ジャクソン・ウィリアムズの自白
19
廃墟を出て車に乗り、しばらく走ったあと、救急車とすれ違った。きっと、スミスを助けるための救急車に違いない。河野はそう信じてやまなかった。
救急車とすれ違っても、車の中の三人は何も話すことはなかった。何分か道が続く限りニューヨークの中を走った。
それは誰もがわかっていることであり、周知の事実だった。スミスはもうすぐ死ぬ。心臓を射抜かれ、あれだけ血が出ていれば、誰だって死ぬだろう。
大方の可能性はそうに違いなかった。どうひっくり返ったってスミスは死ぬ。河野は残念ながらそれを認めざるを得なかった。
「ちくしょう」
助手席に座っていたソフィアは言った。運転しているスコットは何も言わない。
「スミスは死ぬでしょうね」ソフィアは残念そうに言った。
「そうですね。お嬢さん。あれだけ血が出ていれば、助かる道はない、と思います」
「これからどうしましょう?」河野はたまらず言った。
「どうするって、先生。スミスのやりたかったことをするだけよ」
ソフィアは言った。
「やりたかったこと?」
「ええ、この事件の真相を解き明かして、彼の墓の前でそれを告げるだけよ」
「なるほど」
河野は正直感心した。ソフィアはここまで打ちひしがれた状態になっても、前を向くことを考えている。やはり、ウィリアム・キャンベルの娘だ。只者ではない。
これまでも、そう思わせることは何度かあったが、やはり、と河野は思った。
「じゃあ、どうやって真相を解き明かすのです?」
「そこを考えるのはあなたの役目じゃない。先生」
「私だけに限らず、みなさんで考えましょう」
「そうね」
「とりあえず。まずはジャクソン・ウィリアムズさんの取り調べからですね」
「そうね」
「この人に聞けば、何かわかるかもしれない」
「ちくしょう」ジャクソン・ウィリアムズは悪態をついた。
「それで?ジャクソン・ウィリアムズ。マーティン一家のボスを殺したのはお前なんだろ?」
「知らねえな」
「だんまりを決め込むつもりか?」
後ろを振り向いたソフィアは、急に恐ろしい顔つきになって言った。
「知らねえったら、知らねえよ」
「わかった。そこまで言うんなら、足だけでなく、お前の片腕もこれで打ち抜いてやろうか?」
ソフィアはあの、小型の護身用の銃を取り出して、ジャクソン・ウィリアムズに言った。その弾は今しがた装填したばかりで、必要以上にたくさん入っているように思えた。
「ちくしょう。あんたにそんな勇気があるのか?」
「勇気があるのかないのかは撃ってからのお楽しみってことになるわね」
ソフィアは拳銃をジャクソン・ウィリアムズの肩のところにあてて、射撃する構えを見せた。
「ひー、わかったよ。この女はいかれてやがる。何でも喋ればいいんだろ?」
「そうよ。あんたは私たちの言うことだけを聞いてればいいの」
「わかった。わかったから、撃たねえでくれ」
「そうね。それはあなたの返答次第よ」
「頼むからその銃もひっこめてくれないか?」
「それは、あなたがすべての質問に答えたときにそうするわ」
「わかった。なんでもこたえるから。撃たねえでくれ」
「じゃあ、聞くわ。あなたは、マーティン一家のボスをころしたの?」
「……」
「殺したのね?」
「そうだ。俺が殺ったさ」
「なるほど。ではもう一つ聞くわ。あなたはマーティン一家のボスだけでなく、キャンベル一家のボスも殺したわよね?」
「キャンベル一家のボス?」
「ええ」
「知らねえな。そんなこと、俺はマーティン一家のボスは殺したが、キャンベル一家のボスまで殺すことはしねえよ」
「嘘をつけ。父さんを殺したのはあんただろ?この場でお前をこの銃で殺したっていいんだぞ?」ソフィアはものすごい形相になって言った。
「ひー、やってない。本当にやってないんだ。キャンベル一家のボスはおれは断じてやってない」
「嘘をつけ」
「待ってください。ソフィアさん」河野は言った。
「何よ」ソフィアは不満そうに言った。河野の制止を不快に思ったらしい。
「この人は本当のことを言っていると思います」
「何を根拠にそんなことが言えるのよ」
「だってそうでしょ。あなたが銃をかざしておびえているこの人にうそをつく余裕なんてないはずです。あなたももうわかっているはずだ」
