漫画とかだと何週間も引っ張れそうなシーン
……その頃、美也は。
「水よっ!」
グレナダが紫の剣を振るった。すると、剣先から大量の水が溢れ出し、槍となって美也に襲い掛かる。
「円舞葬送っ!」
迫り来る水の槍を、美也は黄金色のリングで切り裂いた。水は二人に分かたれ、美也の体を濡らしていく。
「っ……!」
しかし、美也は苦痛に表情を歪めていた。直前を避けたにも拘らず、水が彼女の体にダメージを与えたのだ。
「……傷はないのに、痛みだけある。飛沫が当たったことによるダメージじゃない……? それに、第九のセフィラはアストラル界の象徴のはず……」
攻撃を防いだときの感触と、自らの知識を照らし合わせる美也。そして即座に、敵の攻撃特性を看破する。
「アストラル界は、霊的な位相。……闇代ちゃんが使う、霊術って奴?」
「ほう。霊術にも通じていたか。それは誤算だったな」
「答え合せ、どうもありがとう」
つまりは、今の水も、闇代の霊術と同じだ。物質では防げず、霊体に直接ダメージを与える、霊術の一種。聖剣は特別だからなのか直撃は防げるが、美也本体は完全に無防備。皮膚による保護もないため、飛沫程度でも大きなダメージなのだ。腹を切開して、そこに水飛沫を浴びている状態、とでも言えば分かりやすいだろうか。
「その聖剣の特性では、この水は防げまい」
「そうかもね」
美也は聖剣使いだが、除霊師でも退魔師でもない。霊術は使えないし、この手の攻撃を防ぐ手段はない。肝心の聖剣も、彼女の場合は「工作機械の象徴」だ。物質に対する加工が主なので、霊術に対する防御方法はない。聖剣本体で防ぐ手段があるものの、完全に防御しなければダメージを通してしまう。とても相性が悪い相手だった。
「コネクト・アーク、アークモード」
なので、美也は武器を変えることにした。彼女の命令によって、聖剣が形を変えていく。リングが開いて円弧状になり、グリップがその中央部に。右手から左手に持ち替えると、円弧の両端から糸のようなものが伸びてきて、弓の姿になった。……美也の聖剣「コネクト・アーク」は多変型だ。「工作機械の象徴」である以上、切断の象徴である刃だけでは足りない。ならば必然的に、他のモードが必要になる。
「なるほど。まだ本気を出していないという奴か」
「それはあなたもだよね?」
言いながら、美也は右手で、聖剣の弦を絞った。すると、グリップの部分から火花が発生する。
「円弧斬空っ!」
右手を離すと同時、グリップ部分から一際大きな火花が散り、衝撃が空を切り裂いた。
「水よっ!」
グレナダは水で障壁を張り、その一撃を防ごうとする。……だが、水は一瞬で蒸発してしまい、壁としての役目を果たせない。
「……っ!」
灼熱の衝撃波がグレナダを襲う。紫の盾でどうにか防ぐが、盾は破壊されてしまった。……二つで一つなのか、剣のほうも壊れてしまう。
「どう? これなら水なんて吹き飛ばせるけど」
霊術的な処理をされた水は、物質と霊質、両方の特性を併せ持っている。物質の障壁では防げないが、物質の攻撃を防げる。これは、物質としての実体を持っていると同時に、霊質部分を任意に切り離すことが出来るからだ。しかし、物質も霊質も熱の影響は受ける。……今の「コネクト・アーク」はアーク溶接、もっと言えば溶接全般の象徴だ。つまり、熱を発生させる。グリップ部分で発生させたアーク放電の衝撃に、空気の電気抵抗による熱を乗せることで、熱風を放つことが出来るのだ。
「霊水といえど、熱を受ければ蒸発する。霊質部分も熱で発散してしまう。……ははっ、やるではないか」
技が効かないというのに、寧ろ楽しそうな様子のグレナダ。彼は右手を頭上に掲げ、新たな武器を呼び出した。
「第八のセフィラ「栄光」―――神の癒し」
現れたのは、オレンジ色の杯。ワイングラス大のカップには、銀色の液体が注がれていた。
「ラファエルは、癒しを司る天使……回復?」
「ふふ、それだけだと思わないほうがいい」
「まさか……涙花ちゃん息止めて……! 後、風で体を保護して……! 外気を吸っちゃ駄目……!」
「え……!? りょ、了解なのよぉ……!」
すると美也は、今までギャラリーと化していた涙花に、慌てた様子で指示を出した。どうしたのだろうか?
「ふむ……またしても即座に見破ったか」
「セフィロトは全部暗記してるから、そろそろ手を変えたほうがいいと思うよ? 第八のセフィラは水銀でしょ?」
各セフィラには対応する金属があり、第八のセフィラは水銀が対応している。そのことから美也は、敵が水銀の蒸気を撒き散らしているのだと踏んだようだ。どうやらそれは正しかったのだな。
「この広い空間で水銀が撒かれても、大した影響がないとは考えないのだな」
「さっきみたいに、特殊な効果を付加されたら困るし。それに、涙花ちゃんには極力吸わせたくなかったの」
グレナダの指摘は尤もだ。水銀がこの場で撒き散らされていても、すぐに影響が出るほどの濃度はない。けれども美也は、先程のように霊術的な処理がされている可能性も考慮していた。
「だとしても、お前自身は防げまい。それとも、その聖剣で爆風を起こして吹き飛ばすか?」
「……なんだ、そっちは知らないんだ」
「……何?」
「こっちの話。どの道、私には毒なんて効かないし」
「なるほど、耐性持ちか」
グレナダをはぐらかし、美也は聖剣を構え直した。そして、挑発するようにこう続ける。
「それで、次は第七のセフィラ「勝利」―――神の栄光とか? 第七のセフィラは豊穣の象徴だし、自然操作とか? それでその次は第六のセフィラ「美」―――神の如き者とかで、ミカエルだから炎で攻撃?」
「見破られているのなら、敢えて出す意義は薄いな。よかろう……第五のセフィラ「峻厳」―――神の傍観者」
続く手を先読みされ、グレナダは仕方なくその先の武器を呼び出した。現れたのは赤色の剣。次はどんな力を秘めているのか。
「これは先読みが難しかろう。それに、例え読めていても対処が難しい。何せ―――」
直後、赤い剣にひびが入る。……まさか、もう壊れるのか?
「純粋な物量作戦だからな!」
案の定、剣は粉々に砕け散ってしまった。……が、その破片は、まるで意思を持っているかのように、美也たちへと襲い掛かった。
「くっ……!」
それなりの広範囲に、十分な密度の弾幕となった破片。回避が一番賢い対処なのだろうが、それをすれば―――背後の涙花に直撃してしまう。いかに彼女が風を操るとはいっても、これを防ぎきれるとは思えない。
「お姉ちゃん……!」
「涙花ちゃん……!」
果たして、美也はどんな決断を下すのか。