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スピード違反


21


 車は快調に飛ばしていた。スピードを幾分か、あげてしまうことはスコットのいつもの癖だった。

 河野もソフィアもそんな癖にも慣れ始めてきていて、たいして気を使うこともなかった。

「それで?何をどう捜査すればいいっていうんだい?」

 スコットは、快調に飛ばし始めていた車が何台もの他の車を追い越し始めているときに言った。

「うーん。私の中ではもう少しのところまで来ているんですがね」

「もう少しのところまで来ているって?犯人はわかったのか?」

「わかったような、わからないような……」

「先生、そんな曖昧じゃ困るんだよ」

「正確には犯人はわかっているんですが、裏で糸を引いている陰謀の真犯人まではわかっていない、というところでしょうか?」

「また。その話か。そんなもの、単なる憶測でしかないだろ?」

「今回の事件は複雑だって言ったじゃないですか。スコットさん。私はもちろん憶測だなんて思ってませんよ?」河野は真面目にスコットの意見を訂正した。

「まあ、いい。俺たちはこれからどうすればいいんだ?」

「当分は真犯人探しですよ。このまま車を運転し続けてください。その間に私はいろいろと考えをまとめますから」

「そうかい」スコットは言った。

 車はやはり快調に飛ばしていく。もう、何台の車を追い越しただろうか?

 けたたましいサイレンの音が急になり始める。

「どうしたんです?」

「ちっ。どうやら警察に見つかったらしい」

「そんな。こんなたくさんの車の中から私たちの車を警察が見つけ出すなんて不可能に近いですよ?」

「そういうわけじゃねえ。どうやら俺たちはスピード違反をしちまったらしい」スコットはいらだちながら言った。

「そうか。スコットさん、確かに快調に飛ばしてましたもんね」

「とにかく、どうするのよ?」ソフィアは言った。

「逃げるか?」

「簡単じゃないですよ?」

「心配するな。俺に任せとけ」スコットはアクセルをいっぱいに踏み込んだ。

 パトカーはスコットがアクセルをめいっぱい踏んでもついてくる。うるさいサイレンを鳴らしながら。

「スコットさん。危ないですよ。赤ですよ」

「心配するな。俺の腕をなめてもらっちゃあ困る。赤信号で危ないのは警察の車だけだぜ」

 そういうとスコットはハンドルを回して交差点を行きかう車をよけにかかった。

 その時、一台の車がスコットの運転する車のすぐ前にやってきた。

「危ない」

 車は何とかぶつからずに済んだが、車両の片側が浮いた状態になった。

 しばらくすると車はまた元の体勢に戻ったが、それは曲芸運転以外の何物でもないようだった。とにもかくにも、車の片側が宙に浮いたのだから、それは曲芸運転だろう。

 なんとか、交差点をやりきって、それでもスピードは落ちることはなかった。警察の車はだんだんと後れをとってきていた。しかし、彼らも勇敢な運転手なのか、赤信号の交差点をサイレンを鳴らしながら通り過ぎてきた。

 まあ、スコットの運転のように曲芸運転のようにはならなかったが、それでも、河野たちの車にぴったりとつけている。

 追いかける車は複数ではなく、一台だけだったということがスコットたちには幸運なことだった。

 スコットは警察の車をまくために大通りから裏通りへ入ることに決めた。それはもちろん、次、車の通りが激しい大通りで赤信号に巡り合ったなら、今度こそほかの車にあたって命はもうない、と判断したからでもあった。

 しかしながら、しつこく、警察の車もサイレンを鳴らしながらやって来る。

「くそ、しつこい奴だぜ」

 スコットはハンドルをきって小さい交差点を横切った。このあたりは大きなマンションが立ち並ぶ街並みだった。

「危ない」

 ソフィアは目を覆った。ちょうど、交差点に差し掛かろうとしていた人間がいたのだ。

 スコットの車は危うくその人間をひきかけた。

「ちくしょう」

 何とか、スコットはハンドルをなおも切って、ひくことだけは避けることができた。しかし、いったん崩れた車のバランスを取るのは難しい。

 それでもスコットは根気よくハンドルを巧みに回転させて車を元の体勢に戻して見せた。このあたりは、スコットは運転に自信を持っているだけのことはあるな、と河野は思った。

