中学生の頃みんなからバイキンと呼ばれいじめられていたぼくの親友の話(実話)
ぼくが貴ちゃんと出会ったのは小学校3年生の時です。
貴ちゃんは転校生で3年生の時にぼくたちの学校に来たのです。貴ちゃん、名前は田代貴志というのですが、貴ちゃんは赤ら顔の男の子で、その赤ら顔というのもたぶんアトピー性皮膚炎だったのだと思うのですが、肌がカサカサで、いつも顔や腕や足が赤く、かきむしった跡のような肌をしていました。
そういうので気持ち悪いという友達もいましたが、ぼくにとってそんなことは友達となるのにはまったく関係なく、貴ちゃんは野球がとても上手かったので、ぼくは貴ちゃんから野球を教わりました。バットの振り方とか、ボールの投げ方とか、貴ちゃんはぼくに教えてくれて、しかも彼は気さくな性格だったので、ぼくも遠慮なく仲良くなることができました。
あるときこんなことがありました。
ぼくの家の近くには大きな川があって、ぼくたち小学生が5人で遊んでいた時のことです。その時のガキ大将というか、クラスのボスのような同級生が、川の向こう岸まで石を投げようと提案しました。もし向こう岸まで投げられたらその子はその当時はやっていたビックリマンのカードを全員から全部もらうことが出来る。けれどもし届かなかったら、その子の今持っているカードは向こう岸まで届かせた奴がせしめる。そんなおそろしい提案をしてきたのです。
ビックリマンのカードというのは当時のぼくたちにとって命の次に大切なもので、お小遣いのほとんどをつぎ込んでようやく100枚以上も集めたものでした。
ガキ大将はきっと向こう岸まで石を投げて届かせる自信があったのでしょう。
しかしぼくは川の幅を見るにつけ、絶対にこれは無理だと半分泣きべそをかいていたのです。もうぼくたちのビックリマンは没収が決定したようなものでした。
最初にガキ大将が石を投げました。
石は簡単に川を越えて、向こう岸に消えていきました。次にメガネのひ弱い明くんという子が投げました。
石は川の真ん中あたりにポチャッと落ちました。その子を見るともう泣きじゃくっていました。そしてカバンからビックリマンを取り出してガキ大将に渡しました。次はぼくの番でした。
ぼくは投げたらカードは取られてしまうことがわかっていたので、なんとか取られない方法はないかとためらっていました。
ガキ大将が「はやく投げろよ」と言ってきました。
抵抗すれば殴られるかもしれない、ぼくはその恐怖でしぶしぶ石を拾いました。
その時ぼくの目の前にすっと誰かの手が現れました。手の先を見ると貴ちゃんの手でした。貴ちゃんがぼくにやめろと手を出してぼくを制したのです。
貴ちゃんは向こう岸に一本だけ生えている松の木を指さしてガキ大将にいいました。
「幸彦の代わりにおれが投げる。もしおれの投げた石があの松の木に当たらなかったら、ここにいる全員のカードをお前にやる。でももし石が松の木に当たったら、カードは返してもらうし、お前のカードも全部もらう。そうしないか?」
貴ちゃんだったら向こう岸まで届く、それはガキ大将もわかってる。
つまり貴ちゃんに投げさせたら、貴ちゃんが持っているカードは手に入らない。ところがいくら貴ちゃんでも向こう岸のあの小さい松の木に当てるのは誰が見ても不可能なことのように思われました。ガキ大将もそう思ったのでしょう、彼はちょっと考えてニヤッと笑い「いいよ」とその提案を受けました。
貴ちゃんはゆっくりした動作で石を拾っては捨て、飛びやすそうな石を選んでいました。少しして投げる石が決まったのか、貴ちゃんが「やるよ」といいました。
ガキ大将は「男に二言はないだろうな」などとテレビのようなことをいいました。
貴ちゃんは大きく振りかぶり、しなやかなフォームでビュンッと石を投げました。
石は大きな放物線を描いて松の木めがけてグイグイ飛んでいき、コツーンと松の木の幹の真ん中に命中したのです。
