ロリっ娘ペアのターン
……その頃、闇代は。
「……ここまで来れば、大丈夫かな」
闇代と亜子が現れたのは、近くの公園。不意に姿を見せると、二人揃ってベンチに腰掛ける。
「い、今のは何なの……?」
「え? ああ、亜子ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかな? ―――霊術っていうの。除霊師や退魔師が使えるとっておき。さっきは脚力強化と霊質推進力を利用した加速術で、音速を超えて移動できるんだよ」
「……日本語で話して」
「日本語だよ?」
除霊師である闇代は、霊術という特殊な技が使える。……霊術とは、霊体を構成している霊質を操り、除霊を補助する技能。肉体を強化したり、霊体に直接ダメージを与えることも可能だ。
「じゃあ、さっきワイヤーみたいなので切られそうになったときも、その霊術で防いだの?」
「まあね。纏風っていう霊術なんだけど、体を保護するために使うの」
攻撃、防御、移動……基本、何でも出来るのが霊術だ。勿論適性もあるので、全てを自由自在に操れるわけではないが。闇代は主に、身体強化の霊術を得意としていた。
「……でも、ここも駄目かも」
「どうして?」
「結界が張られてる。多分、人払いだと思う」
しかし、闇代は突然そう言い出した。ここは公園―――美也や狼が戦っている場所だ。ここからは二人の姿が見えないが、闇代には結界が張られていることくらいはお見通しだった。
「それに、これ……狼君や美也さんもいるみたい。離れた場所から気配がするもん」
更には、二人の居場所も分かる。ここまで便利な感知能力だと、入ってくる情報量が多すぎて処理に困りそうな気もするが、慣れの問題だろうか?
「じゃあ、そっちと合流すれば?」
「駄目。多分、誰かと戦ってる。二人は結界なんて張れないし、敵が張ったんだと思う。……唄羽ちゃんたちが結界を張れるなら別だけど、その場合は別の意味で心配になるし」
「唄羽たちはそんなの使えないと思うけど。唄羽は幻術使いだし、心は体から刃を生やせるだけだし、涙花は風を操って空を飛べるくらいだし」
「それで、亜子ちゃんは水使いだっけ? みんな物理型だね」
「……施設では、魔術とか魔法とか超能力とか言われたけど」
「物質に影響を及ぼすタイプってこと。霊質型だと、普通の物理法則に従わないことが多いし。物理型は霊体には影響がないんだよね」
要するに、幽霊に当たるかどうかの違いだろうか? そう考えると分かりやすいな。
「さてと。そろそろ動かないと、またあのお姉さんに鉢合わせそうだよね」
「残念。もう鉢合わせてる」
「……っ!?」
雑談を終えて立ち上がる闇代だったが、彼女の前方には先程の女性が。……もう追いついたのだろうか?
「鎌江さん、だっけ……? ―――どうして、ここが分かったの?」
「分かって当然。あなたは私の目標」
「目標……?」
鎌江の言葉を、訝るように繰り返す闇代。しかし、彼女がそれに答えることはなかった。
「さっきは不意打ちだったけど、今度は正面から、正々堂々戦う。だから、逃げないで欲しい」
「……逃げても追いかけてくるくせに」
「勿論、地の涯まで追いかける」
「ストーカー」
闇代はせめてもの罵倒をして、服の袖から何かを取り出した。右の袖から取り出されたのは、金色の五芳星。頂点の一つから同じ材質の鎖が伸び、袖の奥へと続いている。……天が使っているのと同じ形だな。
「あなたの目的がわたしなら、亜子ちゃんには手を出さないで」
「そうする。ただし、私はその子の回収が本来の任務。あなたが死んだら、その子はもらっていく」
「それを聞いたら、余計に負けられなくなったね」
