河野の推理5
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「誰がそんな噂を流したかですって?」
「そうだ。誰が流したんだ?」ジョン・ウィルソンは言った。
「決まってるじゃないですか。CIAですよ」
「何だって?」急に今まで静かだったベイカー捜査官は言った。
「ベイカーさん。とぼけるのはよしてくださいよ」
「ちょっと待ってくれ。あなた方に期待した私が馬鹿だった。証拠はあるんですか?」
「いいえ。しかし、あなたの仲間に聞けばわかることですよ」
「仲間?それは一体誰のことなんだ?」
ベイカー捜査官はまさに寝耳に水であるかのように言った。
「仲間とは……、驚かないでくださいよ」河野は前置きしてから言った。「その仲間とはスコットさん、あなたです」河野はまっすぐマシュー・スコットを指差していた。
「何だって?俺がCIAだって?笑わせるなよ。まさかみんなこいつの言うことを信用するんじゃないだろうな?」
スコットは半分笑いながら言った。
「そうよ、先生。スコットがCIAなわけないじゃない」
ソフィアも信じられないような顔をしていた。
「ソフィアさん、この人は私たちをだましていたんです」
「だましていた?そんなことするわけないだろうが」
スコットは濡れ衣を着せられたと言わんばかりに声を張り上げた。
「それを証明できるの?先生」
「できます」
「できるわけない。俺はどう考えたってキャンベル一家の人間だ」
スコットは言った。
「CIAの工作員がマフィアに潜入して、いざ、という時に事を起こす、テレビなんかではよくある話でしょ?」
「そうだけれど、本当に今回起こった事件もそうなのか?」
ジョン・ウィルソンも不審そうに言った。
「そうです。間違いなく」河野はきっぱりと言った。
「じゃあ、証明してくださいよ。私とこのスコットという男がつながっていた、ということを」ベイカー捜査官は平然と言った。
「簡単なことです。スコットさん、あなたは何度か私たちと逃亡生活を送っているときに、失敗をやらかしましたね?」
「失敗?」
「そうです。まず最初はクローザーのジョージに会った時でした。あなたはソフィアが自分たちは警察だ、と嘘をついた時、警察のバッジを見せてくれましたね?」
「そうだが、それがどうかしたのか?あれは偽バッジだって言っただろうが」
「そのバッジを見せてください」
「これか?」スコットは胸ポケットから警察バッジを取り出した。そして、河野にそれを渡した。
「ほら、ご覧の通りCIAと書かれてあります」
河野はその警察バッジを全員に見せるようにした。確かに身分証明書にはCIAと書かれてある。
「確かに書かれているな」ジョン・ウィルソンは言った。
「だから、それは偽物なんだって」
しかしながら、スコットは偽物の身分証明書だとまだ言い張っている。
「この話はここで置いておいて、次です。次にあなたが失敗を犯した時はスピード違反で警察に捕まった時です。
ディラン・アンダーソンという警察の男がいましたね?確かにあの時、その男はスコットさん、あなたの顔を見るなりスコットだ、と言いました。そして、あなたは今、CIAにいることも確か言いましたよね?