ぼくは唖然としました。まさかあんな遠くの小さい松に当たってしまうなんて。
ガキ大将も唖然としていました。
貴ちゃんはにやりと笑って
「約束は約束だからな」
と言ってガキ大将からカードを奪いました。
結局その日ぼくたちはガキ大将から奪ったカードをみんなで分けて、ホクホクな気持ちで家に帰りました。ぼくはその時本当に貴ちゃんの友達でよかったと思ったし、それ以上にああやってみんなを守ったかっこいい貴ちゃんのようになりたいと思いました。
ぼくと貴ちゃんは同じ中学校に進みました。貴ちゃんは野球があんなにうまいのに特に部活には入らず、一方ぼくは美術部に入部して、のらりくらりと風景や人物を描いていました。
ぼくは友達も多くできて順調な中学生活を送れそうな感じだったのですが、ここにきて変化が現れました。
貴ちゃんの肌の状態が悪化したのです。
貴ちゃんはアトピー性皮膚炎で肌が赤くがさがさとしていたのですが、進学と同時に状態がさらに悪化して、肌が赤くただれるような感じになってしまったのです。
ぼくは貴ちゃんに病院に行っているのかと聞くと「行っているんだけど治らないんだ」という答えでした。この時の貴ちゃんは本当に暗い表情をしていました。
そしてぼくと貴ちゃんは同じクラスだったのですが、誰が言い出したのかいつのまにか貴ちゃんにはバイキン虫というあだ名が付けられていました。
もちろんぼくはそんな風には呼ばなかったけれど、みんなは貴ちゃんをバイキン虫と呼んで、貴ちゃんが近づいてくると逃げるというゲームのような感じの無視を始めました。
ぼくは貴ちゃんと一緒に帰るのですが、そのころは本当にひどく落ち込んでいて、グラウンドを歩いていると「あ、バイキンだ」とかいう声が聞こえてきて、貴ちゃんは顔を伏せて歩いたのです。
ぼくは貴ちゃんの肌のことには触れず、ただこうして一緒に帰ることしかできませんでした。
夏休みが終わって、ぼくたちの学年も新学期に入りました。
ぼくにはそのころ好きな子がいました。
玲奈ちゃんという鼻の高い綺麗な子で、男の子だったら誰もが一度は恋してしまうような明るい性格も兼ね備えている子でした。でもぼくは内気だったから話しかけることも出来ず、ましてや告白なんて別世界の話で、いつも遠くからちらちらと見て、いいな~と思っていました。
美術の時間でした。その日は正面に座っている人の肖像(顔)を描くという授業で、ぼくの前に座っていたのがその玲奈ちゃんだったのです。
ぼくはただ玲奈ちゃんの前に座るだけで心拍数が跳ね上がって死んでしまいそうでした。ドキドキして鉛筆もしっかり握れないほどだったのですが、先生も見ているし、ぼくのこのドキドキがほかの人にばれることが何よりも恐ろしかったぼくは、黙って玲奈ちゃんの肖像を描きました。
玲奈ちゃんの高い鼻、白い肌、ポニーテールにしばった綺麗な黒髪、細い首、ぼくはとにかく描かないとということで、できるだけ現実の玲奈ちゃんに近づくように頑張りました。一方で玲奈ちゃんは玲奈ちゃんでぼくの肖像を描いていました。
2週にわたった授業が終わって、いよいよ作品の発表という段になりました。下手な絵、上手い絵、ふざけて描いた絵、いろいろな作品が教室の前の方に順番に貼りだされていきました。
玲奈ちゃんの描いたぼくの絵は、すごく下手で、小学生が描いたような出来でした。
やがてぼくの絵も貼りだされました。
ぼくの絵が前に出るとみんな「うわー」と歓声を上げました。
先生も「これはなかなか・・」と舌を巻いたような表情で絵を見ました。
ぼくは自分が絵がうまいとか思ったことはなかったし、ぼくの描いた玲奈ちゃんの絵は現実の玲奈ちゃんには程遠いものでした。
しかしその絵には絵でしか伝えられない何かがあったようで、先生は
「この絵は金賞だ」
といってぼくの描いた絵について熱弁の解釈をふるいました。
授業の後みんなから
「おまえ、すごいやつだったんだな」といわれてとてもうれしかったのを覚えています。
