02
工業都市"アテナス"―――
そこは建物から民家の中のあらゆる家具さえも機械でできている都市。
都市中央にある機械仕掛けの歯車時計はこの国最大級で最精巧な傑作だと言われている。
ただ、この都市の人たちは歯車や機械音が好きということもあり、ガシャンガシャンと鳴る音が少しだけ煩い。
とはいえ、その騒音さえも音楽として世に出している技術者もいるのだが…。
「何回来ても圧巻ねぇ、工業都市〝アテナス“!」
「そうだね、この国でもここほど機械の美を突き詰めたところはないと思う」
「あら、ロイスったらやっぱり男の子だったのね!確かにすごいとは思うけど、私は美しいとまでは思わないわ。煩いし…」
近くでギーコーガタガタ音を立てる自動車をティアが嫌そうな目で見ている。
確かに物音についてはもう少し静かな方が好ましいけど、この都市の歯車についてはかなり美しいと思っている。機械仕掛けの歯車時計もそうだが、この都市で作られた懐中時計もなかなかのものだ。
実はロイスが愛用している懐中時計はこの都市の技術者が作り出したものである。幼いころに貰ったものだということだけは覚えているが、どこで、誰に、いつ、どうして渡されたものなのかは覚えていない。
ただ、その懐中時計の歯車の形や素材がこの都市特有のものなので、この都市の技術者が作ったもの、ということだけはわかっている。
「そろそろ依頼者の元へ着きそうだな、駅から近くて助かるよ」
「そうねぇ。まさか、どこぞのけちんぼさんが交通費用までけちるとは思わなかったわ!依頼料の前金に含まれてると思うのに…!」
ぷぅと頬を膨らませるかわいい妖精はすでに僕の肩の上でくつろいでいるので、実際のところは僕だけ苦労している、ということはこの際言わないでおこう…。僕も大人になったものだ。
「ある程度節約はしておかないと、いつ何が起こるかなんてわからないしね。一度贅沢を覚えてしまうとなかなか戻れないというし…」
「それでも必要経費でしょ!使うとこは使ってかないと経済まわっていかないわよ!」
僕はこの国の政治家でも、権力者でもないのだから経済なんて興味がない。僕は自分の生活を守らなければならないのだ・・・!だから、ティアの明日のおやつはぬきだな、そうしよう。
大人げないとは言わないでほしい…。
「また何か心の中でしゃべってるでしょ」
「心の中は読まないで!!!」
まぁ、実際にはティアに心の中を読む力なんてないんだけどさ。そんなに僕ってわかりやすいのかな…。気を付けておこう。
そうこうしているうちに依頼書に書いてある地図の屋敷の前についた。
依頼料として記載されている金額に引けをとらないような、明らかに金持ち!とわかる屋敷だな。まずは門や建物の素材が違うし、整備された庭もとても綺麗だ。
周りの機械じみた建物と似つかわしくない自然を有していて、自生活だけでなく趣向品にまでお金を注ぎ込める財力を感じる。
いいな、いつかはこんな生活してみたい僕の中の理想ベスト5くらいには入ると思う。
・・・依頼をうまくこなせれば依頼料にいろをつけてくれるかもしれない。ありがたいな、金持ち。
そんながめついことを考えていると、門の内側から綺麗な白髪の老人が姿を見せた。
「何をやっとる!ここは観光地でもなんでもないわい!わしの芸術品が魅力的なのはわかるがいつまでもそのみすぼらしい姿でたっとられると景観を損ねるじゃろうが!!」
さぁ帰った帰った!!と言わんばかりに、しっしっという風に手をふられる。
こちとらそちらが依頼したから遠路はるばるここまで来たんですけど!!ということは心の中に秘めておく。多分、この屋敷の主人のようだし。依頼者はモニカ・サンタジアだったから女性の名前だし、この人の奥さんかな…?
「すみません。申し遅れましたが、僕は写真家をしているロイス・ベルギートと申します。こちらの屋敷のモニカ・サンタジア様より依頼を受けてきたのですが、御在宅でしょうか?」
「モニカが……?」
そういうと老人は少し考えるそぶりをしたが、すぐにため息をついたこういった。
「それは失礼なことを言った。わしはこの屋敷の主人、アルファス・サンタジアじゃ。その依頼が何かは知らんが、取り消しで構わない。依頼料なら払おう。いくらだ?」
「えっと…、依頼を取り消すにも依頼者本人に会わないことには…」
「構わん、モニカは…」
アルファスが何かを言い始めたのと時を同じくして、前方よりすごい物音と土埃が舞い上がる。
「ちょおっと待った待った!!!私が依頼者のモニカですぅ!!!!!」
奥さんというには年若い、20歳代だろうか。赤い和服の袖と真っ白なエプロンをはためかせ、綺麗な女性が走ってくる。メイド、というやつだろうか。
「お前は・・・、もう少し品よくできんのか・・・」
「旦那様がぁ、勝手に帰らせようとするからですよぅ!急いでたんで、許してくださいよぉ~~」
アルファスは顔を手で覆いながらため息をつく。この場面だけ見れば少しだけ気の毒に感じるのはしょうがない。
だって、貴族とか金持ちって体裁を重んじるものだし、この国は美を尊ぶものだから!まぁ、門をうろつく若者に屋敷の主人が声をかけたくらいだから、あまりそういったところは厳しくないお屋敷なのかもしれないけど・・・。
そんな別のことをつらつら考えていると、モニカという女性が元気よくはいはいは~~~いっといった感じで、僕に手をふっている。
「まぁまぁ、そういうことなので!さっそく私の依頼、聞いて欲しいですぅ~~~!!!」
ちょっとだけ面倒ごとに巻き込まれたかも、という嫌な予感はしつつ、呆れ顔のアルファスを尻目に、僕は屋敷の門をくぐるのだった。