あなたはそのあとでそのことを否定して全く関係がないとおっしゃったが、実はやはり関係があったのですね?」
「なるほど。ディラン・アンダーソンという男のことは私も気になっていたわ。あの男がスコットのことをCIAだと言ったことは事実よ」ソフィアは言った。
「どういうことだ?スコット。説明してくれ」
ジョン・ウィルソンは明らかに疑いの目をスコットに向け始めていた。先ほどまでは河野の言うことに疑いを持ち始めていたマフィアの連中も今ではみんなスコットのことを疑い始めていた。
「ちょっと待ってくれ」
スコットはいつもよりやけに重い視線を感じてたじろぎ、ごまかし笑いをした。
「証拠、証拠はあるのですか?」
ベイカー捜査官は何とか平静を保ち言った。
「そうだ。証拠はあるのかよ?」スコットも必死で河野の推理をかわそうとしていた。
「ないですよ?」河野は言った。
「何だ。ないのかよ。それじゃあ、先生、あんたの想像上のことでしかないじゃないか」スコットは勝ち誇ったように笑って言った。
「しかし」河野の話はまだ終わっていなかった。
「しかし?」
「しかし、この身分証明書、つまりCIAの警察バッジが本物だと証明されれば、私の想像も現実のものとなるはずですよ」先ほど受け取った警察バッジを河野はこれ見よがしにスコットに見せつけた。
「……」
「それにディラン・アンダーソンというニューヨーク市警の警官を証人として呼んでもいいのですよ?」
「わかったよ。俺が悪かった」スコットは言った。
「それではあなたはCIAだ、ということを認めるのですね?」
「そうだ。おれはCIAだ」スコットは勝ち目がない、と思うとあっさりと認めた。
「どういうことなんだ?おまえはずっと前からキャンベル一家の仲間からも信頼されるほどのマフィアじゃなかったのか?」
ジョン・ウィルソンはスコットがあっさりと認めたことに驚きを隠せなかった。
「違うんだ。ジョン・ウィルソン。俺はCIAだ。マフィアだって大嫌いだった」
「どういうことだ?」
「俺は幼少のころマフィアに両親を殺された経験を持っていてな。それでいつかマフィアを転覆させたい、と思って警官になった。CIAに入ったのは、マフィアを捜査できると知ったからだった」
「そんなバカな。嘘だと言ってくれよ。スコットさん。あんたはおれにはそんなやつには見えないよ」ボディーガードのダニエル・ジャクソンは懇願するように言った。
「まあ、マフィアへの潜入捜査自体がマフィアの人間を欺くためのものだから、そう思えるのは仕方ねえよ。俺は巧妙に今回の事件だってお前らを欺くために、お前らにとって得になるようなことはたくさんしたしな。しかし、それも、すべてはマフィアを転覆させるための計画のうちの一つだったんだよ」スコットは残念そうに言った。
「それでも……」ダニエル・ジャクソンは引き下がらない。
「俺たちは訓練を積んでいるんだ。マフィアを欺くことくらい朝飯前さ」
「それで、八百長が行われたという嘘の噂を流したのもあなたなんですね?」
「そうだ。これは国家ぐるみの計画だった。ニューヨークを取り仕切る二つのマフィアを転覆させることは我々にとって重要だったんだよ」スコットは言った。我々、とはもうここではCIAのことを指すことがとても河野には残念に思われた。
「どうして、そこまで重要だったんですか?ニューヨークはとても大きな都市です、だからと言って、そこを取り仕切るマフィアなんて国家に取っちゃそれほど大きな存在ではなかったのじゃないですか?」
「そうさ、スチュワート上院議員の娘が殺されるまではな」
「スチュワート上院議員?」河野は聞き返した。
「ここからは私が説明しましょう」ベイカー捜査官は説明の取り次ぎを行った。
「スチュワート上院議員とは?」河野はベイカー捜査官に質問した。
「アンソニー・スチュワート上院議員。国家の安全についてとても熱心に考えられていた方です。その熱心さは大統領も一目置くほどのもので、次期大統領に、と推すものも少なくはない人物です」
「なるほど。そのスチュワート議員の娘が殺されたのですね?」
「そうです」ベイカー捜査官はやはり丁寧に言った。
「その話はどこかで聞いたことがあります」河野はあの世界一決定戦が行われている真っ只中のラジオ放送のことを思い出していた。
「そのご令嬢が世界一決定戦の行われる少し前に殺されたのです。一説ではそのマフィアは野球賭博に賭ける金を作り出すために、スチュワート上院議員のご令嬢を殺した、ともいわれています。
それ以来、スチュワート議員はマフィアを殲滅することを国家の至上命題のように考えるようになりました。そして今回の計画が立てられたのです」ベイカー捜査官は言った。