しかしもっとうれしいことはそのあと起こりました。
なんとあの玲奈ちゃんがぼくのところに来て
「絵、すごい上手かったよ。めちゃめちゃ嬉しかった。あの絵、展示が終わったらもらってもいい?」と聞いて来たのです。ぼくはもうそれはお姫様から褒められた家来のような気持ちで、もらっていいどころか何枚でも描きますみたいな気分で、でもそこは押し殺して「あ、いいよ」といいました。
玲奈ちゃんは大喜びで
「幸彦君はもしかしたら将来有名になるかもしれないから、大事に取っとく」と言いました。
思えば学校時代で最高の日でした。
玲奈ちゃんとはそれから顔を合わせればちょっとお話しをするくらいの関係になりました。もちろんまだまだ付き合うとか到底そんなレベルではないけれども、前より接近できたのがうれしかったです。
その日もぼくは貴ちゃんと一緒に下校しました。
貴ちゃんは相変わらず元気がなくて、入学以来だったのでもうかれこれ半年もこういう状態でした。でもその日は珍しく貴ちゃんがこんなことを聞いてきました。
「幸彦、好きな子いるの?」と。
ぼくはいないよと嘘をつきました。
「貴ちゃんは?」
「おれ小林玲奈が好きだな」といいました。
貴ちゃんは相変わらず男らしくはっきりいいました。ぼくは完全に同じ人を好きになってしまったことがわかったので「そうなんだ」とかわしました。
「かわいいよな、あいつ」と貴ちゃんは目を細めました。
「ま、おれなんかには高根の花だけど」
ぼくはその日そうか貴ちゃんも玲奈ちゃんを好きなんだなと思いました。ほかに好きになっている男子はいるはずで、倍率が高いと思いました。
その日は珍しく玲奈ちゃんから話しかけられました。
美術室にいるところで、玲奈ちゃんは他の生徒に用があったようで、その日美術室に来ていたのです。
「幸彦君、田代貴志と毎日一緒に帰ってるってホント?」と聞かれました。
ぼくは何の話だろうかと思いました。
ぼくは「そうだけど」と答えました。
すると玲奈ちゃんは眉をひそめて、
「あの人きもくない?」といいました。
きもいってたかちゃんが?ぼくは「全然きもくない」と答えました。
「あんまり一緒にいると病気、うつるよ」
病気、あの皮膚炎が。そんなことはありません。
ぼくは小学校からずっといっしょにいたのです。
「そんなことないよ」
「そう。じゃあいいけど」
なんなのだろうかと思いました。
「なんなの?」
「病気うつるんだってみんなが言ってたから。幸彦君にうつっちゃやだなって思ったから。ごめん、それだけ」
ショックでした。
ぼくはあの皮膚炎がうつるとかそんなことは知らないけれど、そういう目で貴ちゃんを見ていた玲奈ちゃんがショックでした。そしてその玲奈ちゃんのことを好きだっていっていた貴ちゃんが、かわいそうでした。
しかしそういわれて気が付いたけれど、ぼくは教室ではわりと一人でした。
たまに貴ちゃんに話しかけたり、玲奈ちゃんから話しかけられたりはするけれど、ほかの友達はそういえばあまり積極的にぼくに話しかけてくれることはありませんでした。そういう自分の立場はなんでなんだろうと考えたとき、ぼくはもしかして貴ちゃんと一緒にいることが原因なのではないだろうかと考えるようになりました。
ぼくから離れていく友達、忠告してきた玲奈ちゃん、ぼくの心の奥の方で何かが動き始めた気がしました。
それからぼくは貴ちゃんが待っていてもちょっと用事があるからといって一緒に帰るのをさりげなく拒むようになりました。部活のない日でも「今日、歯医者があるから急いで帰るから」といって走って帰ったりしました。
そんなことを一ヵ月も続けているうちに貴ちゃんは、ぼくに一緒に帰ろうと声をかけないようになりました。
それはとてもさみしいことで、この時のぼくはひどい罪悪感にさいなまれていました。そんなふうにだんだんと自分から距離を置きだしたぼくを貴ちゃんはどんな風に思っていたのでしょうか?
