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張本人の証言


10


 4人を乗せた車は当てもなく、真夜中のニューヨークを走り続け、やがて、真っ暗だった空は次第に明るくなり始めていた。

 さすがにニューヨークと言えども、明け方近くになれば、車の通りも人の通りも減る。

「ジョージに会いに行こう」

 その明け方の白み始めた空を見ながら、河野は思いついたのだった。

「ジョージ?誰だそりゃあ?」

 スミスは聞いたことのないその名前を不可思議そうに言った。

「ジョージ?そんな知り合い、先生にいたんですか?」

「しかしよう、先生の知り合いだ、ということはお堅い学者さんなわけだろ?そんな人に会いに行ったところで、何か得があるのかな?」スミスは率直に疑問を呈した。

「違うんです。ジョージっていうのは私の知り合いでもありません」

 河野は言った。

「先生の知り合いでもないとしたら誰なんだよ?そのジョージっていう人は」

「今の状況を打破できるぐらいの人物なのか?ジョージっていうやつは」スコットは言った。

「今の状況を打破できるかどうかはわかりませんけれど、ジョージっていうのはおそらく野球選手です」

「野球選手?しかもおそらくってどういう意味だよ」

「いやー、私、こう見えて野球には詳しくないものでして、ですから、おそらく野球選手だ、と言ったまでです」河野は照れながら言った。

「なるほど、しかし、それでその野球選手は今のおれたちの状況を解決できるくらいの力があるっていうのか?」

「まあ、解決できるかどうかはわからないけれど、会ってみる価値はあります」

「だから、どうして野球選手に会う必要があるんだ?全然見えてこねえよ」スミスは少しいらだって言った。

「簡単なことですよ、今回、行われた八百長を行った張本人がジョージなんですから」

「なるほど、去年の世界一決定戦で最後に投げた投手か」

 スコットは言った。

「そうです」

「確か、何度も真ん中に球を放って、痛打されて、最後には9番打者に満塁ホームランを打たれて、逆転されたあのジョージだよな」

「そうです」

「でも、今となっちゃあ八百長のことなんてどうでもいいんじゃないか?」スミスは言った。

「どうしてです?」

「ボスが殺された。しかも、マーティン一家とキャンベル一家のお互いのボスが、だ」

「そのうえ、私たちは追われる立場になった。今更、八百長のことなんて追いかける意味なんかないんじゃないの?」ソフィアは言った。

「そうですよ、先生、いくら百万ドルがほしいからって、今はそれどころじゃないじゃないですか」

「いいえ、そんなことを言っているわけじゃあありません。追いかける意味があるんですよ」

「どうしてよ」

「いいですか、マーティン一家とキャンベル一家の両方のボスが殺されたことは、絶対に八百長と関係があるはずなんです」

「確かに、そこのところは否定はできねえな」

「そのうえ、私たちは追われている。確かにそうです。しかしその原因はキャンベル一家と、マーティン一家のボスが殺されたからです。

 キャンベル一家とマーティン一家の両方のボスが殺されなければ、私たちは追われることはなかった。

 それによくよく考えてくださいよ、両方のボスが殺されたのは八百長と関係があるからじゃないんですか?私はそういう風に思えてなりません。

 そういう意味でも八百長の事件について追いかけることは意味があることだと思うんです」

「なるほど。確かにそうかもしれねえな」

 少し考えて、スミスは言った。

「しかし、問題はそのジョージがどこにいるのか、と言うことだ。会えなければ何の意味もないからな」

「ちょっと待ってくれよスコット、ジョージは今、ニューヨークにいるはずだぜ?」

「本当ですか?」河野は言った。

「そうさ、確かジョージはニューヨークにいるはずさ。ジョージが所属しているファイアーズはちょうどウィナーズとの三連戦の初戦の日だからな。去年の世界一決定戦の再現ってわけだ」