「ちくしょう」ソフィアは言った。
「じゃあ、どういうことなの?マーティン一家のボスを殺したのはこいつなのに、キャンベル一家のボスを殺したのは別の人間だっていうの?おかしいじゃない?同一人物によって二人のボスが殺されたのならわかるけれど、二人のボスが別々の人間に殺されたっていうわけ?それじゃあ、どう考えてもおかしいんじゃない?」ソフィアは言った。彼女は気が動転しているようで、河野もそれを抑えるのに必死になった。
「ソフィアさん。僕はいつか言ったじゃないですか。この事件は何かもっと大きな陰謀のもとに動いているような気がすると」河野は言った。
「それがどうしたのよ?」
「確かに、この、ジャクソン、ウィリアムズはマーティン一家のボスを殺した。しかし、キャンベル一家のボスを殺したのは自分ではない、と言っている」
「お願いだ。信じてくれ。俺は本当にキャンベル一家のボスまではやってねえ。マーティン一家のボスを殺すだけでも大ごとなのに、両方のマフィアのボスを殺すなんて大それたこと、俺になんかできるわけねえ」ジャクソン・ウィリアムズは懇願するように言った。
「そうでしょうよ」
「それに、俺には動機がない。キャンベル一家のボスを殺すという……。俺は確かにマーティン一家のボスを殺す動機はあったが、キャンベル一家のボスを殺す動機は何もない。なぜならば、俺はキャンベル一家のボスと会ったのは一度だってないからだ」
「でも、殺し屋としてキャンベル一家のボスに近づいたっていう可能性はあるわよね?」
「そんなことするわけねえ。お願いだ、信じてくれ。殺し屋として派遣されるならば、俺じゃなくて、もっと有能な奴に依頼するだろうよ」
「そうですよ。ソフィアさん。残念ですけど、こいつの言うとおりですよ」
「そうかもしれないわね。じゃあ、父さんは、キャンベル一家のボスは誰が殺ったっていうの?」
「それを今から調べるんですよ。この大きな陰謀を暴くために……」
「なるほど。わかったわ、あなたの考えは大体。マーティン一家のボスを殺したのはこいつで、誰かがこいつに命令させたのかもしれない、と言いたいのね?」
「そうかもしれません。この男の話を聞いてから、そのことは考えましょう」
「そうね」
「それでマーティン一家のボスを殺した動機は何なんです?」河野はジャクソン・ウィリアムズに言った。
「動機?簡単なことさ。恨みがあったからだよ」
「恨み?」
「そうだ」
「どういう恨みがあったんです?」
「八百長だよ」
「八百長?」
「まさかこの男の口からそんな言葉が出てくるなんて……」ソフィアは絶句した。
「八百長からどうしてマーティン一家のボスを殺すことに至ったんですか?」
「あいつ、つまりはマーティン一家のボスは俺をだましやがったんだ」
「どういうことです?」
「やつは去年の世界一決定戦で確実にファイアーズが勝つだろうと言っていたんだ。
確かに、ファイアーズは優勢だった。戦力も優位だったし、実際、相手をもうすぐでやっつけるところまで行ってやがった。
それなのに、最後の最後でクローザーのジョージときたらへまをしやがる。いや、あれは八百長だったから、へまではないな。わざと負けやがったんだ」
「なるほど、世界一決定戦で、賭けていたファイアーズが負けたから、マーティン一家のボスを殺した、と?」
「そういうことだ」
「しかし、おかしくないですかね?」
「何がおかしいっていうんだ?」
「いくらお金をかけていた、とはいえ、賭けに負けたくらいで、自らのボスを殺すまでに至りますかね?」
「それは額によるだろ?」
「いくらおかけになったんですか?」
「全財産だよ」
「どれくらいなんですか?」
「大体10万ドルくらいだ」
10万ドルと言えば日本円で約一千万円である。たかが野球賭博に、ジャクソン・ウィリアムズがこれほどの額を賭けたのが河野をびっくりさせたのは言うまでもない。
「なるほど。それじゃあ、ボスを殺すのも無理ないかもしれませんね」
「ああ、そうさ。奴はおれに10万ドルもの金を掛けさせときながら、八百長をしてウィナーズを勝たせやがったんだ」
「なるほど。そういうことだったんですか」