そして闇代は、手の中にある五芳星を握り潰した。するとそれはドロドロに融けて、彼女の体を伝い、両手に分かれる。そしてそれぞれが棒状になると、今度は太くなっていき……やがて、刀の鞘を形作った。
「霊刀……やっぱり、除霊師」
「そうだよ。これがわたしの霊刀、「みどり」と「かざみ」だよ」
除霊師は、退魔師の銃―――霊銃と同じく、固有の武器を持っている。それが霊刀であり、除霊師の命である。
「死なせないように頑張るけど、気をつけてね」
闇代は両手の親指を使い、刀の鍔を押し上げた。すると、刀はそのまま鞘から飛び出し、空中を漂い始める。
「二刀の、しかも浮遊型……珍しい」
「二刀はパパ譲りだけどね。浮遊はわたしの特性みたい」
除霊師の武器は、血統の影響を大きく受ける。闇代の場合、二刀なのは父親の影響らしい。……っていうか、鎌江が除霊師に詳しすぎるな。
「無垢―水の舞っ……!」
闇代が叫ぶと、浮遊していた霊刀の片方が青い光を放った。光は刃になって、冷気を放ちながら、鎌江を襲う。
「ふーん……この程度なんだ」
しかしそれは、鎌江に届く前ことなく霧散してしまう。彼女がワイヤーを使って、攻撃を防いだようだな。ただ、さっきのは霊術と同じ系統の技だから、通常の物理攻撃では防御も相殺も出来ないのだが……。
「……あなたが使ってるの、霊質鋼で出来たワイヤーブレイド?」
「ご明察」
そこから、闇代は一つの仮説を見出した。……鎌江が使っているのは、髪の毛ほどの太さしかないワイヤー。しかも、霊術を防げるように特殊な処理を施している。彼女はそれを操り、闇代の攻撃を防いだのだ。
「霊質鋼の武器自体は、普通の人間でも扱えるけど……あなた、もしかしてただの人間?」
「その通り」
鎌江は右手を振り、ワイヤーを飛ばしてくる。闇代は霊刀を盾にして防ぐが―――
「そして、甘い」
「あっ……!」
霊刀がワイヤーに絡め取られてしまい、動きを封じられる。……霊刀を動かす力は相当なものだが、ワイヤーが近くの木々を巻き込みながら伸びているせいか、一向に外れない。ワイヤーを木の幹に巻くことで摩擦力を借り、複数方向から伸ばすことでより動きを制限しているのだ。鎌江が操れるワイヤーは一本二本程度ではないらしい。
「水の舞っ……!」
闇代は技を暴発させて、ワイヤーを吹き飛ばす。その衝撃で、冷たい風が彼女のツインテールを大きく揺らした。
「隙だらけ」
「うっ……!」
しかし、その合間を縫うように、更なるワイヤー。今度は背後のベンチを経由して、闇代の首を絞めにかかった。……闇代の体は霊質の鎧で覆われていて、すぐに窒息はしない。けれど、向こうもその鎧を削ってくるので、早く対処しないと首を絞められ―――いや、ワイヤーに刃がついているようなので、刎ねられてしまうかもしれない。
「火の舞っ……!」
それでも闇代は、敢えて攻撃を選んだ。浮遊する霊刀から赤い光が放たれ、鎌江に向かっていく。けれど、それでも結果は同じ。ワイヤーに切り裂かれて、呆気なく消えてしまう。
「そんなもの?」
「くっ……!」
しかも、首のワイヤーがより強く締め付けてきて、とうとう窒息寸前に。……万事休すか?
「ったく、だらしない」
「……え?」
しかし、首のワイヤーはすぐに切断された。切断したのは、言葉を発したのと同じ、亜子だった。
「今の、一体……?」
「私は水使いだってこと、忘れた? ウォーターカッターって奴よ」
亜子は水を操り、ウォーターカッターの要領でワイヤーを切断したらしい。特殊処理がされていても、物質としては普通の鋼だ。魔術を使えば、切断は容易なのだろう。
「亜子ちゃんは下がって―――」
「説得力ないっての。……私だって、戦えるんだから」
「亜子ちゃん……」
体が小さい者同士、肩を並べあって戦う二人。さて、どうなるのやら。




