ほんと、こんな女の子が実際にいたらドン引きだよね
◇
……それから暫くして。
「ふぁあ~……」
「あら、やっと起きましたか」
狼たちが学校に行った後。今までずっと寝ていた亜子がようやく起きてきた。随分と寝坊助だな。
「あの金髪ロリババアが煩くって、眠れなかったの……」
「仲良しはいいですけど、程々にしてくださいね」
「な、仲良しじゃないってば……!」
闇代とのことを言われて、赤面する亜子。……二人とも、ほんとに似たような反応するよな。
「ほら、朝御飯ですよ」
「あ、うん……」
優に促されて、やや遅めの朝食をとる亜子。そこで、他の子供組がいないことに気づいた。
「そういえば、心や唄羽は?」
「みんな私の部屋にいますよ。亜子ちゃんも行きますか?」
「何してんの?」
「読書です。私の本が沢山ありますから」
「ふーん」
どうやら、他の子供たちは優の本を読み耽っているらしい。尤も、亜子は二度寝するつもりだったので、どうでもいいみたいだが。
「亜子ちゃんも、二度寝しないで読書したらどうですか?」
「えぇー? めんどい」
「そうですか。でも、二度寝は駄目ですからね」
「ちっ……」
しかし、そうは問屋が卸さない。二度寝ルートはばっちり塞がれるのだった。……こっそり寝るという選択肢もあるのだが、亜子にそれを選ぶ勇気はなかった。何せ、色々と規格外なところを見せられているのだ。下手に逆らえない。
「それで、どうしますか? 読書にします? それとも勉強にします?」
「……読書で」
「はい」
結局、亜子も読書をすることになったのだった。
◇
……さて、狼たちは。
「狼君!」
休み時間中。狼たちの教室に、美也が乗り込んできた。彼女は狼たちと学年が違うので、当然教室も違う。また、天も学年が違うため、この場にはいない。狼、闇代、一片の三人に、今来た美也を加えた四人が、この場にいる主要キャラである。
「とうとう不能から脱却したって本当なの!?」
「入ってくるなり何ほざいてるんだ!?」
美也の発言に、驚いたのは狼だけだった。……クラスにいる他の生徒たちは、美也のトンデモ発言には慣れているのだ。それも、上級生なのにこの教室に入り浸っているからであった。
「だって闇代ちゃんが「今日は狼君と子作りデビューだよ☆」ってメールしてきたし」
「闇代っ!」
「だって! 唄羽ちゃんとだけ子作りなんてずるいもん!」
「してねぇっての!」
「なぬぅ!? 狼君はやっぱりロリコンさんだったのかぁ!?」
「あんたも本気にするな!」
最早先程と同じ状況になっているのだが、ここでもやはりブレーキ役が不在だった。つまり、この混沌とした会話は止まることがないのだろう。
「ロリっ娘に手を出す狼君は、私が矯正するんだから!」
「出してねぇよ!」
あのー、そろそろ警察に通報されるので、大人しくしてもらえませんか? 警察沙汰はさすがに勘弁です。いやまあ、昨日は警察沙汰だったけどさ。
「今日という今日は逃がさないから、覚悟してね」
「Noロリコン! Yes子作り!」
「頼むから、まともな会話をしてくれ!」
結局。この乱痴気騒ぎは、授業が始まるまで続いたのだった。
……その頃、優は。
「こんにちはー」
「あら、小宮間さん。まだ開店時間じゃないですよ?」
「分かってるよ。昨日の件で来たの」
開店前どころか開店準備すらしていない居酒屋「虹化粧」。そこに舞奈が尋ねてきた。捜査のほうで進展があったのだろうか。
「子供たちはどんな感じ?」
「今は私の部屋で読書中です。特に、心ちゃんと涙花ちゃんは夢中みたいですよ」
「そうなんだ。良かった」
舞奈がカウンター席に座ると、優は彼女にお冷を出した。営業中ではないが、何も出さないのはあれだったからか。
「それで、どうでしたか?」
「それなんだけどね……とりあえず、今分かってることだけ伝えるね」
出されたお冷で喉を潤してから、舞奈は捜査状況を話し始める。……一応は捜査上の機密事項なのだが、優は子供たちを預かっているから特別なのか。それとも、この女刑事にはコンプライアンスというものがないのか。
「まず、捕まえた男たちの証言だけど。彼らは、子供を乗せたトラックを百貨店の駐車場に運ぶよう指示されていたみたい」
「百貨店というと……Y市駅に併設されている?」
「うん、そこの地下駐車場」
ここY市で一番大きい駅がY市駅だ。そこに併設された百貨店は、地元の人間には馴染みの場所だった。ここからはやや遠いが、車で移動するならすぐそこである。
「それで、運んだ後はどうするつもりだったんですか?」
「放置だって」
「放置? そこに車両を置いて、それで終わりですか?」
「そこから先は他の人員が運ぶんだろうね。因みに、昨日その駐車場に急行したんだけど、既に誰もいなかったよ」
「でしょうね。内容が内容だけに、トラブルがあったと判断すれば、真っ先に逃げ出すでしょう」
恐らくは、そこから黒幕側の人間が運ぶ予定だったのだろう。最初から自分たちでやらず外部から雇ったのは、長距離運転ができる人間がいなかったからか。
「それで、他の子供たちは?」
「あの四人以外は全員身元が分かったよ。主に関東地方の子たちだった」
「関東なら、東京に行く機会も多いですから、そのタイミングで攫われたんでしょうか?」
「そうみたい。全員捜索願が出てたし、向こうの警察では大規模な捜査本部が立ってるみたいだったから、その辺の連絡もしてたの。ほんと、大変だったよ……」
「お疲れ様です」
東京に出てきた子供たちを誘拐したということは、東京近辺に黒幕の拠点があるということか。
「徹夜で調べて向こうと連絡とって、所長に情報操作を認めさせて、もうくたくた……」
「やっぱり情報操作するんですね」
「当然だよ。逮捕したのが狼君たちなんだから、その辺は伏せないとだし。他にも、あの四人に関しても色々とね。今時身元不明なんてそうそうないから、結構気を遣うの。最終的には、「誘拐犯を逮捕して児童数名を保護」って発表して終わりかな。身元は引き続き調べるけど、多分まともなところじゃないと思うし」
「それじゃあ、こちらも情報を出さないとですね」
「何か分かったの?」
「ええ」
優は舞奈に、狼から聞いた話を伝えた。……唄羽が彼に打ち明けた、自分たちの正体について。それは狼によって、優の耳にも入っていたのだ。
「施設に、「実験」……それって、もしかして」
「ええ。多分、「ラボ」の残党か、同系統組織か……ともかく、面倒なことになりました」
優が口にした「ラボ」という単語。それは、何らかの組織らしい。
「この分だと、あの子達の身元は分からないだろうね」
「ええ。「ラボ」の連中が絡んでいるのだとしたら、そんなことしても無駄です。それよりも―――」
「もしあの子達が「ラボ」のモルモットだとしたら、あいつらはあの子達を取り返しに来るか、最低でも始末する、と思う」
優たちは、今回の件に「ラボ」という組織が関わっていると考えているらしい。彼らと「ラボ」には、深い因縁があるようだ。
「「ラボ」が絡んでるって、狼君たちには言ってるの?」
「いいえ。まだ可能性の段階ですし。ですが、今後は気をつけるようにとは言ってあります」
「そう。それがいいかも。特に、狼君には」
いつの世も、子供が危ないときは、大人が裏で動くもの。優と舞奈は、子供たちを、狼たちも含めて、守ろうとするのだった。




