哨戒
俺はいつも窓から外を見張っている。
昼も夜もない。まったく神経をつかう仕事だ。
あれはいつ来るかわからないから気を抜けない。 イヤな匂いをカビのようにまき散らしながら、黒いかたまりのような気配がゆっくりと近づいてくるのだ。
見えているわけではない。壁の中のネズミが音もたてずゆっくりと動くのがわかるように、そのイヤな気配が街のどこかを移動するのがわかるだけだ。
実際にその気配を近くに感じたことは、今までに何度かあった。
目に見えそうな距離まで近づいたそいつが向かいのマンションの角から姿をあらわすのを鳥肌を立てながら待っていると、直前でふいにどこかに行ってしまったこともある。
あれがそのままやってきたら、どうなっていただろう?
もしそうなったら、俺は生きていられたのだろうか?
幸いなことに、あれと実際に対峙したことはない。
街のどこかしらで気配はしているものの、あれは普段はとても遠くにあることが多い。
気配が遠くにあり、しばらく近づいて来ないと確信するとき、俺は食事を摂り、この狭い部屋の片隅に体を丸めて少し眠る。細切れの浅い眠りばかりでも、俺には充分だった。
食事を運んできたり、仕事に支障をきたさないように俺の身の回りの世話をするのは一人の女の仕事だ。
自己紹介をしたこともないから俺は彼女の名前さえ知らなかったが、俺は彼女のことが気に入っていた。
彼女の優しい声やゆっくりした慎重な動作は、日々の仕事に神経を磨り減らした俺を驚かすことは決してない。
「じゃあ行って来るね。トオル」
部屋を出る彼女が今朝も俺に声をかける。
にゃおん。
俺は窓の外を見つめたまま、軽くしっぽを振って応えた。
〈了〉