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河野の推理4


26


 風がひとふきした。その風はやはり冷たいものだった。

「まずは、ジョージからです」

「ジョージ?」

「ええ。メジャー・リーガーのアンドリュー・ジョージ。去年の世界一決定戦で八百長をしたとされている人物です」

「なるほど。去年の世界一決定戦で、クローザーとして出てきて、最後の打者に満塁ホームランを打たれた選手だったよな?」

 ジョン・ウィルソンは言った。

「その男に事情を聴きに行ったんです。私たちは切羽詰まっていましたからね」

「なるほど。それでどういう風に答えたんですか?ジョージは」

「ソフィアさん。あの時のことを話していただけますか?」

「ええ。スミスが『去年の世界一決定戦であなたが八百長を働いていたことは知っています』と言ったのよ。

 そしたら、ジョージのやつ、『私は八百長なんてやっていません』と言ったのよ。

 そのあと、何も事情を聴けずに怒って帰ってしまったわ。

 今、考えるとスミスの質問の仕方が悪かったのよね」

「そうでしたね。次に参りましょう。去年の世界一決定戦で大もうけした、ナタリー・ロドリゲスのことです。

 彼女は去年の世界一決定戦で大もうけしたことに対して怪しく思い、事情を聴きに、彼女の家まで行きました。

 そりゃそうですよね?去年の世界一決定戦で大もうけしたってことは、優勢だったファイアーズよりもウィナーズが勝つと完全に予測していたわけだから、八百長に関与していてもおかしくない、私はそう考えたんです」

「なるほど。確かにその考えは間違っていないかもしれませんね」

 ニューヨーク市警の担当者は言った。

「ソフィアさん。その時の状況はどうでした?」

「ナタリー・ロドリゲスに私はこう質問したわ『とても言いにくいんだけれど、あなたがとても儲けたから、八百長を仕掛けたっていう人がいるのよ』って。

 そしたらナタリー・ロドリゲスは動揺した後に『ないわ。でもこれだけは言える、私は誓って八百長を仕掛けたりはしないわ』って言ったわ。

 おそらく彼女も何かを隠してるんでしょうけれど、そのあとのことは何も聞けなかったわ。非常に残念ね」

「ありがとうございます。二人の八百長に大きくかかわっている人物は確かに八百長に関与していない、と言っているようですね」

「そうね。でも、うそをつくのは当たり前のことよ、正直に言えば警察に捕まるんだから」ソフィアは言った。

「確かに、そうですね。しかし、彼ら二人の言うことをよく、考えてみてください」

「そうね、先生はあの二人の証言に何かヒントが隠されているって言っていたわね」

「そうです。ヒントではなく答えそのものが隠されてるんです」

「どういうことよ?私にはそれがわからないの。ヒントが隠されているとしても、答えそのものが隠されているなんて全然わからないわ」

「確かにそうかもしれません。それはソフィアさん。あなたが偏見を持って彼らの証言を聞いているからですよ」

「偏見?」

「そうです」

「わからないわ。私には偏見を持って証言を聞いていたようには自分では思えないわ」

「そうかもしれませんね。おそらく誰だって今回の事件においては偏見を持って物事を解釈しているでしょうから、無理もありません。もちろん、私だってそうでした。今回の事件を解き明かすまではね……」

「そうなの?全然わからないわ」

「ええ。しかし、私は彼らの意見をそのまま偏見という色眼鏡を通さずに聞いてみたんです。そうすれば今回の事件を解き明かす突破口のようなものが見えてきたんです」

「それはどういうものなんですか?」ベイカー捜査官は挑戦的に言った。

「彼らの意見を正直に聞くことです。クローザーの、アンドリュー・ジョージはスミスの『去年の世界一決定戦であなたが八百長を働いていたことは知っています』という言葉に対して、『私は八百長なんてやっていません』と答えた。

 野球賭博で大もうけしたナタリー・ロドリゲスはソフィアさんの『とても言いにくいんだけれど、あなたがとても儲けたから、八百長を仕掛けたっていう人がいるのよ』という言葉に対して、『ないわ。でもこれだけは言える、私は誓って八百長を仕掛けたりはしないわ』と答えたんです。これがどういう意味だか分かりますか?」

「どういう意味って。どちらもうそをついて、何かを隠しているってことでしょう?」ベイカー捜査官は言った。

「そうじゃないんですよ。私が言いたいのは、彼らの意見を正直に聞け、ということです」

「正直に……。正直に聞けってことは、アンドリュー・ジョージは八百長をやってないし、ナタリー・ロドリゲスは八百長をしかけたりはしていないってことになるわね。でも、まさか彼らが本当のことを言っているとは思えないけれど……」

「そうです、ソフィアさん。あなたの発言は正しい、ただし前半部分だけはね」

「どういうことよ。前半部分だけっていうことは、アンドリュー・ジョージもナタリー・ロドリゲスも八百長をやっていないっていうことなの?」

「そういうことです」

「信じられないわ」

「あなた方は偏見を持っていたから、そう思えるんです」

「さっきから偏見、偏見って言っているけれどはたしてその偏見って一体何なの?」ソフィアは痺れを切らして言った。

「よくぞ聞いてくれました。偏見というのは、もちろん、『八百長が行われていたこと』、です」

「どういうことよ、そんなこと言われても、私には全然わからないわ」

「わからないですか?」

「ええ、さっぱりよ」

「よく考えてください」

 河野の口調はいつの間にか大学で講義を行う口調になっていた。いまいち講義の内容がわかっていない学生たちにわかりやすく説明しようとする口調だ。

「考えてみるけれどわからないことはわからないのよ」

「そうですか、では説明しましょう。でも、びっくりしないでくださいね?」

「わかったわよ」

「実は八百長なんて行われてなかったんです」

 河野はこれを話した時、いたずらっぽく微笑んだ。

「え?」一同は驚いた。驚かなかったものはいないようだった。

「八百長が行われていなかった?それはどういうことだ?」

 一同は呆然とし、みんな一斉に考えにふけった。そのせいで、あたりはまた静かになった。夜の廃墟は寒い。しかし、誰もそんなことを言わず、そして気にしていないようだった。

