職員室前の廊下から
社会科準備室を出て職員室へと向かう。抜き打ちテストの内容を考えながら階段を下り、角を曲がると、職員室前の廊下で一人、ぽつんと窓から外を眺めている生徒に気が付いた。俺が授業を受け持っている進藤美咲だ。
その視線の先を辿る。吸い込まれるように正門を通り抜け、下校していく生徒達。
進藤に近付き、どうしたんだ? と声を掛けた。
あれ、と彼女が指差す先には、男子生徒と女子生徒が手を繋いで正門へ歩いていく姿。進藤と同じ学年の、山崎和真と三谷晴香だ。二人とも成績が良く、教師達から目をかけられている生徒だった。
「……あの二人、付き合ってたのか」
頭に浮かんだことを何気なく呟いた。隣で進藤がそうだよ、と応じる。
「いいなぁ、と思って」
彼女の顔には淡い笑みが浮かんでいる。
「いいって?」
恋人がいることが? それとも、付き合っている相手が山崎だということが?
「はるちゃんも和君も、明るいし、優しいし、頭も良いし。理想のカップルだなぁと思って」
ふーん、と適当に相槌を打つ。
「お前ら、仲良かったか?」
「小学校から同じなんです。クラスが一緒になったことも何回もあるし」
進藤の瞳はキラキラと輝いている。水面に太陽の光が反射するように。
「あの二人、皆に好かれてるんです。嫌いっていう人は見たことない。そういう人同士が付き合ってるって、すごくいいなぁ」
俺は再び正門前に視線を移した。二人は親しげに何かを話しながら、柔らかい笑顔を浮かべ、ゆっくりと正門を通り過ぎていく。初夏の爽やかな風が木々を揺らした。
進藤と同じように、俺も中学生の時、窓から恋人達を見送ったことがあった。
部活で頼りになるカッコいい先輩と、一方的に恋焦がれていた優しくて可愛い先輩。
その時の俺は、嫉妬と、失望と、羨ましさと、切なさしか持ち合わせてはいなかったけれど。
だからなのか、彼女の顔に浮かぶ表情は俺にはとても眩しく見える。
「はるちゃんは和君と付き合えていいねって言われて。和君ははるちゃんと付き合えていいねって言われてるんです。私もああいう風に、皆にいいねって思われるようなカップルになりたいなぁ」
穏やかな充足感に満ち溢れた笑顔。彼女の温かく爽やかな喜びと憧れは、俺の胸にも伝わって、心の底が仄かに熱を帯びる。
「誰か好きなヤツいるのか?」
いないよー、とクスクス笑いながら、それでも目が離せないのか、進藤は二人の後姿を見つめたまま。
「そんな人がいたら、わざわざこんなところで、はるちゃんと和君見てないですよ」
それもそうか、と独り言のようにこぼす。俺達の脇を礼をしながら通り過ぎていく生徒に、片手を上げて答えた。
「お前なら、良い人見つかると思うけどなぁ」
「えー? ホントですかー?」
「ホントホント」
優しく温もりのある気持ちで友人達をそっと見つめている進藤。そんな彼女が誰にも好かれないなんてことはあるはずがない。
「お前の良いところを見てくれている人は、必ずいるよ」
そう言って、頭を軽くポンポンと撫でてやると、進藤は照れ臭そうにはにかんだ。
「職員室に何か用事だったか?」
「あ、いえ。学級日誌を返しに来ただけです」
「そうか。じゃあ、気をつけて帰れよ」
はーい、と朗らかに返事をして、先生さようなら、と彼女はにっこり笑った。
さようなら、と同じように笑顔で返し、俺の後ろへと遠ざかっていく姿をしばらく眺めた。
踵を返し、職員室へ入ろうとして、視界の端に人影が映る。進藤と同じクラスの横山誠也だった。彼女の陰に隠れて見えなかったらしい。
横山は職員室の先にある曲がり角から半分だけ体を出して、進藤の後姿を目で追いかけている。俺と目が合うと、顔を赤く染めてバツが悪そうに振り返り、曲がり角に隠れてしまった。パタパタと走り去る足音が聞こえる。
俺はその様子をぽかんと眺め、ほら、やっぱりいるじゃないか、と口元を綻ばせた。
「放課後の学校」というシチュエーションで作品を作るという企画で創作いたしました。
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