小学生とマジバトル
……さて、優は。
「水天―――流るる清水の如く!」
叫び声と共に、優の刀から水の塊が飛び出した。水塊は狼を何体か巻き込み、コンクリートの床に叩きつけられた。
「たあっ……!」
天は細身の霊銃を振り回し、狼を殴り飛ばす。距離が開いたところに銃弾を撃ち込み、動きを止めた。
「せいっ……!」
一片は狼たちの足元に連続で発砲。弾痕からは不可視の―――霊感を持った者にしか見えない、特殊な鎖が飛び出してきた。鎖は狼たちを縛り上げ、身動きを封じる。
「やあぁぁっ……!」
舞奈は両手のエアガンを全弾射出。狼たちを退ける。エアガンとはいえ、改造によって威力が引き上げられているのだ。
「さすがに、この数はきついですね……」
「うん。それに、殺すのは躊躇いがあるし。余計にね」
狼たちの姿は、彼を―――狼を連想させる。いや、連想どころからそのままだ。全身を獣人化させたときの狼とそっくりなのだから。それもそのはず、彼らは狼のコピー。彼の身体データを基に複製された、人工生命体。狼とそっくりなせいで、下手に殺したり、大ダメージを与えるのには抵抗があるのだ。
「そうですね。……水天!」
話しながらも、技を撃ち続ける優。あらかた倒したものの、まだ数体ほど残っているな。
「ですが、これくらいなら、気絶させるのも難しくありません」
「そうダナ」
天と一片も、自分が受け持った敵はほぼ倒し終えている。拘束したり急所を外したりして、殺さずに動きを止めていた。
「うん、そうだね―――っ!?」
舞奈も頷こうとしたのだが、周囲の異変に気がついた。突然、部屋のあちこちで火柱が上がったのだ。
「な、何……!?」
「これは、まさか……!?」
火柱の発生地点は、狼たちが倒れていた場所だった。―――つまり、狼たちが火柱に変わったのだ。
「……やられた。私たちがあれを殺せないって知って、自壊システムを組み込んできたみたい」
「そうみたいですね……意地の悪い連中」
その光景に、舞奈と優は歯軋りした。……この獣たちを殺せないであろう彼らに、より精神的苦痛を与えるための仕掛け。なんとも悪趣味だ。
「……どうする? また増えてるみたいだし」
舞奈の台詞通り、狼の数は減ったはずなのに、また増え始めていた。……部屋の中央部には穴が開いているようで、そこから這い出てきたみたいだな。さっきまでは狼の群れで隠れて見えなかったのだろう。
「……自壊の方式が複数あるみたいです。物理方式だけでなく、魔術方式、霊術方式も。となれば、殺さず無効化するには、その全てを解除しなければなりません」
心拍数や血圧などから活動状態を把握する物理センサー、肉体の動きが一定時間以上止まると作動する魔術センサー、霊体の活動レベルで判断する霊術センサー。その三つが、狼の体に仕込まれているようだ。殺さず無効化すれば、そのいずれか、或いはその全てが反応し、彼らを自壊させる。……つーか、何で優はそんなの分かるんだよ? 魔女だからか? 別にいいけど。
「といっても、例え殺したとしても自壊は免れないでしょう」
そうなれば、殺そうが殺すまいが関係ない。動きが止まれば自壊し、火柱を発生させてしまう。
「火柱自体は魔術みたいですね。……皆さん、フォーメーションを変えましょう。私があの火柱を無力化しますから、あなたたち三人で彼らの動きを止めてください」
「うん、分かった」
「はい」
「ああ」
自壊の発生を止められないなら、自壊そのものを食い止めればいい。優はそう判断して、他の三人に指示を出した。
「……火柱を止めるには、エネルギー変換を防ぐしかない。なら、ちょっと考えないとですね」
優は呟きながら、刀を構え直すのだった。
……その頃、狼は。
「……」
「ブレイク……!」
全身に刃を纏った心が、目にも留まらぬ速さで狼に突撃してきた。対する狼は、服の袖からロープを―――正確には、その先端に取り付けられた照る照る坊主状の金属塊を―――呼び出して、それを受け止める。
「……っ!」
子供とはいえ、そんなもので突進を受け止められるとは思えないのだが。それでも狼は、その武器で、心の一撃を受け止めて見せた。
「マインド―――」
「……」
心との距離が縮まった隙を狙い、何かをしようとした狼だった。が、心はそれを察知したのか、すぐに離れてしまう。
「ちっ……」
狼は獣人化だけでなく、魔術も使える。魔女である優の教えにより、自らの武器である五本のロープ―――その先端に取り付けられた金属を介して、多数の魔術を使えるのだ。先程使おうとしたのも魔術だった。
「サイズ……!」
続いて呼び出したのは、小さい鎌がついたロープ。ロープ全体を鞭のように振り上げ、振り下ろしざまに魔術を発動させた。
「ウィンド・サイズ……!」
発動させたのは、風の魔術。風が刃へと変わり、心に襲い掛かった。
「……」
しかし、心はそれを、体中の刃で切り裂いてしまう。風の刃と、体の刃。固体である分、後者のほうが強かったようだ。
「ブレイク……! マインドウェイブ……!」
それならばと、もう一つのほうで攻撃。地面を叩き、生じた衝撃で心を攻める。
「……」
だがそれは、高速移動で射程から退避してしまう。……今のは、精神を圧迫する魔術だ。地面を叩いたときに発生する衝撃波は人間の脳を揺さぶり、特に精神へダメージを与える。これならば心の刃でも防げないのだが、彼女はそれを見破って回避を選んだのだろう。
「ちっ……当て逃げかよ」
心の戦法は単純明快。当てられるときに当てて、それ以外は逃げる。それも、防げる攻撃は防いで、回避行動も最小限にしている。消耗が一番少なくて、相手にすると厄介や戦術だ。
「おい、心……! お前、どうしたっていうんだよ……!?」
「……SoD LoS」
呼びかけるも、返事はない。代わりに、何か暗号めいた単語が心の口から漏れ出た。それに反応したのか、彼女の刃―――脚から生えていた刃が、異様に伸びてくる。両足で合計二本、上向きの刃が、心の肩くらいまで迫り出してきたのだ。
「……俺、あいつに嫌われるようなことしたか?」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
自分の無神経さを心配し始めた狼に、唄羽はそんな突込みを入れた。……まあ、そうでもしないと正気を保っていられないのだろう。多分。