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運命の光  作者: 詩音
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「いらっしゃい!いらっしゃい!そこのお兄さん!見るだけでも見ていってよー!」


「フランスパンが焼き上がりました!焼きたてですよ!いかがですかー?」


「今日の朝獲れた新鮮な魚だ!さぁ寄った寄ったー!」


ここは活気溢れる街トウビド。海沿いの街で交易も盛んなせいか常にたくさんの人々が行き交っている。


しかし、表通りから少し奥に入ると孤児や浮浪者などが漂い犯罪が多発している地域でもある。


そこで私は暮らしていた。親に捨てられ、たった1人で誰にも頼ることもできずひっそりと。


どんなことでもした。生きるために。今まで生きてこられたのは奇跡に近いことだと理解していた。そしてこの生活が長く続かないことも。近いうちに終わりがくることも。


そんな時だった。あなたに出会ったのは。



「一緒に来るか?」



それはあなたにとって気まぐれな一言だったのかもしれない。


でも私にとっては唯一の光だった。




 *



「サラサ、すまないが水を持ってきてくれ。」


「はい、レイモンド様。」



あの時レイモンド様に拾われてから早10年。孤児だった私はレイモンド様のお屋敷でメイドとして働いている。 だが、働くまでの道のりは長かった。


拾われてからすぐ下働きでもさせてもらえるのかと思っていた私はなぜか礼儀作法を習い、字を教えてもらい、淑女としてのマナーも学ばせてもらった。


レイモンド様に働かせて欲しいと言っても



「まずは体力をつけて元気になってからだ。」



と言われ、元気になった後も



「いいか?下働きをするにもいろんなことを知っておかなければならない。」



とさまざまな理由をつけて働かせてもらえない始末。当時の私はそんなレイモンド様のことが分からなくて



 レイモンド様は何考えてるんだろう。マナーを仕込んでから私をどこかに売るつもりなんだろうか。



と今思えば本当にバカなことを考えていたものだ。レイモンド様は善意で私に教育を施してくださっただけなのに。


そして数ヶ月前にやっとレイモンド様が納得するだけの成果を出せたらしくメイドとして働かせていただけるようになった。


感謝してもしきれない恩があるレイモンド様に私は心からお仕えしたいと思っている。そしてレイモンド様のためならどんなことでも何でもすると。


まぁ実際、大したことはできていないのだけど。


レイモンド様のおそばで働かせていただけるようになってすぐに気づいたことがある。それはレイモンド様がとても多忙な人だということ。


毎日毎日、朝早くから夜遅くまで執務室で仕事をしていて体を壊してしまうのではと心配になるほど…


 一体いつ寝てるんだろう?


 しかし、疲労を溜めているその顔からもしたたり落ちるような色気がもれ出している。


 私が拾われた当時からパーティーに出ようものならご令嬢やご婦人方の人だかりができて身動きが取れなくなるほどだった。と執事のクリスさんが言っていたけど今のレイモンド様はその時の比ではないほどのモテっぷりらしい。


それ以上って私には恐ろしくて想像もつかないけど。


 漆黒の艶やかな髪。深い海を思わせるようなブルーの瞳と涼しげな目元。冷たそうにみえるが笑ったときには一層魅力的になる口元。そして野生の動物を思い浮かばすようなしなやかな体躯。

 山のような縁談が来るというのも納得がいく。



「レイモンド様。お待たせ致しました。」


「ああ、ありがとう。」



 それにただのメイドでしかない私にも感謝を伝えてくれる優しさ。

 こんな完璧な人がモテないわけがない。



「サラサ、もう下がっていいぞ。明日も早いだろうし私も今日はもう少ししたら切り上げようと思う。」


「いえ、そういうわけには参りません。」


「だめだ。部屋に帰れ。」


「ですが、」


「命令だ。」


「………かしこまりました。」



 しかし最近レイモンド様のご様子がおかしい気がする。今まで命令だ。なんて言ってこちらの話を聞いてくれない方ではなかったのに。



「では、お先に失礼させて頂きます。明日もいつも通り6時の起床でよろしいでしょうか?」


「ああ、それだが… 明日からはもう起こしに来なくていい。それとクリスを呼んでくれ。」


「っっ!…かしこまりました。失礼致します。」




 ***



「……………はぁ。くそっ。」



 最近自分の感情が抑えきれなくなっているのが分かる。


 きっとあいつは傷ついただろう。何の説明もせず突然毎日の日課もいらない。と言ったのだから。


ほんとはメイドとして働かせたくもない。だが、そうしないとサラサを近くに置いておくことはできない。責任感が強く私に恩返しをしたいというサラサは屋敷のメイドになれないのなら街で働くと言うのだから。


 サラサ…

 眩しく光る金色の髪にどこまでも見透かされそうな透き通る新緑の瞳。雪のように真っ白な肌に強く抱き締めたら折れてしまうのではないかと思うほどの華奢な躯。


 10年前に拾ったときは小汚なく、風呂に入れた侍女に言われるまで男だと勘違いしていたほどだったのに…


 あいつは本当に自分のことが分かっていない。周りからどう思われてるのか考えたことがないに違いない。あの若い庭師もこの前入ってきた執事見習いもサラサのことを熱心に見つめていたのに。


 それにこんなに遅くまで男の部屋にいるなんて。

 ……それだけあいつは俺のことを男だと思っていないということか。



 コンコンコン。



「入れ。」


「失礼致します。お呼びと伺いましたが?」


「遅くにすまないな。そこの山になってる写真を母に送り返しといてくれ。」


「またレティシア様から送られてきたんですか?」


「ああ。よっぽど私が心配らしい。こんな歳にもなってもまだ母から見合い写真を送られるとは思ってもみなかった。」


「ご令嬢方との噂はレティシア様の耳にも入っているみたいですがそろそろ身を固めて欲しいと思われているのでしょうね。」


「余計なお世話だ。それに私は…、いや何でもない。」


「…?」


「気にするな。すまんがそこの水を下げておいてくれ。それから明日からお前が起こしに来てくれるか?」


「私がですか?それはサラサの仕事では?」


「サラサの朝の仕事は多いと聞いてな。今更だが私を起こすのくらい他の者でもいいと思っただけだ。」


「…かしこまりました。では明日から6時に伺います。」


「ああ。」


「では失礼致します。」



 パタン。



 あの優しく暖かみのある声で毎朝起こされなくなるのは辛いが理性がしっかりしていないときにサラサに会うのはまずい。


 これで少しはサラサに対する感情も収まることだろう。

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