識? ……っていうか、あなたは、誰?」

「お姉ちゃん……!?」

 しかも、美也の様子がおかしい。今まで戦っていたグレナダのことが分からなくなっているようだ。……これはまさか、記憶喪失なのか?

「この盾に秘められた力は、記憶の操作。神の高潔ザドキエルが水と共に記憶力を司ることから得た力である。これで、お前の知識を消した。……まあ、今のお前は、全ての記憶を消されてしまっている。この言葉も、果たして届いているのか」

「……?」

「お、お姉ちゃん……!」

 涙花が必死に呼びかけるが、美也は首を傾げているだけだ。……どうやら、本当に全ての記憶を消され、まっさらな状態にされてしまったらしい。知識も経験も、言語すらも失ってしまった。これでは最早、戦いどころではない。

「ふむ、どうやら勝負あったようだな」

 グレナダは勝利を確信したように、美也へと一歩、歩み寄る。

「ひぃっ……!」

 対する美也は、本能的に恐怖を感じているのか、まるで逃げるように後退りを始めた。記憶がなくとも、彼が危険だということは分かるようだな。元々、(繁殖)本能だけで動いているような奴だったし。

「記憶がないなら、赤子も同じか。ならば、あまり苦しめるものではないな」

 彼女に止めを刺すためか、グレナダは一度盾を消して、新たな武器を呼び出した。

「第三のセフィラ「理解ビナー」―――神の番人ザフキエル

 現れたのは、黒い車輪。車のタイヤと同じくらいのサイズで、馬車にでもついていそうなデザインだ。

「今すぐにでも、楽にしてやろう」

「だ、駄目なのよぉ……!」

 涙花が叫ぶが、グレナダは意に介さない。黒の車輪を、容赦なく、大きく振り上げた。

「さらばだ」

 そして、慈悲もなく振り下ろした。車輪が鈍器となって、美也の頭を押し潰そうとする。



(……?)

 美也の脳内では。一切の記憶が消され、頭の中をいくつもの疑問が埋め尽くした。……自分は誰なのか? ―――分からない。……ここはどこなのか? ―――分からない。……今はどういう状況なのか? ―――分からない。

(……)

 思考は行えるのに、それを補強する知識がない。けれども、思考は途切れない。グレナダは赤ん坊のようだと言っていたが、実際は違う。記憶がなくとも、思考力は健在だ。しかも、彼が使った武器の特性を一瞬で見破るほどに頭が回る。自慢の知識が健在であれば、今頃余裕で解決していただろう。……まあ、記憶がないからそれが出来ないわけだが。

(……ん)

 けれども。そんな彼女の中に、たった一つだけ、記憶があった。

(……ふ君)

 それは、美也の根幹を形作っていると言ってもいいほど、重要な人物。顔も名前も、自分との関係も。何もかも忘れながらも、心に残っていた存在。それが今、美也の記憶を蘇らせる鍵に―――その切欠になっていた。

(……るふ君)

 ただ一つ覚えていることがあれば。彼女はそこから、元の記憶を取り戻せる。芋蔓式に記憶を手繰り寄せて、あるべき姿へと変えていった。

(狼君……!)

 そして、彼の名前を思い出したとき。既に彼女は、全ての記憶を取り戻していた。



 グレナダが振り下ろした車輪によって、美也の頭が押し潰された―――かに思えた。

「なっ……!」

 グレナダの瞳が、驚きで見開かれる。……それはそうだろう。グレナダの車輪を、美也の聖剣が防いだのだから。

「……ふぅ。危なかった」

「お、お姉ちゃん……!」

 美也は安堵しながら、車輪を押し返した。……記憶がなくなっていたはずなのに、どうして?

「何が起こった……?」

「今回はちょっと危なかったけど、どうにか復帰できたよ。……覚えておいて。恋する乙女はね、愛する人のことは、絶対に忘れないの。―――狼君のことだけは記憶から消えてなかったから、そこを取っ掛かりにして記憶を呼び戻したんだよ」

「馬鹿な……そんなことが」

 なんと、狼に関する記憶を起点にして、グレナダの記憶操作に対抗したらしい。無茶苦茶にも程があるが、彼女の狼に対する執着を考えれば、寧ろそれくらいは当然かもしれない。美也の生殖本能は、狼以外に向けられていないしな。

「せいっ……!」

 美也が力を込めると、聖剣のリングが高速回転。車輪を切り裂いてしまう。破壊された車輪は、今までと同じように砕けて霧散した。

「くっくっくっ……まさか、こんな規格外がいるとはな。よかろう、もうお遊びはなしだ」

 グレナダは急に笑い出したかと思えば、そんなことを呟いた。……さすがにここまでされては、気が狂ってしまうのか?

「第一のセフィラ「王冠ケテル」―――玉座に侍る者メタトロン

 そして新たに呼び出したのは、白くて巨大な万年筆。槍にしては太すぎるそれを、グレナダは易々と振り回す。

「……! メタトロンの槍……歯向かう者を串刺しにしたってエピソードから出したなら、ちょっとまずいかも」

 その得物に、美也は警戒心を露にしていた。……それほど危険なものなのだろうか?

「では、参ろうか」

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