隠し事とか無駄です
◇
……放課後。授業が終わった狼たちは足早に帰宅した。「虹化粧」に残してきた子供たちが心配だったのだ。
「戻ったぞー」
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
狼、闇代、美也が「虹化粧」の入り口から入ってくる。その後ろには一片兄妹の姿も。
「あら、お帰りなさい。それと美也ちゃんも、いらっしゃい」
出迎える優は、店のカウンターにいた。今日の仕込みをしていたのだろうか?
「あいつらは?」
「今日はずっと読書に夢中ですよ。お昼を食べてから、ずっと私の部屋に篭りっきりですから」
「そうか」
女児たちの様子を聞いた後、狼たちはテーブル席に腰を下ろした。そこへ、優がお冷を持ってくる。
「丁度、あの子達も席を外してますし……とりあえず、小宮間さんから聞いたことを話しておきますね」
そして優もテーブル席に着くと、舞奈からの報告を話した。……ただし、「ラボ」とやらが関わっているという推測は言わないでいたが。
「……要するに、あいつらに限って言えば、何も進んでいないってことだよな」
報告を聞いて、狼は率直な感想を述べた。事実、あの四人については身元が特定できてないのだから、致し方のないことだろう。推測については話せてないし。
「そうです。だから、もう暫く預かることになりそうです」
「それはいいんだけど……そう、なんだ。あの子達、まだおうちに帰れないんだ」
悲しそうな表情で呟く闇代。やはり、彼女たちのことが心配なのだろう。
「って言っても、あいつらにまともな家族がいるとは思えないけどな。話を聞く限りでは」
「どういうこと?」
「唄羽が言ってたんだよ。あいつの両親は、あいつのことを認識できなかったらしい。案外、自分たちに娘がいたことも知らないんじゃねぇか?」
「そ、そんな、ことって……!」
狼は闇代たちに、唄羽から聞いた話をした。……優には既に伝えたが、彼女たちにはまだだったのだ。
「他の連中だって、似たようなものだろ。無戸籍だったり、身元が特定できなくても不思議じゃないさ」
「……うん、そうかもしれない」
彼に同意するのは、美也。……彼女も、とある理由から、両親と疎遠になった過去があるのだ。今は和解しているが、それが恵まれたことだという認識はあった。
「「……」」
そして、場の雰囲気が一気に暗くなった。まるでお通夜だな。
「で? それだけでいいのかよ?」
「それだけとは?」
そんな中、狼は優に、何かを尋ねる。しかし、主語が抜けていたため、通じていなかった。……とはいえ、優は本当は気づいていたのだが、敢えて問い返したのだが。
「あいつら、絶対に「ラボ」絡みだろ?」
「ラ、ラボ……!?」
「あいつらか……」
「え、え……?」
「なんのことですか?」
狼が出した単語に反応したのは闇代と一片。しかし、美也と天は首を傾げていた。
「「ラボ」は……俺を作った奴らだよ」
「「え……?」」
「……ふぅ。やっぱり、分かりましたか」
「分からないとでも思ったのかよ?」
「ちょ、ちょっと、置いていかないでよ……!」
勝手に話を進めていく狼に、美也が慌てて説明を求める。……そういえば、美也と天は知らないんだったな。後、新規の読者さんも。なので、ここは優に説明してもらおう。
「まず、狼は普通の人間ではありません。人工的な方法で作り出された、特殊なクローンです」
詳細な説明を省くが、狼はクローニングなどの技術で生み出されている。人間のクローニングや遺伝子組み換えなど、禁忌に触れる技術がふんだんに使われているので、そのことは一般に伏せられている。本人も、つい最近まで知らなかったことだ。
「その辺の細かいことは話したと思いますが……。それで、「ラボ」というのは、狼を生み出した組織なんです」
「狼君を……」
「そんなことが……」
説明を聞いて、美也と天は困惑していた。だが、驚くのはまだ早いぞ。ばれていると分かったため、優は自分の憶測についても話すことにしたのだ。
「そして。その「ラボ」が、あの子達を実験台にしていたんです」
「実験台……?」
「恐らく、異能者を使った「実験」です。何をしているのか、大体想像できますが、口にはしたくないですね」
「「……」」
「ラボ」の連中は、あの四人を、そして攫われた子供を、モルモットにしようとしていた。いや、あの四人だけなら、既にモルモットにされていたのだろう。唄羽の幻覚を見せる能力は生まれつきらしいが、他の三人については「実験」の結果で得たのかもしれない。
「俺は、お前の手で「ラボ」から連れ出された。そんな俺を、あの連中は取り返そうとしたことがあった。―――同じことが、あいつらにも起こるだろうな」
「そうです。だから、皆さんにも伝えておかないといけません。―――あの子達を連れ戻しに、「ラボ」の刺客が来るかもしれません。そのときは、真っ先に逃げてください」
狼の指摘を受け、優は彼らに非情な指示を出す。
「何で!? わたしたちだって―――」
「駄目です。あなたたちの力量は分かっていますけど、危険すぎます。最悪、あの子達を見捨ててでも逃げてください」
「嫌っ……!」
子供たちを見捨ててでも、自分を優先する。最低だが、最良の判断。そんな優の指示を拒否したのは、美也だった。立ち上がり、テーブルを叩きながら、叫びだした。
「あの子達を見捨てるなんて、私には無理だよ……! そんなことするくらいなら、命懸けで守る! 私一人だけでも戦って、あの子達を守るから……!」
「んなことは分かってるんだよ」
「え……?」
エキサイトし始めた彼女に、狼は溜息混じりにそう言った。
「優だって、そんなこと、本気で言ってるわけないだろ。どうせ、俺たちの覚悟を試してるとか、そんなんだろうさ」
「あら、分かってたんですか」
「当たり前だ」
優の考えていることは全て、狼には手に取るように分かるらしい。相手は育ての親だからな。
「覚悟なんて、改めてする必要はねぇんだよ。最初から、全力で戦うって決めてるんだからな。そうでなきゃ、態々トラックを襲撃してまで助けねぇっての」
「そうですね……ちょっと、意地悪だったかもしれないですね」
「そういうわけだ。話すなら、今後の対策にしとけよ。あいつらが聞かれたくないだろ?」
あいつら―――そういえば、あの四人はどうしたのだろうか? まだ読書だろうか?
「対策も何も、平日は学校があるじゃないですか。その間は私に任せてもらうしかないです。問題は休日ですけど」
「何で休日なんだよ? お前一人で守るより、俺たちがいたほうが、戦力的にいいだろ?」
「涙花ちゃんが、美也ちゃんと一緒にいたいと駄々を捏ねてたんです。学校があるからと引き下がらせたんですが、今度は自分も学校に行くと言い出して……本を与えて、どうにか気を逸らしたんですけどね」
「それがどうしたんだよ?」
「その代わり、休日は美也ちゃんと遊びに行くと言い出して……しかも、唄羽ちゃんも、狼とデートしたいと言い出す始末で。さすがにそれは断れませんでした」
「デート!? わたしも行きたい」
「っていうか私も、涙花ちゃんより狼君とデートしたい!」
「それはさすがに可哀想だろ。っていうか勝手に人の予定を組むなよ」
要するに、子供たちがそれぞれバラバラに行動してしまうから、各個撃破されてしまう恐れがあるのか。
「全く、面倒くせぇな」
狼が愚痴っているのは、子供たちのことか、それともきゃいきゃい騒いでいる闇代たちのことか。……多分、後者だな。