「なるほど、けど、どうしてそんなことがわかるんです」

「俺はこう見えてかなりの野球好きなんだよ」

「これはスターに会いに行くしかないか」ソフィアは乗り気だった。

「そうです。これは願ってもないチャンスですよ」

「しかし、ジョージに会うためにはどこに行けばいいのかな?」

「決まってるだろ?ウィナーズの本拠地さ。選手はそこで練習やら何やらをやってるにちがいねえからな」スミスは自信たっぷりに言った。

「なるほど、じゃあ、スタジアムまで行きましょう」

 河野たちはスタジアムに向かった。さっきまで、みんな何の目的もなかったから、目的を持つことができてとても機嫌がいいようだった。

 スタジアムにはそれほど人はいなかった。試合前とは違ったから、当たり前と言えば当たり前だった。

 ほぼ無人のスタジアムは五月の陽光に照らされて温かかった。しかしながら、試合が行われるときならいるはずのマスコットも、大勢の客たちも、それらを整理する警備員も全くと言っていいほどいなかった。

 スタジアムのフロントまでやって来ると、河野は気さくに広報の人間に話しかけた。後方の人間に交渉して、クローザーのジョージに会わせてもらおう、と考えたのだった。

「すみません」一番近くにいた係員らしき女性に河野は話しかけた。

「何です?」

「あの、ファイアーズのクローザーのジョージさんに会いたいんですけど」

「ファンの方ですね?」

「そんなところです」

「でも、今は会えませんよ」

「どうしてです?」

「クローザーのジョージってアンドリュー・ジョージですよね?」

「そうです」

「今は練習中だから、会うことはできません」

「どうしてです?」

「規則ですからね。ほら、簡単に野球選手とファンの方が会えるようになったら、野球選手はろくに練習もできないくらいに忙しくなるじゃないですか。ニューヨークにはあなたのようなファンの人間がどれくらいいるか知ってるんですか?」

 河野は、その係員のきっぱりとした態度にひるんだ。

「そうですか」河野はそういうしかなかった。

「ああ、仕方ないわ。私たちは警察の者です」

ソフィアは全く事実でないことを言った。彼女がいるといつもトラブルのにおいがする。

「警察?」

「ええ」

「そうなんですか?」

「そうです」河野はソフィアの話に口を合わせるしかなかった。

「どうして、警察だということを黙ってらっしゃったんです?」

「実は極秘の捜査中でして。私たちが捜査している、とういうことも他言は避けていただきたいのです」河野はうまく話を取りつくろった。

「しかし、いったいどうして警察の方が?」

「それは極秘内容です」

「なるほど。しばらくお待ちください」

 係員はそう言うとその場を後にした。どうやら、彼女は上司を呼びに行ったらしい。

「どうして、あんなこと言ったんですか?」河野はソフィアに対して言った。

「どうしてって、あれじゃあ、らちが明かないからよ」

「もし、警察だということを証明しろって言われたらどうするんです?」

「そうなりゃ破れかぶれよ。仕方ないでしょ」

 しばらくすると、先ほどの係員の上司と思われる人物がその係員と一緒にやってきた。アフリカ系の男だった。

「アンドリュー・ジョージに会いたいらしいですね」

 その広報の男は言った。

「ええ」

「失礼ですが皆さん、警察の方とおっしゃいましたが、それを証明できる何かバッジのようなものはありますか?こちらとしても、そういう証明がないとあわせるわけにはいかないんですよ」

「……」

 その場に沈黙が走った。やはりその言葉が発せられたのか。ソフィアの破れかぶれの作戦はどうやら失敗に終わるような状況だった。それどころか、うそをついたことで難しい状況に置かれるかもしれなかった。最悪、通報されることもありうるだろう。河野は最悪の事態を想像していた。

「いいでしょう」

 この追い詰められた状況でスコットは言った。スコットは胸ポケットからバッジを取り出し、広報の男に提示した。何とスコットは警察バッジを持っていたのだった。それはほかの全員に少なからずの衝撃を与えた。スコットは警察なのか?

