なんか唐突にバトル勃発
……美也のほうはどうなっているか。
「ふぅ~……結構食べたね」
「そうなのよぉ」
喫茶店を三つほど襲撃した後。美也と涙花は公園に来ていた。腹ごなしに散歩していたのだ。
「それにしても、ここ、普段は人が結構多いのに……今日は全然いないね。折角の休日なのに」
「確かに、二人っきりのドキドキタイムなのよぉ」
彼女たちが言うように、この公園には人気がなかった。林があり、池があり、遊具もある、そこそこの規模を持った公園なのだが……。
「一般人を遠ざける人払いの結界。主に日本の漫画・アニメ・ライトノベルで使い古されてきた信仰であるな」
「え……?」
「何なのよぉ?」
そんな彼女たちの傍に、一人の男が立っていた。スーツ姿で、清潔そうな男性。金髪交じりの黒髪は癖が強く、彫りの深い顔も考慮すると、少なくとも日本人ではないだろう。
「お初にお目にかかる。我が名はグレナダ。聖剣使いを名乗っている」
男―――グレナダは、風貌に似合わず流暢な日本語で、そう自己紹介をした。
「なっ……!」
彼の言葉に、美也は驚いたように目を見張る。そしてすぐに、涙花の前に出て、二人一緒に男から距離を取った。そう、まるで彼女を庇うように。
「え、ど、どうしたのお姉ちゃん……?」
「涙花ちゃん、下がってて」
緊張を帯びた美也の声に、涙花は戸惑うしかない。対してグレナダは、感心したように頷いている。
「ふむ。同じ聖剣使い同士、仲良くしようではないか。山下美也よ」
「人払いって、アニメやゲームとかだと、戦闘シーンの手前で張るものでしょ? ……要するに、私たちと争う気なんでしょ?」
「なるほど。平和ボケしている割に、聡いようだな」
グレナダが展開した人払いの結界とやらから、彼の意図を即座に看破した美也。急にファンタジーな状況に追い込まれても、彼女は伯父譲りのゲーム脳・アニメ脳をフルに発揮して、瞬時に順応してしまうのだ。
「ならば、手っ取り早いほうがお互いにとって有益であるな。―――山下美也。その子供から手を引け。如何にお前が聖剣使いであろうとも、我が聖剣には勝てぬ」
「そういうの、アニメだと序盤のやられ役が放つ台詞だよね」
「……よかろう。手荒なほうがお望みとあらば、そのようにするのが礼儀であろう」
美也の言葉に腹を立てたのか、グレナダは声を一段と低くして、そう宣言した。……これはもう、どうやっても穏やかな解決が出来ないパターンだな。
「我が聖剣「神々の遊戯」より、信仰を具現化する―――「導きの聖書」。第十のセフィラ「王国」―――兄弟よ」
グレナダが右手を前に突き出すと、そこへ虹色の光が集まり、一つの形を取った。それはハープ……つまりは竪琴だった。
「詩人の奏でる音色に、酔い痴れるがいい」
両腕で抱えられるほどの竪琴を、グレナダはそっと弾いた。流れてくるのは、優しい旋律。―――しかし、美也はその音色に、戦慄せざるを得なかった。
「っ……!?」
両手を広げ、涙花を庇おうとする美也。そんな彼女の体に、突風が襲い掛かった。……琴の奏でる音が、風の刃となって美也に向かってきたのである。
「……音を使った攻撃。それに、第十のセフィラと、サンダルフォンってことは―――カバラに出てくるセフィロトの樹から、守護天使の特性を引っ張り出して、連想される内容で攻撃してるっていうの!?」
「ほう、今の一撃でそこまで見破るとは」
「伯父さんにみっちり仕込まれたからねっ! ゲームのネタになりそうだからって!」
ユダヤ教の伝統に基づいた神秘主義―――カバラ。その中でも特に有名なセフィロトの樹は、十の丸と二十二の線で構成された図形だ。第十のセフィラはその一番下にある虹色の丸で、人間が住まう物質界を示しているとか。また、セフィラには管理者たる守護天使がいて、第十のセフィラではサンダルフォンだ。彼は音楽を司る天使であり、それが「音を使った攻撃」という特性を生み出したのだろう。
「お、お姉ちゃん……聖剣使いって、聖剣って、何なのよぉ?」
「詳しい説明は省くけど、聖剣は、なんか厨二っぽい設定が多い伝説のアイテム」
「おぉっ!」
美也の説明に、涙花は興奮したように声を上げた。……読者向けに補足すると。聖剣とは、古の時代に生み出された遺品。要するにオーパーツの類である。それらは現在の人間社会を形作る土台であり、あらゆる物の原型、或いは象徴となった。グレナダの聖剣、「神々の遊戯」は、恐らく信仰の象徴なのだろう。
「そして聖剣使いは、その聖剣に選ばれた者」
「勇者的な感じでかっこ良すぎなのよぉ!」
そして、その聖剣を扱える人間こそが聖剣使いである。つまり、美也も自分の聖剣を所持しているのだ。
「涙花ちゃん、危なくなったら出来るだけ逃げて。後、涙花ちゃんって風を操れたよね? あれを使って、自分の身だけでも守って」
「お姉ちゃんはどうするつもりなのよぉ?」
「私は大丈夫。だって―――」
美也はポケットから、スマフォを取り出した。そして取り付けているストラップを外し、スマフォをポケットに仕舞い込む。―――外されたストラップは、黄金色の金属片だ。三日月のような円弧状で、一見するとただのガラクタにしか見えない。
「私も、聖剣使いだから」
そして、黄金色の円弧が伸びて、小さな輪を作った。やがてそれは徐々に大きくなっていき、フリスビーくらいの直径で、幅一センチくらいのリングとなった。―――これが、美也の聖剣だ。
「ほう、それがお前の聖剣か」
「初めましてグレナダさん―――「神々の遊戯」、だっけ? これが私の聖剣、「コネクト・アーク」だよ」
言い終わるや否や、美也は聖剣を握り締めたまま走り出した。グレナダと距離を詰めて、金色のリングを振り下ろす。
「音色よっ!」
「円舞葬送っ!」
グレナダは虹色の琴を弾くが、美也は構わず切りかかった。リングが小さな振動音を鳴らしながら、物理的な質量を持った音を切り裂いていく。
「なんと……!」
グレナダはそれに驚きながらも、バックステップで距離を取り、美也の攻撃を躱す。そして竪琴を捨て去ると、新たな武器を呼び出した。
「ならばこれだ。第九のセフィラ「基礎」―――神の人よ」
呼び出されたのは、紫の剣と盾。片手剣の柄と盾の中央部には、銀で装飾された月の文様があった。
「久々に楽しい戦いが出来そうだ」
グレナダの笑みは、美也の背筋を震えさせた。それだけ、この男が強い殺気を放っていたということだ。……美也、気をつけないと、死ぬぞ。




