神の御手(ダブルスタンダード)
……その頃、あの四人は。
「うわはははーなのよぉっ!」
ラノベを読みながら、涙花は大笑いしていた。何がそんなに面白いのか。この本は鬱展開満載のシリアス物なのだが。
「……」
亜子はうるさそうに眉を顰めていた。とはいえ、今日はずっとこの調子なので、文句を言う気力もないようだが。
「涙花ちゃん、ちょっと静かにね」
「了解なのよぉー!」
唄羽が思い出したように注意するが、涙花は生返事だけだった。このやり取り、今日一日の間に五十二回も繰り返している。
「……」
一方、そんな三人には目もくれず、心は黙々と読書を続けていた。一日掛けて、本棚の本をほぼ読み終えている。
「みんな、狼たちが帰ってきましたよ」
すると、優が部屋に入ってきた。年長組みの帰宅を知らせに来たのだろう。
「お兄さん、帰ってきたんだ」
「「流離の聖剣使い」も一緒なのよぉ!?」
「勿論です」
「やったーなのよぉ!」
それを聞いて、唄羽も涙花も大喜びだ。……因みに、「流離の聖剣使い」とは美也のことだ。涙花はいつの間にか、彼女のことをそう呼ぶようになった。
「さ、行きましょう」
「はーい」
「了解なのよぉ!」
「ふぅ……全然集中できなかった」
優に促されて、唄羽、涙花、亜子は部屋を出た。……ただ一人、心だけは残っていたが。
「……」
「心ちゃん来ないんですか?」
「……いい」
「そうですか。いつでも待ってますからね」
そんな彼女の意思を尊重してか、優は無理強いせずにそっとしておいた。
「……」
そうして心は、ただひたすらに読書を続けるのだった。
「「流離の聖剣使い」なのよぉ!」
「涙花ちゃん、その呼び方はちょっと……」
店舗部分にて。子供たちが年長組のところへやって来た。嬉しそうな涙花の声に、美也は困ったようにそう言う。自分で名乗ったんじゃないんかな。
「お兄さんも、お帰り」
「ああ」
唄羽は狼の元に。すっかり懐かれているな。このフラグ体質め。……ただ、こいつは変なのに好かれるからな。
「ちっ……」
「ちょ、何で舌打ちするの……?」
「別に……」
亜子と闇代は相変わらず、喧嘩するほど仲が良い状態だった。いいのか悪いのか、今一よく分からないが、まあいいのだろう。
「っていうか、あと一人はどうしたんだよ?」
「心ちゃんなら、まだ読書中ですよ」
狼は子供が足りないことに狼が気づくが、前述の通り、心は動く気がない。心配しても無駄だろう。
「「流離の聖剣使い」、今度の休日はデートなのよぉ!」
「女の子同士って、デートに入るの? っていうかその呼び方止めて」
というわけで、先程の話に。涙花が美也にデートのお誘いだ。
「呼び方変える代わりに応じてやればいいんじゃないか?」
「それが一番なのよぉ! 美也お姉ちゃん、お願いなのよぉ!」
「う、うん、分かったから……」
年下に「お姉ちゃん」と呼ばれて、若干嬉しそうな美也。幼女とのデートをあっさり承諾した。
「じゃあ、お兄さんもいいよね?」
「嫌だと言っても無理矢理敢行するくせに」
「そんなことしないよ?」
「じゃあ断る」
「お優さん」
「狼、みっともないですよ?」
「結局そうなるんじゃないか」
狼も唄羽とのデートが確定。もう、流れには逆らうなよ。時間の無駄だから。ご都合主義という神の力には逆らえないんだ。
「じゃあ、わたしも―――」
「闇代ちゃんは亜子ちゃんと出掛けてくださいね」
「「え……?」」
ついでに、闇代と亜子のデートもセッティング完了。まあ、その場の流れという奴だから、逆らうなよ。
「次の休みが楽しみですね」
「なのよぉ」
「うん」
「勝手にしてくれ……」
狼は憂鬱そうな声で、投げ遣りに呟くのだった。
◇
……そういうわけで、時間は流れて休日に。高校生と幼女のデート×3の日だ。しかし―――
「……で、これはどういうことだよ?」
狼は、両手に花―――もとい、両手に幼女状態で呟いた。
「……」
「お兄さん、やっぱり私と二人っきりが良かったの?」
「馬鹿言え」
彼の両隣にいるのは、心と唄羽。彼がデートするのは唄羽だけだったのだが、今日になって、事情が変わった。具体的には、今朝優に「折角だから、心ちゃんも連れてハーレムプレイとかどうですか?」という風に、心も押し付けられたのだ。
「それで、どうする? どっか行きたいところでもあるのか?」
こうなってしまったものはどうしようもない。大人しくお守りをしようと、思考を切り替える狼。とりあえず、二人の希望を聞くことにした。
「……」
「私はどこでもいいよ。お兄さんと一緒にいられるなら」
「そういうのが一番困るんだが……じゃあ、適当でいいか?」
「……」
「うん」
心は無反応だし、唄羽は完全に受身になっていた。なので、狼がリードする羽目に。
「んじゃ、行くぞ」
「……」
「はーい」
そういうわけで、狼は幼女を二人従えて、町へと繰り出した。
……その頃、美也は。
「でぇと、でぇと、お姉ちゃんとでぇと♪」
「そんなにデートデート言わないで。ちょっと恥ずかしい……」
休日の商店街を、涙花と美也が手を繋ぎながら歩いていた。とはいえ、涙花の声が周囲の注目を集めていて、美也は顔を赤らめていたが。
「この「ギャラクシー・デストロイヤー☆」の辞書に、「恥」と「自重」の文字は未収録なのよぉ」
「その辞書はすぐに返品しようね」
女の子なんだから、恥じらいは大事よ? 自重もしてください。まあ、初登場から自重していなかったのだから、仕方ないかもしれないが。
「まずは町内スイーツ巡りなのよぉ」
「それは望むところだよ」
そういうわけで、彼女たちは手始めに、近くの喫茶店を襲撃することにした。
……その頃、闇代は。
「……はぁ。どうして私が、こんなのと一緒にいないといけないんだろ?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするね」
「クーリングオフは受け付けてないんだけど」
「……それ、法的に大丈夫なの?」
闇代と亜子は、仲良く喧嘩しながら街中を歩いていた。ちよっとしたやり取りなので、周囲の注目を集めるようなことはないが。
「法律なんて、私には関係ないし。唄羽辺りから、その辺のこと、聞いてない?」
「聞いたけど……」
彼女が言っているのは、狼経由で伝えられた、唄羽の話。自分たちの出自に関することだろう。唄羽が情報源だと特定できたのは、他に候補がなかったからか。
「でも、それってそんなに重要なの?」
「はぁ?」
しかし、闇代の言葉に、亜子は疑問の声を上げた。一度で理解できると思っていないのか、闇代は更に言葉を重ねる。
「だって、生まれや育ちなんて、些細なことじゃない。実際、わたしだって、除霊師の家に生まれてるし。けど、そんなことは関係なかったよ。特殊な事情くらい誰だって持ってるんだし、それで悲観的になるのは勿体無いよ」
闇代の言葉は、誰にでも言えそうで、その実そうでもない。自分自身霊感保持者で、しかもその原因は生い立ちにあったからこそ。しかも、その上で、立場の違う相手とも仲間になってきたから、言えることなのだ。
「……おめでたい頭」
「ふふっ」
亜子の憎まれ口に、闇代は微笑むだけだった。