秋も終わりごろになると貴ちゃんは学校を度々休むようになりました。
風邪とか体調が悪いとかという理由だったけれど、ぼくはそんなものが理由でないことは分かっていました。一方でぼくは友達の輪に入って行って、新しい友達のグループで話すようになりました。そこには玲奈ちゃんも時々いました。
その日、ぼくたちグループでは貴ちゃんの話題になりました。
バイキン虫は触ればうつるとか、気をつけろとかそういう話です。その場にいた玲奈ちゃんもその話を聞いていました。
ぼくは話がその話題になると下を向きました。誰かが
「幸彦も意外ともううつってんじゃねーの?」
といいました。
ぼくは下唇をかみました。ぼくは
「そんなことないよ。触ったことないもん」といいました。
どの口がそんなことを言ったのでしょうか、ぼくはポロポロと涙を流しました。
「幸彦泣いてんの?」
「だれだよ幸彦いじめた奴は」
ぼくは
「ぼくは触ってないよ。貴ちゃんになんか触ってないよ」
といいました。
ぼくは自分のことが嫌で嫌で、しゃくりあげました。みんなが慌てて
「ごめん」
「ごめんな幸彦」
とぼくに声をかけました。
ぼくは走って教室を出ました。
すると教室を出てすぐのところに家にいるはずの貴ちゃんがいました。
ぼくは衝撃を受けました。貴ちゃんは燃えるような表情でその大きな瞳にいっぱいの涙を溜めていました。ぼくはそれでぼくたちの話を貴ちゃんが聞いていたことを知りました。
「貴ちゃん・・」
ぼくが言いました。みんながビクッとしました。
貴ちゃんはゆっくりと教室に入って行って騒然とした顔のみんなにいいました。
「お前ら言いたいことがあるんなら、直接言ったらどうだ。おれの前でおれのことをバイキンって言ってみろよ」
みんな下を向きました。貴ちゃんは中でも一番ひどく言っていた男の子の胸ぐらをつかみ持ち上げました。
「文句があるなら直接言ってみろ」
その子はガタガタと震えていました。
貴ちゃんの右手が固く握りしめられてるのがわかりました。
ぼくは貴ちゃんに抱き着いて「貴ちゃん、ダメだ」といいました。
貴ちゃんは左手でその子を突き飛ばしました。
貴ちゃんは
「根性なしが!」と言いました。
ぼくは貴ちゃんに抱き着いたままごめんを繰り返しました。
貴ちゃんはぼくの目を見ると唇をかんで目に涙をいっぱいに溜めました。ぼくはもうボロボロと泣いていました。
貴ちゃんはぼくの顔を見て「幸彦が泣くとおれも泣くじゃんか」と言って声をあげて泣きました。気が付けばその場にいる全員が泣いていました。
貴ちゃんが陰口を叩かれたり、無視をされたりすることのはその日を境にピタリと無くなりました。貴ちゃんはだんだんと学校に来るようになり、だんだんとみんなの輪の中に入っていくようになりました。
貴ちゃんの肌は荒れたままだったけれど、そのことを悪くいう人間はいなくなりました。ぼくは勉強してアトピー性皮膚炎がうつらないことを発見しました。そしてそういった体質が食生活や生活リズムで改善していくことも知りました。
貴ちゃんは自分の力でいじめを打ち砕いたのです。信じられないかもしれないけれど本当の話なのです。貴ちゃんはぼくの友達、そしてだからぼくの永遠のヒーローなのです。
おしまい