無理矢理ぐらいが丁度いい口説き方
◇
「……ったく。なんで放課後に、犯罪者紛いのことをしないといけないんだ?」
「つべこべ言わないで。緊急事態なんだから」
あれから数分後。狼と闇代は、並走しながらトラックを追いかけていた。ただしその様子は、とても普通とは呼べないものだったが。
「だからって、屋根の上走ることはないだろ? 忍者かよ?」
狼の言う通り、二人は屋根の上を走っていた。商店街にある店舗の屋根を飛び移りながら、疾走を続けている。
「仕方ないでしょ? 目立つと困るんだから」
「却って目立つと思うんだが……まあ、誰も屋根なんて見ないか」
更には、その速度。短距離走の世界記録保持者でもそうそう出せない速度で、しかもそれを維持しながら、屋根伝いに移動しているのだ。
「それに、わたしと狼君が一番機動力あるんだし。一片君も美也さんも普通にしか走れないんだから、せめてわたしたちだけでも追いつかないと」
「へいへい」
闇代の言葉通り、屋根を走っているのは狼と彼女の二人だけだ。一片と美也は、普通に地上を走っている。そちらは超人的な速度ではなかったが、それでもそこそこのペースで追いかけてきている。
「……で? 具体的にはいつ襲撃するんだよ?」
「トラックが人気のない場所に入ったら」
「その前に建物がなくなるか、人気の多いところで止まるかもしれないだろ」
「屋根がなかったら地面を走ればいいし、人気が多い場所で止まっても「積荷」は外に出されないよ。そんなことより、さっさと走って」
無駄口を叩きながらも、二人はトラックに食らいついている。街中だし、向こうが速度を落としているせいもあるのだろうが、それでも驚異的なスピードだった。見るからに幼女な闇代は勿論、狼だって、そんな怪物には到底見えない。
「ほらっ! そこの角を曲がるよっ! スピードが落ちるはずだから、その隙に飛び乗ろう」
「トラックにかよ? ……はぁ」
闇代の指示に狼が溜息を吐いたのは、緊急事態だからといって何でもアリな彼女のせいか、それとも逆らえない(逆らわない)自分に対してなのか。
……さて、トラックの運転手たちは。
「……ん?」
「な、なんだ……?」
突然の物音に、運転手は緩やかにブレーキを掛けた。トラックが停車し、助手席の男と一緒にシートベルトを外し始める。
「空から女の子でも降ってきたのか?」
「ま、まさか。その辺の悪ガキがボールでもぶつけたんだろ」
「だろうな」
まさか本当に女の子が(男の子もいるが)降ってきたとは露程にも思わず、彼らは外に出た。そして視線を持ち上げ―――絶句する。
「うーん、止まってくれるまで待つつもりだったんだけど、止めてくれたなら好都合だよね」
「ちょっと屋根が凹んでるぞ。……弁償しろとか言われたらどうすりゃいいんだ?」
トラックの屋根には少年と少女が一人ずつ。細長めの体躯をした少年、狼。そして、金髪ツインテール幼女の闇代。二人を見上げて、男たちは言葉が出せなくなったのだ。
「うんしょ、っと」
「どうでもいいが、自分がスカート姿だってことを忘れてないか?」
二人は軽やかに飛び降りて、運転手たちを挟み撃ちにする。その状態になって、運転手たちはようやく正気を取り戻した。
「ちょ、き、君たち、何やってたんだ―――」
「何やってたはこっちの台詞だ。この誘拐犯」
「ゆ、誘拐だなんて……」
一人の言葉に対して、狼がそう返した。誘拐―――つまり、トラックのコンテナに人を閉じ込めている、と。
「そうだよ。ちっちゃい子供たちを何人も、このトラックで運んでたでしょ?」
「お前もちっちゃい子供だけどな」
「話の腰を折らないでっ! それと、わたしは狼君と同い年だからっ!」
間にコントを挟みながらも、闇代は毅然とした態度で男たちを糾弾する。……なんか緊張感が出ないな。
「ど、どこにそんな証拠が―――」
「そんなの、中身を見れば分かることだろ」
「それに、証人だっているんだからね。三丁目の田中さん」
「……それ、この前死んだ爺さんだよな? あの爺さん、なんでトラック乗ってるんだよ?」
「ちょっとパシリに使ったの。暇そうにしてたから」
「幽霊使いの荒い奴だな」
意味不明な二人の会話。しかしそれには、とある事情がある。―――実は、闇代には霊感がある。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のいずれも及ばない場所でも、他人の魂を第六感で感じ取れるのだ。その力があったから、トラックの中に子供が沢山いると分かったのだろう。幽霊に頼んで、内部を詳しく探らせることも。因みに、一片も同様に霊感を保有していた。
「そんな戯言、付き合ってられるかっての」
「―――試してみるか?」
すると、そこに新たな人物が。……どうやら、一片が追いついたらしい。
「そうだね、強引なくらいが丁度いいのかも。やっぱ時代は肉食系だよね」
更には美也も到着。これで、狼たちは全員揃ったことになる。
「一片。多分、こういう手合いは話し合いより手荒な方が喜ぶはずだぜ?」
「了解した」
狼に言われて、一片は懐から何かを取り出すと、男の一人に突きつけた。
「ひぃっ……!」
それは、拳銃だった。黒光りする凶器を男に突きつけ、一片はこう言う。
「安心しろ。ちゃんと殺せる」
「安心できる要素は皆無だけどな」
狼に突っ込まれながらも、一片は無表情に引き金を絞る。……どうにも、ブラフには見えない。本気のようだ。
「あ、そっちのおっさんも動くなよ。首がどうなっても知らないぜ?」
「……」
そして、もう一人の男も身動きが取れないでいた。彼の首には小さな鎌のようなものが宛がわれ、それは細長い紐に繋がっていた。紐は男の首を三周して、狼の右手に繋がっている。……いつの間に?
「それじゃあ、私が扉を開けるね」
そういう美也の右手には、金色のリングが握られていた。フリスビーくらいの直径で、幅が数センチ程度。それは静かな重低音を奏でながら、トラックのコンテナ―――扉の鍵となる金具に吸い込まれていく。
「えいっ!」
美也がリングを押し込むと、金具は真っ二つに切れて、扉を閉ざす役割は果たせなくなった。
「さてと……じゃあ、どうなってるのか、見物だね」
闇代が扉に手を掛け、ゆっくりと開く。真っ暗闇のコンテナ内に光が差し込み、内部を緩やかに照らし出した。
「……ビンゴ、だね」
中にいたのは、小学校低学年くらいの子供たち。怯えたように顔を上げ、闇代のことを見ている。ざっと十人以上いるか。
「通報だな」
「現行犯逮捕だね」
「ダナ」
決定的な証拠を前にして、二人の男は崩れ落ちるのだった。