「八百長は行われていませんでした。それはおそらく確実にそうだと思います」

「どういうことだ?先生。それは周知の事実だったはずだろ?」

 ジョン・ウィルソンは言った。

「そうだ。それであんたは雇われたんだぞ?」スコットも負けずに言う。

「そうです。私は八百長を行ったのが誰かを調査するためにキャンベル一家によって雇われました」

「そうだろ?だったらそんな野暮なこと言うんじゃねえよ。それはもうみんながわかっていることじゃねえか」

「それがみなさんはわかっているようでわかっていないんですよ」

「どういうことだ?」

「例えばみなさんは八百長が行われていることは知っているのに、それを行った張本人が誰だか知らない。それで私が雇われたわけですからそうですよね?」

「確かにそうだな。しかし、八百長が行われていないとすればどういうことなんだ?去年の世界一決定戦の大逆転劇は」

「もしですよ?もし、あの大逆転劇が仕組まれたものでないとしたら?あり得ることです。何かで読んだことがありますが、いくらプロの野球選手だって、調子をいきなり崩すことはありうるはずです。ましてやあの大舞台の世界一決定戦です。調子を崩して、あのような投球になったのかもしれない。

 ナタリー・ロドリゲスだってそうです。大穴を狙って彼女はウィナーズに賭けただけかもしれない」

「それは……」

 一同は黙りこくった。誰も答えられるものはいなかったのだ。

「私はその可能性を考えました。つまり、クローザーのアンドリュー・ジョージの言うことや、ナタリー・ロドリゲスの言うことを真っ向から信じたのです。そうすることによって、答えを見つけるための突破口を開くことができました」

「なるほど」一同はうなずくしかなかった。

「そりゃ調べても、調べても証拠が出てこないはずですよね。八百長は行われていなかったんだから」河野は笑って言った。

「そんな……。じゃあ、俺たちはそんな行われていない八百長のためだけに抗争までして二人のボスを失い、激しい銃撃戦を行って、殺し合っていたって言うのか?」トンプソンは言った。

「そうです。その銃撃戦で私たちにとっても大切なスミスという人物を失ってしまいました」河野は悲しそうに言った。

「どうして。こんなことに……」ジョン・ウィルソンはうつむいた。

「まさか噂が人を殺すなんてそんなことあるものなのね……」

 ソフィアは言った。

「待ってください。この噂は自然に流れたものではないことをあなたたちにはよくわかっていただきたいのです」

河野は結論を急ぐにはまだ早いことを全員に知らしめた。

「何?」トンプソンは言った。「噂は人為的に流されたって言うのか?」

「そんなバカな」ジョン・ウィルソンは驚く。

 その場にいたほかの人間も、驚きを隠せない様子だ。

「ばかげたことに思えるかもしれませんが、ある目的のために噂は人為的に流されたのです」河野は確信したように言った。

「その目的とは一体何なんだ?先生」

「その目的とは」河野は空気を一気に吸い込んではいた。そして次の言葉を発する準備をした。「二つの組織。つまりはキャンベル一家と、マーティン一家の壊滅にあります」

「何だって?そんなこと考えるやつはどこのどいつなんだ?」

 トンプソンは激昂して行った。

「そうだ。そんな簡単にマーティン一家がつぶれるわけがねえ」

 マーティン一家のボディーガードのクリストファー・コリンズは言った。

「キャンベル一家だってそうだ」ダニエル・ジャクソンは言った。「そんなに簡単に壊滅するわけがねえ」

「確かにそうです」河野は軽く認めた。「ですから、こうやってあなたたちはまだ、今は生きている」

「どういうことだ?」トンプソンは言った「それではこれから一人一人殺されていくような言い方じゃねえか」

「ええ。私がこの謎を解き明かさなければ、そうなっていたかもしれません。それくらい重要なことなんです」

「マフィアだって人間だ、殺されていいわけがない」クリストファー・コリンズは言った。

「しかし、どういうことだ?うわさを流すことがキャンベル一家とマーティン一家の壊滅につながるなんて俺は思えねえけどな」

 ダニエル・ジャクソンは言った。

「いいえ、うわさを流すことが二つの組織を壊滅させることにつながるんですよ」河野はダニエル・ジャクソンの言うことをきっぱりと否定した。

「どういうことだ。全然わからねえよ」

「いいですか?順を追って説明すると、

1.誰もやっていないのに八百長をやったものが誰かいる、とうわさを流す。

2.そうすれば、おのずとキャンベル一家とマーティン一家の間で不信感が出始める。

3.そして何かの出来事が引き金になって抗争が始まる。(これは今回の事件においては二つの組織のボスが殺されたことです)

4.抗争が始まればそれを止めるものは誰もいない、お互いがほぼ壊滅状態になるまで戦い続けるでしょうよ。

5.そうすれば最終的には二つの組織は消えてなくなる」

河野は言った。

「なるほど」ジョン・ウィルソンはうなずいた。いや、納得するしかなかった。

「そういうことか。そんな手の込んだことを考えられていたのか」

 ダニエル・ジャクソンは言った。

「そうです。ですから、誰も八百長をやっていないのに、八百長があたかもなされたかのように噂を流すことは大いに意味があったんです」

「なるほど。しかし、誰が?誰がそんなことをやったんだ?」


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