「なるほど」
「確かに、スチュワート上院議員の娘を殺したマフィアは野球賭博のために彼女を殺したのだから、俺たちが野球賭博でマフィア全体に仕返しするのはとてもしっくりくると思ったよ。それに俺も去年の世界一決定戦はしっかりとみていた。あのジョージの投球内容なら、してもいない八百長をした、とうわさを流してもいける、と思った」スコットは納得したように言った。
「俺たちが野球賭博をやっていたことは重大だったってことか」ジョン・ウィルソンは言った。
「今回の計画はマフィアを失墜させたいおれにとっても願ったりかなったりだった。今まで潜入捜査をしてきたことが報われるように感じたよ。
これで両親に恩返しできると思ったら本当に神に感謝した。しかし、先生、俺たちの前にあんたが現れた。そして俺たちの計画をすべてあばいてしまった。
今回の事件において、俺がした一番の過ちは先生、あんたを雇ったことだったよ。大学にいる人間ならたくさんいるはずなのに、どうしてあんたにあたってしまったんだろうな」スコットは悔しそうに言った。
「そうですね。ほかの人間なら解けなかったかもしれませんね。どちらにせよ、スコットさん、あなたは罰を受けなければならない」
「誰がそんなことをするんだ?俺たちは国家だぞ?CIAだぞ?罰を下す人間なんていないんだよ。だから俺は簡単に自白してやったんだ」スコットは言った。
「いいえ、あなたは間接的にですが、今回の事件で、キャンベル一家のボスやマーティン一家のボス、そして何よりも私たちの仲間のスミスさんを殺した。
まあ、この3人で済んだことが奇跡的だと考えるのか、3人も死んでしまった、と考えるのかは皆さん次第ですが。
どちらにせよ、あなたは3人を殺したも同然なのです。だから、スチュワート上院議員のご令嬢を殺したマフィアが罰を受けたように、罰を受けるに値する」河野は言った。
「じゃあ、誰が罰を下すっていうんだ?CIAか?それともニューヨーク市警か?それとも国家か?もちろん国家の意思に従って行動した俺はそれらから罰を受けることはないよな?」スコットは自信満々に言った。
「そうですね。確かにそうです」ここまで来て河野は壁にぶち当たったのかスコットの言うことにうなずいた。
「ちょっと待ってくれ。俺らがスコットに罰を受けさせようじゃないか」ジョン・ウィルソンは言った。
「マフィアのあなたたちが、ですか?」河野は言った。
「そうさ、俺たちがスコットに罰を与えればいい」マーティン一家のトンプソンも言った。
「へー、どういう罰を与えるつもりだ?」スコットは調子に乗って言った。「俺をマフィアの連中が建てた刑務所にでも入れるつもりか?」
「いいや」ジョン・ウィルソンは言った。「3人も殺したも同然なんだから死刑に値してもいいくらいだ」
「そうさ、俺たちはスコット、あんたを地の果てまで追いかけるつもりさ、そして死罪という罰を与える」トンプソンは意味深に言った。
「なるほど」河野は納得した。
「俺を殺すって言うのか?」スコットは強気だ。
「そうさ、俺たちはあんたを地の果てまで追いかけて殺すことになるだろうよ。どこに行ったって同じさ。あんたは常に背後を気にして生きなきゃならねえことを覚えておくんだな」
「俺は逃げおおせるさ。それだけは間違いねえ」スコットはやはり自信満々だった。
「スコット。おまえはマフィアの力をなめない方がいい。俺たちは裏の情報を隅から隅まで知ってるんだ。今ここで取り逃がしてもあんたはどこにも逃げ場はないぜ?」
「なるほど」
「最後に一つ聞いていいですか?アイデン・ムーアさんやダニエル・ジャクソンさんたちが二つの組織のボスを殺さなかったとしたら、あなたはどうしていたつもりですか?そういうこともあり得たでしょう?」
「抗争を起こすことが目的だったから、何か引き金になるようなことが起こればいいと思っていた。だが、何も起こらなかった時は、俺自ら何か事を起こすようにほかの誰かに仕向けるつもりだったよ」
「なるほど。あくまで、あなた自身は手を下さないつもりだったんですね?」
「まあ、そういうことになるな」スコットは言った。
「私の疑問も解決したことですし、とにかく、まあ、これで私の推理はすべてです。結果としてスコットさんがマフィアに追われることになりましたが、私は推理をすべて聞いていただいたので何も文句はありません」河野は言った。
あたりは静まり返っていた。もう、夜も更けて冷たい風が廃墟の中を通り過ぎた。先ほどまでとは比べ物にならないくらいの冷たさだ。河野にとって残念なことはスコット自体が裏切り者であったことだった。
しかし、それも今では変えようもない事実だった。




