ナタリー・ロドリゲスという人物
16
ソフィアの指示通りにスコットは車を走らせると、いつの間にかニューヨークでも高級な住宅街の中に入っていた。アッパーイーストサイドの中にあるこの高級住宅街はアメリカ中でもピカイチの住宅街だった。
「ナタリー・ロドリゲスは父さんの知り合いでもあったし、よき友でもあったの。だから、私は何回か彼女の家を訪れたことがあるのよ」
「そうだったんですか、芸能人と知り合いだなんてすごいなあ」
河野ははしゃいで言った。ナタリー・ロドリゲスと言えば日本出身の河野も知っているくらい有名な女優で、アメリカでも有名な連続ドラマの主役にも抜擢されたくらいの女だった。
だから、河野は純粋に彼女に会えるということだけで、気持ちが上向いた。というのも、長い逃亡生活のせいで、気持ちはなえ、やる気も失せていたことには違いなかったのだ。
まさか、この逃亡生活の中で、ナタリー・ロドリゲスに会えるなんて、思ってもいなかったのだった。
「ここよ」
ソフィアはある一軒の住宅を指差して言った。その家はビバリーヒルズに建てられた豪邸とまではいかないけれど、大きさとしては十分すぎるほどの大きさだった。
もちろん、周りの街並みもすべて、そういう豪邸が建ち並んでいたのであった。
ナタリー・ロドリゲスの家は正直、大きかった。門は訪れる何者をも寄せ付けないような威圧感を漂わせていたし、庭は広大で、ちょっとしたスポーツならば簡単にできるだろう。
とにかく、門から、家までの距離が長かった。その間の土地はみんなナタリー・ロドリゲスの私有地である、というのだから驚きだ。それに、ソフィアの話によると、ナタリー・ロドリゲスは全米にこういった家を何軒も持っているらしい。
そういう理由もあって、彼女が今、ニューヨークにいるかどうかもわからない状態だったが、大体はニューヨークを拠点として活動しているという話だから、おそらく、この家に住んでいるのであろう。
ソフィアによると、ナタリー・ロドリゲスは、今は独身で、昔は旦那がいたけれど、その派手な暮らしぶりについていけなくなったのか、離婚しているという話だ。
子供はおらず、今回の大儲けのせいで、よけいに羽振りが良くなった、という話らしい。
「さあ、車を降りて、ナタリー・ロドリゲスの事情聴取だ」
警察ぶった態度で、スミスは車を降りた。それに続いて、ほかのみんなも車を降りる。
近づいてみるとやはり大きな家だ。というか、門だけでも大きい。その上、威圧感は一層に増した。
門の向こうには庭が広がっていることは先ほど書いたが、庭はコンクリートが敷き詰められた人工的な作りではなく、できる限り自然を取り入れた、きれいな雰囲気をしていた。
近くの植え込みからは虫の鳴き声が聞こえていたが、それがどんな種類の虫の鳴き声なのかはわからなかった。
門から玄関までは一直線に石畳が敷き詰められており、それ以外のところは芝生でできていた、その門と玄関の距離はびっくりするくらいあって、河野にはとても建てられるような家ではなかったことだけは事実だった。
「では、さっそく」
スミスはそう言うと呼び鈴を鳴らした。彼もどことなくだが、大きな豪邸を前にして心が上向いているらしい。
「いるかどうかわからないわよ。この間もカリフォルニアに行っていたって聞いたことあるし」
ソフィアは自信なさそうに言った。
「まあ、いるかどうかは彼女が出てきてからのお楽しみっていうことになるわけですね?」
「そういうことになるわね」
スミスは何度も呼び鈴を鳴らした。しかし、返事はなかった。
「留守かな?」
「言ったでしょう?いるかどうかわからないって」
「そんな……」
ナタリー・ロドリゲスがいなければ、河野が必死で考えて思いついた作戦が台無しになってしまうではないか。河野はナタリー・ロドリゲスがいないと思い始めると、彼女に会えるという夢見心地から現実に連れ戻されたような気がした。
すなわち、警察からもマーティン一家からも追われている、というあの現実に。
しかし、河野の不安を突き破るかのように、ナタリー・ロドリゲスは彼女の大きな門に据え付けられた、スピーカーから返事を返した。
「いったい誰なの?四人でぞろぞろと」
「私よ、ナタリー」
ソフィアは手を挙げてナタリー・ロドリゲスにアピールした。どうやら、門の前にはカメラが設置されてあるらしく、呼び鈴を鳴らした人間の映像がわかるようになっているらしい。
どうやら、この仕掛けも豪邸ならでは、ということになるだろう。