「わかりました」

 しげしげとバッジを確認した後、広報の男は言った。この警察バッジという最強のアイテムが何よりも効果を発揮したことは言うまでもなかった。しかし、みんなの間で動揺が走ったこともまた、事実だった。

「君、案内してやってくれ」広報の男は係員の女性に向かって言った。

「はい」係員の女は言った。

「では、ついてきてください」河野たちは係員の女の言うことに従った。

 無人のスタジアムは朝の陽光に照らされてきれいだった。スタジアムのグラウンドではちょうどファイアーズの選手たちが朝の練習をしているところだった。十数人が何列かに並んでストレッチをしてる、あの、テレビのスポーツニュースでおなじみの光景だった。

「ここで待っていてください。アンドリュー・ジョージを呼んできますから」

 係員の女はそう言うと、河野たちをそこに残して練習をしている選手たちの方へ走って行った。

 スタジアムに輝くような陽光が照り付けており、それはもう、平和と言う以外の何物でもなかった。ここで、毎日のように、野球が行われ、そして終わりを迎える。鳥たちが朝の会話を楽しみ、柔らかな風が吹き付ける。

 河野はそう言った日常のことを思い出してみたけれど、この恐ろしいまでの今の状況を考えると、どうしても、それらは羨望に変わった。

 遠くの方では係員の女がクローザーのジョージと思しき男と話をしていた。

「スコット、あなた、警察のバッジなんかなんで持ってるのよ」

 ソフィアは疑りの目をスコットに向けた。

「それは私だって気になってました」河野は言った。スミスはなぜかにやにやしている。

「ああ、あれですか?」スコットは余裕の表情で言った。

「なんでそんなに余裕なの?」

「あれは偽のバッジです」

「偽のバッジ?」

「ええ。偽造された警察のバッジですよ」

「なるほど」

「もしもの時に持ってるんです。それが今日、役に立って本当によかった」スコットは言った。

「俺も、始めて見たときは騙されたんだぜ」スミスはやはりにやにやしながら言った。

「みんな、静かに。アンドリュー・ジョージがやって来る」

 見ると係員の女とともにアンドリュー・ジョージと思しき男がこちらに向かってやって来る。

「できるだけ手短にお願いしますよ。ジョージも忙しいんですから」

 係員の女はそう言うとその場からいなくなった。極秘任務だということで、きっと気を使ってくれたのだろう。

「それで、私に何か用ですか?」

 アンドリュー・ジョージは気さくに言った。野球選手なら当然なのかもしれないが、この男はとても背が高くそのうえ、横幅も大きかった。

 もし仮に、河野たち全員が取っ組み合ったとしても負けていただろう。その大きな巨体が品のいい赤のユニフォームに身を包んでいた。

 白人の男で、ひげがはやされており、それでもいやらしくないような顔立ちをしていた。

「私たちは警察の者なんですが」

「それは知ってます。さっき広報の方に聞きましたよ」

「実は私たち、去年の世界一決定戦について調べてるんです」

「あの時のことですか」

「ええ」

「あの時の何が聞きたいんです?」

「あなたが八百長に関与していたことは十分知ってます」

「八百長?」

 それを聞いたアンドリュー・ジョージの顔は見る見るうちに変わって行った。

「ええ」

「私はそんなことやってません」ジョージは言った。

「嘘を言ってはいけませんよ」スミスは言った。

「練習に戻らせてもらう」

 ジョージはそう言うと、制止するスミスを振り切って練習へ戻って行った。想像していた通りの怪力で、スミスは制止するどころか、吹き飛ばされそうになっていた。

「どうする?」スミスは言った。

「もう一度、広報の人間にお願いして戻ってきてもらうか?」

「いいや、これ以上の深追いは禁物だ。もし俺たちが偽の警官だとばれたら、それどころじゃなくなってしまう」スコットは言った。

「そうですね。どうやら、収穫はなかったようだ」

「仕方ないね。いい気分転換になったわ。先生」ソフィアは言った。

 河野たちは、それ以上、ジョージに話を聞くことはできなかった。また、同じように、車でニューヨークをさまようのかと思うと、うんざりした。

 どうやら、追われる立場は変わらないらしい。


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