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Veracious World  作者: Vw
一日目
1/5

プロローグ

8/3 主人公を高校生から中学生へ 主人公の療養期間を引き延ばし


 あくる日もあくる日も病院の白いベットの上で過ごし、退屈という文字をうやむやに消していく。ガラス張りの窓の向こう側に立ち並ぶ摩天楼を一瞥して、また今日も彼女は現実から逃げる。


 オンラインゲームの完全なるVR化。それが確立されたのは僅か一年前で、あっという間に世界は空前のVRMMOブームに包まれた。


 己の体と同じように動かせる理想のアバター。レベルアップのポイント振りによって現実の限界を越え、縦横無尽に森、草原、雪原、火山、洞窟、砂漠、古城、廃墟を駆け巡る爽快な世界。多くのゲーマーたちを虜にしたVRMMO。その中でも、一際輝くタイトルが存在した。


――Veracious_World――


 剣と魔法の、世界で最も知られるファンタジーMMORPG。特筆するような仕様は少ないが、<VW>には誰もが求める多種多様な魔法、武器、フィールド、モンスターが用意されている。その数、なんとフィールドだけで二百五十種類。魔法、武器、モンスターに至っては数の確認すらされておらず、アップデートの度に増えるまさしく無限の遊戯なのである。


 学生、社会人、高齢者と、プレイヤーの年代は枠知らずに拡大し続ける中で、徐々に増えつつある別のプレイヤーカテゴリが存在した。


 病人である。たとえ四肢を自由に動かせなくとも、仮想世界に赴けば思うままに体を動かせる。己の足で久し振りに草原の上を走った時は、彼女も思わず感涙した物だ。もっとも、涙を流すなどというシステムはVWに存在しなかったが。


 そんな訳で、現在中学三年生の彼女<閏詩うるうし優姫ゆき>は、重度のオンラインゲーマーとなっていた。入学した半年後に交通事故に遭ってからというものの下半身が動かなくなってしまい、回復の目処は立っているがそれは二、三年後という当分先の話。その間学校からの課題を見舞いに来る兄から受け取りながら、優姫はその尋常ではない暇をオンラインゲーム<Veracious_World>に費やしているのであった。


 そして今日も。猫の寝床くらいにならなりそうなヘッドギアをゆっくり慣れた手つきで被り、スイッチを入れて院内LANに接続しながら、真っ暗なバイザーを下ろす。これは外部からの極端な光を避けるためらしい。


 気付くと、既にそこは現実とかけ離れた仮想の世界だった。流れゆく様々な景色は、それぞれVWに存在するフィールドの一風景だ。


(メインキャラ、レベルカンストしちゃったんだよね……)


 かなりの時間をかけてレベルマックスに仕立て上げた己のキャラが映る、半透明のグリーンパネルを眺めながら溜息を吐く。ゆっくり指でアバターに触れると、そこには攻撃力《STR》と素早さ(SPD)重視の紙装甲ステータスが映し出された。ハッキリ言って、非常にシビアな使い勝手となってしまっている。接近攻撃が成功すれば大きいが、PvPで避けにくく威力の低い広範囲魔法を喰らってしまえば、それだけでHPの三割を持っていかれる。常に周囲に気を配っておかなければらないのだ。


 レベル200種族人間で、これまで得た合計ステータスPは2000。1レベルアップで10Pの計算だ。これをSTRに900、SPDに800、幸運《CRI》に300と非常に偏った振り方をした結果、こんな精神力を食いまくるアバターに成長した訳である。PvPのような短時間の戦闘なら十本指にまで上り詰めることが可能だが、対ボス戦では真っ先に落ちてしまうという薄っぺらさ。リアルに限らず、フレンドにかけた迷惑は数知れない。


 ちなみに、種族には人間ヒューマン獣人ビースト森民エルフの三つが存在し、ビーストはHP、STR値が高く物理スキルを覚え、MPが低く魔法を全く覚えない。エルフはMP、SPD値が高く魔法スキルを覚え、STRが低く物理スキルを全く覚えない。ヒューマンはほぼ平均より若干上なだけで、魔法も物理も特別秀でず種類も普通だがそれなりの数を習得する、初心者向けのノーマルな種族である。


 そして、こういうオンラインゲームではバランスの取れたステータスよりも、偏った特質的なステータスの方が優位に立っている。そしてどうするべきか悩む優姫には今、実行するかどうか悩んでいるシステムがあった。


<転生>


 その名の通り、キャラクターをレベル1まで戻して育て直すシステムである。もちろんただレベル1へ戻すのではなく、引き継ぐステータスポイントの割合をルーレットで決め、次のキャラを元より強くすることが可能だ。しかし中には一割以下という悲惨な話も聞くので、イマイチ一歩が踏み出せない。

 それに、例え何割だとしてもそれはステータスポイントのみ。基盤となる種族を元にしたステータスはもう一度育てなければならないのだ。レベル200ともなれば、それはそれは途方もない時間を要するだろう。狩り場で延々とモンスターを倒し続ける己の姿など想像したくもない。


