口いっぱいのマカダミア
「最近奈穂さぁ・・・久瀬君と仲良くない?」
「いえ、全然これっぽっちも良くないと思いますけど」
めぐめぐが不思議なことを言い出しました。
私と久瀬律が仲良いとかありえません。
お昼休みの憩いの時間にそんな話されてもなぁと思います。
お弁当に視線を落とし、ウインナーを標的にしながら答えました。
炒めてあるウインナーは焦げ目が絶妙に入っています。
うちの母親の料理の腕前は最高ですよ。
「えーこの前手を握ってたじゃん。それにプリンス入れて仲良く話ししてたこともあるしさぁ・・・私も入れなさいよ」
めぐめぐは机に行儀悪く左肘を付いて、お箸をガジガジしながら半眼でウインナーを食べる私を見ました。
行儀悪いよと、しおさんに注意されると素直に姿勢を直して、今度は左手で耳につけた彼氏さんにもらったとかいうピンクの小さな花形のピアスをいじっています。
見つかると先生に注意されたあげく取り上げられるので、普段は髪で巧みに隠しているようです。
押しが強いですけど可愛い女の子です。
そんなめぐめぐには絶対には、ほっぺに付いたチョコを指で取ってもらったとか、そのチョコを舐められてしまっただなんて言えません。
どんなことを言われるか、どんな行動に走られるか分かったものではありません。
しかしながら、それほど会話したことがあるわけでもないのに仲が良い認定されるのは不本意です。
とりあえず仲が良いという部分を否定しなければ。
「仲が良いというのは、相手のことを知らないといけないと思うのです。しかしながら私は久瀬律の人格他、誕生日やら血液型、何が好きか嫌いかどこに住んでいるか等など、全く知りません。むしろそういう面を知ってるという点ではめぐめぐの方が仲が良いのでは?」
「いやいや、私しゃべったことあんまりないもん。ていうか、かっこいいしー緊張するんだよねぇ・・・あのクールな目で見られたら心拍数があがっちゃう」
キャッと乙女ですアピールのようにお祈りポーズをするめぐめぐ。
彼氏はどうした彼氏は。
少しばかり呆れたような目線をめぐめぐに向けていたら、しおさんがうんうんと頷きながら口を開きます。
「久瀬君ってあんまり女子としゃべりたがらないからね。貴重な存在だよ奈穂は。そういうポジションになりたい子はいくらでもいるし。今彼女いないから余計かもだけど」
「え・・・それは悪目立ちしているのでは?困りますね・・・」
ちょっと聞き捨てなりませんでした。
私は平穏を好むごく平凡な人間です。久瀬律と関わることで、久瀬律を好きな女の子やファンなどに目の敵にされたくはありません。
プリンスのファンはまぁ大丈夫でしょうけど。女の子との接し方の違いがこのあたりに現れます。
久瀬律基本は愛想がないのですよね。表情筋硬いし。
「奈穂ちゃんが気をつけてね・・・?」
「はい。気をつけます。久瀬律とは必要最低限にしか話さないことにします。別に話したいこともありませんし。問題ないですから」
「そ、そこまで、徹底しなくてもいいと思うけど・・・でも奈穂ちゃんが嫌な目にあったりしないか心配だなぁ」
優しい柚季ちゃんが困ったように眉を八の字にするのを見て、きっぱり決めました。
久瀬律を避けようと。
話しかけられても即会話打ち切り状態に持ち込もうと思います。
元々話したいと思う相手でもないので、問題ないはずです。
「宮野」
避けようと決めてから昼食を終えて自席に戻った途端に、既に隣の席に戻っていた久瀬律が私の名前を呼びます。
よし、聞こえなかったふりしよう。
そう決意して久瀬律のほうを見ないで、机の中をあさります。
その間も「宮野」と2度ほど呼ばれました。
しかしながら聞いてない振り。
教科書を取り出した後に、マカダミアナッツ入りのチョコを1箱机に出しました。
即、口に頬張ります。
