【閑話】プリンスは見た
プリンス視点です。
部活帰り、疲労感漂う中コンビニに寄るのはほぼ日課だ。
自分はいつものコーヒー、ブラックを取ってついでにシュガーレスのタブレットも1つ。
それをレジに持って行こうとした時、最近は見慣れてきた光景を目にした。
中学からのバスケ仲間で親友と呼べる存在である久瀬律が、チョコレートが並ぶ棚の前で思案顔している姿だ。
「律、今日は何買うんだ?」
「ん・・・最近ナッツ系が気に入ってるみたいなんだよな。アーモンドにするか・・・クランキーの方が喜ぶかな」
俺の話を聞いてはいるが、ほとんど独り言のように呟いている。
手にとってチョコを見ているが、脳裏には一人の女の子の姿があるのだろうなと想像する。
「なほちゃんならどれでも喜ぶよ」
「喜ぶけど、微妙にその時食べたい種類かどうかで顔違うんだよ。ドンピシャのやった方が良い顔するから」
そこまで言うと律は口元に小さく笑みを浮かべた。
表情筋が硬いのか、昔からこの親友は大笑いもあまりしないし、笑い顔をあまり見せない。
そこがクールで良いといわれているが、あの子の前だと良く笑うのだ。
口の端をあげる程度の小さい笑みだったりするが、長いこと友人をしている自分でもあまりお目にかかることが少ないのに。
彼女に対する気持ちが、ある程度特別な感情だとは本人も分かっているだろう。
あれほど律が構う相手など見たことがないし。
しかし、恋愛感情ではないらしい。
本人がそういうのもあるが、律が彼女を見るときは情欲があるように見えないし、なんというか小動物を愛でる目に近いように思える。
「これにする。あと、コーヒーっと・・・どれにするかな・・・」
律はチョコを決めるとコーヒーを取りにドリンクコーナーへ向かった。
自分のコーヒーを選択することを後回しにするほど、本当に最近はチョコレートに釘付けだ。
いや、釘付けなのは彼女にだろうか。
恋愛感情的なものに発展して欲しいと思うのは、親友としての欲目だろうか。
あの子ならいいなと思うのだけど。
律は女運が悪い。
というか、性格も知らないでとりあえず告白してきたし、見た目結構好み、美人でグラマラス系だから付き合うという安直なことをしているのが原因だ。
そのせいで外ればっかり引いている。
馬鹿じゃないはずなのに、女に関しては馬鹿としかいいようがない。
まあ、それを置いておいても長続きするにはちゃんと相手に好意を持ってからにしろと言っているのだが、肉欲的なものと精神的なものの違いがよくわかっていないらしい。
つまりは、その辺りだけ幼稚、ガキなのかもしれない。
見た目の良い高校生男子に女が大勢フラフラ寄ってくるのだから、その辺りが成熟する前に先に身体が大人になってしまったということだろう。
俺は律よりも正直モテるが、俺は、『ちゃんと』精神的なものの違いを理解している。
本当に大事なものを知っているから。
だからこそ、律がもったいないことをしているのを黙ってみているのがもどかしい。
けれど無理にくっつけようとするのも間違っている気もする。
「涼介・・・眉間に皺寄ってるぞ。どうした?」
「ん?いや、なんでもないよ」
どうやら顔に少し出ていたらしい。
訝しげに俺を見る律に何でもないと手を振って、レジに向かう。
レジでチキンを一つ注文して金を払うと、隣のレジで支払いを済ませた律と共にコンビニを出た。
外はかなり寒くなってきているが、まだ息は白くない。
コーヒーを開けて、チキンにかぶり付きながら、2人でこの間の練習試合のオフェンスの反省点を話し合う。
この時間を部活の時間以外では結構楽しみにしているかもしれない。
二人ともバスケが本当に好きだし、お互い気兼ねなく話せるからだ。
「そういや、なほちゃんはバスケに興味ないかな?」
「ないだろ。というか、あいつはチョコレートにしか興味がないといっても過言じゃない。チョコを愛してるとか言うぐらいだからな・・・」
何だか寂しげに聞こえるのは気のせいではないだろう。
恋愛的な好意を持ってほしいとは言わなくても、人としての好意は持って欲しいに違いない。
あの子はそういう面に対してガードが極めて固く、こちらから近づいても中々心を開いてくれない感じがある。
まあ、女子に対してはそうでもないので、男にだけガードが固いのかもしれないが。
誰に対しても丁寧なしゃべり方をするが、ガードされてる分余計にその言葉遣いで距離を感じて、律でなくても少し物足りなさを感じる。
それに、律に対しては必要以上にガードが固い気もする。寄っていくからこそ引いているのかもしれないが。
チョコをくれるから相手をしているだけで、あげなくなればすげなく相手にしないのではないだろうか。
やはり相手は手ごわい野生の小動物のようだ。
「今度バスケの応援頼んでみようかな。律も応援きてもらったら嬉しいだろ?」
「・・・来ないだろ。あいつ興味のないことは極力避けるタイプだし」
嬉しいだろという問いかけに対して否定はしなかった。
ここは親友として、人肌ぬいでやろうと思う。
さて、何か釣る餌があったかな。
こういう時にファンという名の協力者を利用しない手はない。
向こうも喜んで助けてくれるはずだ。
何だか少し面白くなってきた。
律のためといいながら、自分も彼女と絡むのが最近楽しみになってきている気がする。
彼女にとっては、本意ではないだろうけど。
「じゃあ、俺はなほちゃんが来る方に賭けるよ」
「・・・馬鹿馬鹿しい」
律は左右に首を振って、手元のゴミを捨てにゴミ箱のある方角へ歩いていった。
本当に馬鹿馬鹿しいなら来ない方に賭けて、俺に何か奢らせればいいのにそれをしない。
一縷の望みを捨ててない証拠というやつかな。
俺は小さく笑うと明日は忙しくなるなぁと呟きながら、親友の背中を追った。