「誰?」
「私よ、ソフィアよ。ウィリアム・キャンベルの娘の」
ソフィアは必死でアピールした。
「ああ、ソフィア。あなただったのね」
ナタリーは必死でアピールするソフィアに気付いてくれたらしい。
「ナタリー、久しぶりね」
「それでどうしたの?ソフィア」
「今日はちょっとあなたに聞きたいことがあってここに来たの」
「わかったわ。ちょっと待ってて、今、門を開けるから」
門はナタリー自身が開けに来るのかと思いきや、自動で開く仕組みになっていた。その仕組みに河野はとても感心し、これだけでもだいぶんお金がかかっているということに気付いた。
ゆっくりと門があいていく。その様子はとても荘厳で、とてもエレガントだった。
「じゃあ、入るわよ」
「どうぞ」
4人はゆっくりと庭に足を踏み入れ、石畳の上を歩いた。しばらく歩くと玄関に到着した。
ソフィアは扉に手を掛け、大きな扉を開いた。するとそこには広々とした玄関が広がっていた。玄関には大理石が敷き詰められており、広々としていて、いったい靴が何足おけるのか想像もできないくらいだった。この広い邸宅に、ナタリー・ロドリゲスは一人で住んでいるのだ。寂しいことを除けば、それほど気持ちいいことはないかもしれない。
「広いですね」
「ありがとう」奥からナタリー・ロドリゲスが現れた。
「ナタリー、久しぶりね」
ソフィアは対面すると親愛なるものにするキスをした。
「こちらは私の友人です」
「そう、よくいらっしゃったわね。とにかくゆっくりして行ってよ」
「ありがとうございます」河野はナタリー・ロドリゲスに会うことによって、興奮がこみ上げてくることを実感した。
「それで、私に何か用があるって言ったけれど、何の用なの?」
ナタリー・ロドリゲスは言った。
「それなんだけれど、もし失礼じゃなかったら聞きたいんだけれど」
「いったい何よ。言って御覧なさいよ」
「あの、ナタリー、よく聞いてちょうだいね。あなた去年の世界一決定戦の野球賭博に参加していたじゃない」
「それがどうかしたの?あれにはとても儲けさせてもらったわ」
「そのことなんだけれど」
「そのことがどうかしたの?」
「とても言いにくいんだけれど、あなたがとても儲けたから、八百長を仕掛けたっていう人がいるのよ」
それを聞くとナタリー・ロドリゲスは見る見るうちに顔を曇らせた。
「何ですって、私が八百長?」ナタリー・ロドリゲスは絶句した。
「そう考える人もいるのよ」
「そんな、私はちゃんと公平にお金をかけたわよ。そんな人間がいるなんて許せないわ」
それを聞いていた河野はびくびくした、ナタリー・ロドリゲスが八百長をしているのではないか、という考えを持ち出したのはほかならぬ河野だったからだ。
「ほら、あなたってお金持ちじゃない?だから、あなたが八百長をするために選手を雇うくらいのお金はあるわけじゃない」
「そうね、確かに私はお金を持ってるわ、でもそのお金はそんなに卑怯なことをするために作ったお金じゃないのよ」
「そうよね」
「そうよ、本当に私が八百長をしたなんて言う輩いるならここにつまみ出してほしいものだわ。そうすればぶん殴ってやるから」
ソフィアは一瞬、河野の方を見た。河野をナタリー・ロドリゲスの前に突き出すのではないかと、河野は少なからず恐れていた。しかし、ソフィアはそうはしなかった。
「そういう輩たちを黙らせるためにあなたが八百長をしてないっていう証拠みたいなもの、あなたあるの?」
「証拠ね」ナタリー・ロドリゲスはため息をついて言った。
「あるの?」
「ないわ。でもこれだけは言える、私は誓って八百長を仕掛けたりはしないわ」
河野はそのことが信じられなかった。彼女は何か八百長に関与しているのではないか?河野はそういう疑いの目を彼女に向けていた。
「そうね。悪かったわ、少しでもあなたを疑って」
「少しでもって、あなた私を疑ってたの?」
「いいえ、そうじゃないの。そういう輩もいるってことを言いに来たかったの」
「それはとても悲しいことね。私だって気を付けるわ」
「そうね、気を付けたほうがいい」
「じゃあ、みなさん、要件は済んだようだから、上がってゆっくりして行ってよ」
「いえ、私たちは急いでるのよ。これ以上ここで時間を使うわけにはいかないの」
「そう、残念だわ」
「最後に聞くけど、ジャクソン・ウィリアムズっていう男のこと、知ってる?」
「いいえ、知らないわ」
「そう、ありがとう」