 その閑静なマンション街に突如として轟音を鳴らしながら走り去る車と、それを追いかけるサイレンをけたたましく鳴らしながら走るパトカーはさぞ、目立った存在だったことだろう。

 車は閑静なマンション街の中をとにかく走った。

 パトカーもそれを追いかけた。ずっとこの膠着状態が続くと思われたその時だった。

 曲がり角を曲がろうとスコットはハンドルをきる。その時、ちょうど真正面にパトカーがもう一台いたのだった。

「くそ、万事休すか」

 スコットは吐き捨てるように言った。河野の乗った車は完全に行く手を阻まれたのだった。後ろから一台、前にも一台パトカーはいた。

 逃げ場はなかった。

「動くな。観念しやがれ」警官たちはパトカーから降りてきて、拳銃を構えた。

「わかった、わかった。何もしねえから、心配するなって」

 スコットは車の窓から手を出し、自分に抵抗する意思がないことを示した。

 さて、この場をどう乗り切るべきか?河野は必死で考えた。このまま警察に御用となれば、河野たちはあのCIAのベイカーに引き渡されることは必至だろう。

 そうなれば真相は闇の中に埋もれ、また、ソフィアが犯人ということになり、振出しに戻ってしまう。

 どうすればいいんだ?どうすれば……。

 河野は考えた。しかし、答えというものは出てはこなかった。

「動くな。運転席のやつ、どうして逃げた?」警官は容赦なく質問を投げかけてきた。

「ああ。すまない。俺たち急いでいたんだ」

「急いでいたからって法定速度を守らなければいけないのは当然のことだろ?」警官はスコットを叱責した。

「そうだ。確かにそうだ」

「そのうえ、警察に呼び止められ、サイレンまでならされたのに停車しないなんてもってのほかだ」

「確かにそうだな」

「どうして、そんなことをしたんだ?」

「ああ、親だ。俺たちの親が急病にかかってもう命がないって言うから、病院へ急いで行っていたんだ」

 スコットは口から出まかせを言った。もちろん、河野はそんなことで、警察の目をすり抜けられるとは思っていなかった。

「なるほど。ということは後ろのやつらとおまえたちは兄妹なんだな?」

「あ、ああ」

 そんな見え見えのうそ、河野が外に出て顔をしっかり見られれば簡単にわかってしまうだろう、と河野が思ったその時だった。

「あれ?」四人いた一人の警官が言った。

「どうしたんです?アンダーソンさん」

「おまえ、スコット?マシュー・スコットじゃないか?」

「あ、ああ」スコットは気づかれたくないような様子で言った。

「俺のことがわからないのか?ディラン・アンダーソンだよ。久しぶりじゃないか?最近どうしてる?」

「アンダーソンさん。いったい誰なんです?」

 近くにいた警官の一人が言った。

「ニューヨーク市警の同期だよ」

「へー。では、今はお辞めになったんですか?」

「違うって。こいつは優秀だから、CIAに引き抜かれたんだよ」

「え?」

 河野は絶句した。どういうことだ?スコットが元CIAだったなんて初耳だぞ?

「もういいじゃないか。自慢話は……」スコットは笑って言った。

「そうだったな。おまえたちは急いでるんだったな」

「そうだよ。親が急病なんだよ」

「なるほど、それならば仕方ない。今日はおれとおまえの仲に免じて許してやろう」

「そんな……。いいんですか?アンダーソンさん」警官のうちの一人は言った。

「すまねえな。みんな。今日はおれの顔に免じて目をつぶってやってくれ」

「……」

「そう落ち込むなって飯をお前たち全員におごってやるから」ディラン・アンダーソンは部下たちに言った。

「じゃあ、行っていいんだな」スコットは言った。

「ああ。親御さんによろしくな」

「わかったよ」スコットの乗った車はゆっくりと動き出した。

「今度は捕まるんじゃねえぞ」

 後ろから、ディラン・アンダーソンの大きな声がかかった。

 スコットは軽く合図してハンドルをきった。

 いくばくか嫌な気持ちがする夜だった河野はスコットの車の後部座席に乗りながら、一人、考えにふけった。


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