「俺は忠誠を誓っていたボスに裏切られたんだ。そのことを考えると、殺すのも無理ないだろ?俺は奴が陰で大金を儲けやがったと思うと腹が立って仕方がなかった」
「あなたは全財産を失った、というのにですね?」
「そうさ。だから、俺はマーティン一家のボスを殺した。しかし、キャンベル一家のボスを殺す理由はねえ。これでわかっただろ?」
「確かにそうね。しかしながら、あなたは誰かに命令されてマーティン一家のボスを殺したわけではなさそうね?」
「ああ、そうさ。まったくもって自分の意志で、ボスを殺したのさ」
「なら、先生が唱える陰謀説はないってことよね?」
「しかし、ほぼ同時刻に別々のところで、別々の犯人によって、別々のマフィアのボスが殺された。何か裏があるような気がしてならないんですが……」
「確かにね、そこは私も怪しいと思うわ」
「特に別々の犯人によって、殺された、というところが、何か大きなヒントであるような気がするんですが……」
「なるほど、先生は、そこに違和感を覚えるわけね?」
「ええ」
「ほぼ同時刻に犯罪が行われた場合、普通は別々の犯人じゃなくって同一の犯人が、殺したりするものね」
「そうです」
「なるほど」
「何か裏があるはずです。絶対に何か……」
「とにもかくにも、事件は振り出しに戻ったってわけだ。マーティン一家のボスを殺した犯人はわかったが、キャンベル一家のボスを殺した犯人はわからない。
そのうえ、先生は事件の裏に何か大きな陰謀がある、とおっしゃられる。俺はそんなこと、空想にすぎないと思うがね?」スコットは言った。
「振出しに戻ったわけではありませんよ。スコットさん。私たちにはマーティン一家のボスを殺した犯人がはっきりとわかっている。その上、彼は自白した」
「それじゃあ、やっぱり、このジャクソン・ウィリアムズが犯人なんじゃないのか?」
「それはそうでしょう。しかし、裏で何かが動いているような気がしてならないんです」
「まあ、いいさ。次はキャンベル一家のボス、つまりはウィリアム、キャンベルを殺した男を見つけ出すだけだよ」
「そうですね。その男を捕まえれば、きっと答えは見えてくるはずです」
「確かに、そうね。父さんを殺した犯人を捕まえることが、まずは先決だわ」
「しかし、目星はついてるのかよ?先生」
「いいえ。まったく」河野は両手を挙げて言った。
「それじゃあ、その捜査は難航しそうだな」
「確かにそうかもしれませんね。それにしても、スコットさん。そろそろ、あの、小柄なジョン・ウィルソンから電話が掛かって来ませんかね?」
「どうしてだ?」
「あの人に会って、もう一度最初から、キャンベル一家のボスが殺された事実について考えなおしたいんですよ」
「しかし、警察に事情を聴かれているから、まだ会えないはずだぜ?」
「いや、もう、とっくに解放されているでしょう。あれからずいぶんとたってますからね」
「なるほど」
そう言い終わるか言い終わらないかという時に、スコットの電話が鳴り響く。
「噂をすれば、だ。ジョン・ウィルソンからだよ」
スコットは電話を取った。話をしばらくして、それから電話を切った。
「警察から解放されたから、会いたいらしい」
「なるほど。スミスさんの容体はどうだって言ってました?」
「どうやらかなりやばいって言ってたが、詳しいことはわからないらしい」
「そうですか」
「しかし、水を注すようで悪いが、罠かもしれねえ。あの、CIAのジョン・ベイカーが口を大きく開けて待っているのかもしれねえぞ?」
「そうですね。しかし、その可能性は低いでしょう」
「どうしてだ?」
「今更、ジョン・ウィルソンが私たちを裏切る可能性は低いからです」
「なるほど、裏切るならずっと前に裏切っている、っていうことか……」
「そうです。そういうことです」
「じゃあ、決まりだな。ジョン・ウィルソンに会ってキャンベル一家のボスを殺した犯人を見つけ出す。それだけだな?」
「ええ、しかし、忘れてはならないのは、その裏に大きな陰謀がある可能性があることです」
「まったく。先生は本当にしつこいね」
「ええ、怪しいと思ったところは徹底的に調べるたちなんですよ、私は」




