こっちは一応決着
……その頃、闇代は。
「……もぅ。亜子ちゃん、怪我しないでね」
「当たり前でしょ。ていうか、そっちこそ、死なないでよね」
「心配してくれるんだ」
「……ふん」
鎌江との戦闘中、闇代へ加勢することにした亜子。闇代の言葉に、彼女は鼻を鳴らしながら、魔術を発動。水の塊が、鎌江に向けて放たれる。
「甘々。スイーツみたいで胸焼けする」
しかしそれは、網目のように張り巡らされたワイヤーによって、呆気なく切り裂かれてしまう。
「胸焼けって……歳じゃないの、おばさん?」
「……失礼。私はまだ二十代」
「私の三倍近く生きてるんだから、十分おばさんでしょ?」
「……」
ここで、亜子の生意気な口調が炸裂。主に闇代を苦しめていたものだが、それが敵に向けて放たれた。……怖いもの知らずだな、こいつ。
「……ふふっ」
「何? 気持ち悪さが三億倍なんだけど」
「ううん。亜子ちゃんが一緒に戦ってくれるだけで、ここまで心強いんだなって思って」
「……訂正。三京倍」
「そろそろ桁が大きすぎて馬鹿みたいだよ?」
3×10のn乗倍が気に入ったのか、亜子はnに8や16を代入して罵倒していた。そんな彼女に、闇代は冷静な感想を述べる。まあ、桁が二乗で増えたからな。
「お喋り好きなお嬢さん。仲良く微塵切りにしてあげる」
「遠慮しておくっての。こんなのと一緒にミンチなんて御免だし」
鎌江が苛立ち混じりにワイヤーを放つも、亜子が即座に切り刻んでしまう。水の魔術を応用したウォーターカッターは、ワイヤーブレイドに対して効果的だな。
「馬鹿の一つ覚えみたいにワイヤーって……そろそろ他の手品も出しなよ?」
「ない。私には、これだけ」
鎌江はワイヤーを操り、二人を襲った。正面から、横から、背後から、頭上から―――様々な方向から攻撃するが、どれも亜子に妨害されてしまった。
「……どうして?」
「さっき、水の魔術をワイヤーで防いだじゃん。私の感覚が宿った水を」
「……まさか」
その言葉に、鎌江は驚愕で目を見開いた。亜子が放った水は、彼女の制御下にある。それが、鎌江のワイヤーを濡らしていた。……これにより、鎌江のワイヤーは、その挙動が亜子に筒抜けなのだ。
「言っておくけど、水がワイヤー全体と、あんたの体に浸透しているから。動きは全部追えるし、ワイヤー使っても全部切れるから」
要するに、だ。亜子は鎌江を完全攻略したのだ。攻撃が来る場所とタイミングが分かっていれば、対処は容易い。ワイヤーは亜子の魔術で破壊できるのだから、最早イージーゲームだ。
「……やっぱり甘い。不味いゼリーみたいに舌が蕩ける」
「え……?」
しかし、鎌江は戦意を喪失させてはいない。寧ろ、算数の答えが分かった子供のように、生き生きとすらしていた。……まだ何かあるのか?
「私が操れるワイヤーブレイドは、一本や二本じゃない。―――四十本」
「は……?」
鎌江の口から出てきたのは、多いのか少ないのか判断に困る数。だがそれは、確実に多い。……何せ、同時に四十の方向から攻撃されるのだ。その全てに対応するのは困難だろう。しかも、亜子のウォーターカッターは面制圧を苦手としている。ワイヤー一本に対してウォーターカッター一つで対処しなければならない関係上、数が増えると処理が出来なくなる。
「まずは十本」
鎌江は両手を大きく広げ、十本の指を振り下ろした。すると宣言通り、十本のワイヤーが闇代たちに迫ってくる。
「更に十本」
次に鎌江は、両足の靴を脱いだ。裸足の十本指で脚に巻きついていたワイヤーを操作し、闇代たちを後方から襲う。……んな方法が使えるのかよ。
「更に倍」
そして、今度はワイヤーが分裂した。ワイヤーは二本一組になっていたようで、それが分かれて、移動するベクトルも変えて、合計四十のワイヤーとなった。前後左右と上、更には地面すれすれまで。まるで弾幕のように、二人を攻撃する。
「くっ……!」
当然、亜子にはその全てを切り落とすことはできない。正面の十本近くを落とすだけが精一杯で、残りは素通りさせてしまう。……もう駄目か? 駄目なのか?
「……無垢」
だが、闇代はまだ諦めていなかった。浮遊する日本の霊刀を使って、技を繰り出す。
「炎氷の舞っ……!」
二振りの霊刀が、それぞれ赤と青に輝いた。対照的な色彩の光は、極寒の冷気となり、残るワイヤーへと向かっていく。……今までは防がれていたのだが、通じるのだろうか?
「っ……!」
それは―――結果からいうと、通じた。冷気を纏った霊的な風は、三十を超えるワイヤーを吹き飛ばす。ワイヤーは互いに、複雑に絡み合って、地面へと落ちる。……これで、ワイヤーの殆どは使えなくなったな。
「ふぅ……亜子ちゃん、油断しすぎだよ。魔術の並列処理とか苦手でしょ? 面制圧が出来ないのに並列処理が苦手なら、こういう全方向からの同時攻撃には注意しないと」
「うっさい! 大体、最初から本気でやってっての! ちゃんと対処できてるじゃん!」
「ああ、あれ? あのワイヤーって霊質鋼だけど、一本で霊術を防ぐのは無理みたいなの。だから何本かで壁にしたり、ちょっとずつ威力を殺がないと止められないの。でも、さっきは一本ずつだったから、吹き飛ばすのは簡単だったよ。ばらしたから、ワイヤー自体も細くなってたし」
どうやら、亜子のウォーターカッター対策で手数を増やしたのが裏目に出たらしい。一本一本のワイヤーでは、闇代の技を防ぎきれないようだ。しかも、数が増えたせいで互いに絡まり、使用不能に追い込まれたのだった。
「それでどうするの? 手持ちのワイヤーも大分使えなくなっちゃったと思うけど、まだやる?」
「……当然。これしきで諦めるなんて、無理」
「これ以上はこっちもきついんだけど……どうしても諦められない?」
「愚問。そんな選択肢は最初からない」
闇代は試合終了を提案するが、鎌江が折れる様子はない。強情だな。
「ふぅ……じゃあ、仕方ないから、ちょっと手荒にしないとだね」
闇代は溜息混じりに、荷造り紐を取り出した。……おい、どうしてそんなものを持ち歩いてるんだ?
「え? 狼君を緊縛するためだけど?」
「いきなり何なの……?」
「ん? こっちの話」
言いながら、闇代は鎌江を縛り上げていく。しかも、綺麗な亀甲縛りで。……狼に亀甲縛りするつもりだったのか。
「亜子ちゃん、ワイヤー外したから、回収するの手伝って。何かの弾みでまた使われたら大変だし」
「はいはい……ったく、何で私が、こんなことを」
「動作は素早くきっちりとね」
「はーい。分かってるっての」
文句を言いながらも、闇代に従う亜子。……とりあえず、これでこちらは無事に決着のようだな。一安心だ。




