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Veracious World  作者: Vw
一日目
4/5

一日目の思考回路





 ログアウトが不可能だということに気付き、即座に彼が行ったのはアイテム欄の確認だった。

 勿論全て引き継いでいたが、残念ながら武器防具の大半は装備レベルに達していなかったため、暫くはお蔵入りというのが現実だ。


 とりあえず自分が今装備できそうな初期装備を引き出し、ついでに財布というアイテムを懐に仕舞っておく。中身は確認済みだ。

 フレンド一覧の画面も確かめてみたのだが、どうにもノイズがかかったように荒れており、とても操作できたものではなかった。もしかして自分と同じ境遇のプレイヤーがいるかもしれない、と期待していた陸斗は、その結果に落胆する。

 NPCの頭にも紹介の矢印が見えていないので、このままではもし自分と同じような人間がいても判断のしようがない。


 ひとまず自分のステータスを確認する。するとそこには、多すぎて逆に使いどころに悩んでしまう程の、莫大なステータスポイントが表示されていた。


「我ながらよくやったもんだ……」


 ここで運を使い切ってしまったと思っていたが、どうやら本当にそうだったらしい、と溜息を漏らす。

 ステータスポイントの百パーセント引き継ぎ後、何やら不気味な老人に言われるがままダーツを行い、その結果がこれだ。普通では考えられない量の数値が並ぶ。

 その後、チュートリアルクエストの途中、この町に辿りついた直後の記憶がない。恐らく、それが自分の最後だったのだろうと勘繰る陸斗。


「とりあえず物理安定、と……」


 間髪いれずに【4000】と表示された数字の内四分の一を、魔法関係を除いた殆どの欄へ入力していく。

 STRへ350、DFDへ300、SPDへ350と、魔法使いが見れば発狂してしまいそうなステータスへ変化した陸斗。外見に変化がないのはゲームらしい、と不思議がりながらうんと伸びをしてみせた。


 何はともあれ、こうなった以上はこの世界で生きていかなければならない。その為に必要なのは安定した収入だ。


 そうして陸斗が足を運んだのは、こういう世界観ではド定番の施設、依頼仲介ギルドであった。

 VWの世界におけるギルドの存在は、他のゲームと大きな差はない。利用登録が必要だったり、掲示板で依頼を捜したり、受け付けで依頼受領手続きを行ったりと、何の変哲もないという表現が相応しい。


 ただ一つ違う点を挙げるとすれば、一定のランクを超えたプレイヤーには"闇ギルド"という裏側で依頼を受けられるようになることだ。

 依頼内容は表側と極端に異なり、その町の暗い部分を色濃く反映した物となっている。暗殺、スパイ、闇商人の護送、人攫い、密猟等々。

 当然、それだけ報酬の金額も跳ね上がる。果てには報酬として奴隷が出されることもあるという。


 それを素直に遂行するのか、それとも自分が正しいと思った方向に動くのかは、プレイヤーの選択次第であり、そういう人を試している部分がこのゲームにはちらほらと見られると、陸斗は思っていた。

 何はともあれ、陸斗は現在まっさらなルーキー状態なので、これから実績を積んで行かなければ話にならない。そんな風に今後の予定について思い描きながら受け付けに赴く。


「すいません、登録をお願いしたいんですが」

「あ、は、はい! す、少しお待ちください!」


 あたふたと落ち着きのない手つきで後ろの棚を漁り始めるその少女は、恐らく新人の係員さんなのだろうか、と苦笑する。

 こういう展開の楽しみも、ゲームの世界では味わえなかった。とにかく敵を倒し、依頼をこなし、たまにレアアイテムを手に入れては喜ぶ。そんな今考えてみれば作業染みたことの繰り返しだったからだ。

 

 そういえば、と少女の後ろ姿を眺めながらぼんやり思い出す。

 元の世界に残した家族、特に療養中の妹は大丈夫だろうか、と今更になって心配になってくる。彼の妹、閏詩優姫は、少し前に大きな怪我をしてしまい、現在治療のために入院中なのである。

 顔を合わせる旅に憎まれ口を叩かれていたが、それでもたった一人の可愛い妹だ。何度拒否されようとも彼は見舞に向かい、無視されようとも話しかけていた。辛いのは自分ではなく、彼女自身だと誰よりも理解していたからだ。

 

「そ、それでは、こちらにお名前と決意表明を……」


「はいはい」


 渡された羽ペンを使い、かりかりと日本語で自分のアバター名を記入していく。ちなみに、彼のアバター名というのは下の名前そのまんまである。本名を使うなんて有り得ません、と妹に何度呆れられたか分からない。


「では最後に、こちらへ手判をお願いします」


「わかりま……した?」


 そう言って彼女が差し出したのは、一枚のA4サイズの羊皮紙だった。もっと詳しく言えば、それ以外に塗料のようなものは何一つない。

 新人さんだからうっかりしているのか、とも疑ったが、流石にそれは阿呆過ぎるだろうと考え直す。まるで当たり前のような顔をして首を傾げているので、陸斗はそのまま右手を用紙の上に乗せた。

 そして五秒後、離す。当然というかなんというか、勿論そこには何も記されていない。それを見て、受け付けの少女はハッとした顔でペコリと頭を下げた。


「も、申し訳ございません! 魔力疾患の方でしたか!」


「え?」


 魔力疾患? と思わず聞き返してしまう陸斗。

 しかし、彼女はその言葉に答えることなく、まるで何か気を使うような素振りで再び後ろの棚を探り始めた。

 今度はさっきよりも早く戻って来て、手判用の朱肉を台の上に広げた。


 その後は特に何の問題もなく手続きを済ませ、陸斗はギルドを後にした。ただ一つ気になったのは、異様に周囲の視線が強かったことだった。





「外泊って久し振りだな。まあ、今後はこれが当たり前になるんだろうけど」


 安上がりな宿屋の一室にて、窓からの景色を眺めながらそんな独り言を呟く。

 今頃、母と妹は何をしているのだろうか。そして、自分がいなくなったことに心配をしていないだろうか。そんなことばかりが頭の中でもやもやと思考を阻害している。

 陸斗の理想は、こちらに来たことで、自分の存在そのものがなかったことになってくれれば、それがベストである。誰にも心配かけずにいられるし、何より自分自身が気楽でいられる。


 警察沙汰になっていればそれはもう最悪だ。心配して夜も眠れない、なんて自体だけは避けて欲しかった。


 確かなのは、もう既に陸斗の意思はこの世界で生きていくことに決定していることだ。元の世界へ戻る方法を考える気はさらさらない。彼自信、こんな未知の世界に来てしまったのは僥倖だったし、何より楽しみたかった。


「まあ、向こうにはユキもいるし、母さんも父さんも淋しくはないだろ。俺は存分に楽しむとしましょうかね」


 そう決め付けると、陸斗はコートをベットの上に放り投げ、脱衣所の方へと向かった。




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