 だがしかし、と優姫は先月のPvP大会の優勝者を思い出す。その男は一度転生を行い、しっかりと見直したステータスで頂点に上り詰めていた。彼のプロフィールを見て愕然としたのを覚えている。とてもじゃないが、レア装備を手に入れたとしても今の自分では到底勝てはしない。

 恐らく、彼のような転生プレイヤーはこれからもどんどん増えて来るだろう。そうなれば、いずれ無転生ではやっていけなくなる。


 優姫はついに決心した。ぷるぷる震えを再現する仮想の腕で、転生パネルに触れる。そして、確認画面にて……。


「……なるようになれ!」


――OK――


 パネルに映るアバターが細かいポリゴンに砕かれ、再構築を待つように渦を巻く。次に割合決定のルーレットが出現する。バラエティー番組やテレビドラマでよく見る、回転式のアレだ。白黒のマスにそれぞれ、黒には<レート1>、白には<Next>と記されている。


 ぐるぐる回る円盤に向かって、真っ白なピンポン玉くらいの玉が放り込まれた。ころころと転がるそれに、彼女のアバターの運命がかかっている。

 黒、白、黒、白、黒――――…………白。


「よし!」


 なんとか第一関門突破。そのまま驚くほど順調にNextマスに収まり続けた彼女のアバターは、ついに最大レートに辿りついた。


「レート9……ここを抜ければ……」


 次は、レート10。もうここまで来たのだから最後まで行きたい。その気持ちが勝ったのか、


「お、おお?!」


 球体は、白い穴へと落ちていった。埋まると同時に、システム音声による大喝采が上がる。背筋が冷え上がり顔が熱くなるのを感じて、汗もかいていないのに優姫は笑いながら頬を拭っていた。


(やった……これでステータスP完全継承……)


 ホッと息を吐いた、その瞬間。


 それまで賑やかだったカジノ風の景色が、突然消滅した。真っ暗闇に包みこまれ、数秒後、天井で小さなランプが不気味に優姫を照らす。揺れる明かりに驚きながらうろたえる。暗闇のみが続く空間に自分一人……かと思いきや、もう一つ見慣れない物体が佇んでいた。


 ダーツ。壁も何もないその空間に、赤と黒という奇妙なカラーリングと醜悪な悪魔の顔面の装飾が施されたダーツの的がぶら下がっていた。


「ここまで来たのは、あなたが初めてですよ」

(?!)


 身を凍てつかせるような、冷やかなしゃがれた声を背後から掛けられる。間髪いれず振りかえると、そこには目深にローブのフードを被った、かなり低身長の腰の曲がった老人が立っていた。NPCか何かだろうか。それにしては生々しい喋り方をする。とても記録音声とは思えない。


「これからあなたの運命を決めるダーツを行います。これを」

(なにこれ……隠しイベント……? 凝ってますねえ……)


 勝手に決め付け、差し出されたナイフを受け取る。ダーツの的にナイフを投げつけることをダーツをいうのかどうか問いたいのだが、NPCに訊ねても意味がないと早々に割りきった。小さなナイフの柄を指で軽く挟み、投擲の構えをとる。


「レッドゾーンを見事お選びになられたなら、あなたは二倍のステータスPを得て次なる世界へ昇華されるでしょう。もしブラックゾーンを選ばれたなら、あなたは全てのステータスPを失い、次なる世界へ捨てられるでしょう」


 随分と恐ろしい物言いのNPCだが、ようするにこれでレッドゾーンに命中させれば、元の二倍ものステータスPが得られるという事なのだろうか。だとすれば願ってもない話だ。凄まじい速度で上位に舞い戻り、レベルMAXになれば尋常ではない強さを得られる。


 しかし、もしそれとは異なるブラックゾーンに命中させてしまった場合、優姫は文字通り無力なプレイヤーに逆戻りと言うことだ。そんなことになってしまったら、間違いなく優姫はこのゲームから身を引くだろう。凄まじい喪失感で当分何もできない日々を想像し、ぶるりと肩を震わせる。


 外したらどうなるのだろうという疑問が思考を過ったが、こういうのはシステム的に狙って投げれば当たる仕様になっている筈だ。問題はタイミングか。


「いけっ!!」


 投擲。真っ直ぐ軌跡を描きながら飛んで行くナイフが、スローモーションのように見える。頭のなかで何かがぐるぐる回っている。沸騰する思考の中、必死に目を凝らしてナイフの行く先を睨む。


 きらめく刃は、ゆっくりとそこへ突き刺さった。


「おめでとうございます、見事、あなたは新世界へ昇華される権利を得ました」


 声が出なかった。でも、多分嬉しいのだろう。自然と優姫の頬は綻び始め、次の瞬間には腕を振って喜びの声を捻りだしていた。


「それではいってらっしゃいませ。あなたを待つ世界は、もうすぐそこまで来ています」


 次の瞬間、嬉々としていた優姫の視界が真っ白になった。暗転よりも苦しい光りの光景が広がる。


「え――――――――?」


 意識の渦に飲み込まれ、彼女の現実世界に於ける生活はそこで途絶えた。



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