マカダミアはゴロンと大きい上にこのチョコのコーティングは硬めなので中々噛めず、口に頬張ればしゃべれない理由にもなる。
ナイスアイディアです。
「宮野・・・みーやーのー」
案外しつこい男です。
もうひとつマカダミアナッツチョコを口に頬張り無視を決め込みます。
すると、女性のものとは全然違うでっかくて指の関節ががっちりした大きな手が伸びてきて、机を指先でトントンと叩きます。
ここまでされて無視し続けるのも無理があります。
さらにもう1個口にチョコを投入し、最初のマカダミアナッツを食べきれないうちに放り込んでいるため、計3個を頬張ったまま久瀬律をジロリと見ました。
「・・・リスかハムスターだな」
げっ歯類扱いに憤慨しましたがあいにく口にチョコが詰まっていて何も言い返せません。
まだネズミと言われなかっただけましだと溜飲を下げる努力をしました。
何か自分がアホの子になってしまった気がして、口の中は甘いのに苦々しい気持ちになりました。
で、一体何のようだと久瀬律をにらみつけるように見ると、久瀬律は目の前にあるものを出しました。
小さい袋に入った、見慣れたチョコ・麦チョコ。
大麦に圧力かけて膨らませたいわゆるポン菓子と言われるものにチョコをまぶしてあるシロモノ。
ポン菓子というだけでも夢があるのにチョコがついてさらに幸せを運ぶお菓子です。
「これやるよ」
目の前で軽くその麦チョコの袋を振ってみせます。カサカサと音を立てるそれは紛れもなく中身が入っています。
なぜ、くれると言うのでしょうか。
頂ける理由が全く思い当たらず、思わず口の中のチョコを咀嚼するのが止まってしまいます。
麦チョコと久瀬律を交互に見ていると、彼はちょっと意地の悪い表情をしました。
「ああ、いらない?」
「むぐまふ!」
口いっぱいのチョコのせいで「いります」、が上手く発音できなくて変な言葉になりました。
麦チョコを私の目の前から、ひょいと自分の机に戻そうとするのを慌てて止めたわけです。
もらえるチョコはもらっておけ・・・前も思ったな。
とりあえず麦チョコは小さいときから大好物なのです。
取り上げられるなんて耐えられない。
無視するのは今度からにしようと思います。
とりあえず口の中のマカダミアを急いで咀嚼し終えると、麦チョコの礼を言いました。
「ん・・・いいよ。それより、またついてるぞ」
彼の指が顔に迫ってきました。
げ、また顔に触る気ですか。慌てて口元を手で覆い隠しました。
「大丈夫です!鏡見て取るのでお構いなく!」
鏡を鞄から取り出して、顔を映すとチョコが確かについていました。
唇に、です。
・・・ほっぺじゃなく唇に触る気だったのですか!
危なっ!防御が間に合って良かったと心底思いました。
久瀬律はというと、私に触ろうとした指の持って行き場に困ったのか、口元に持っていって爪を噛んでいます。
なぜそういう仕草が様になって妙に色気がでるんでしょうか。
私がやると小さな時からの爪を噛む癖が直らない人にしか見えないのに。
「マカダミアナッツ好きなんだな・・・グァム土産がうちにあるからそれ明日やるよ」
・・・まぁくれるというなら頂きますけど。喜んで頂きますけど。でっかい箱ごとだったりしたら狂喜しますけど。
目を細める久瀬律はほんの少し頬をゆるめていました。
ぬ、この人感受性があまりない無表情とかじゃなく、表情筋が硬めであまり表に出ないだけでよく見ると表情あるのだなぁ。
別に知りたい情報ではなかったのですけど、知ってしまいました。
そして、こうやってチョコをくれる久瀬律を無視するということが、非常に難しいということを思い知らされたのです。
「あー・・・そういうのって『餌付け』っていうのよ」
放課後にこっそりしおさんに話すとそんな言葉を返されて、すっごく複雑な気分になりました。