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幻像写真館  作者: 黒木露火
第5話
5/18

吸血鬼

 元気だった?

 すっごい久しぶりだよね、エミちゃんと会うの。


 仕事どう? 相変わらず、部屋にこもりっきりでパソコンとにらめっこ?

 前とは微妙に違う? でもパソコンは同じなんでしょ?

 ふーん。

 前はワープロオペレータで、今はホームページ作成?

 すっごーい、エミちゃん、ホームページ作れるんだぁ。

 うちの店もねぇ、ホームページとかやっててねぇ、あたしの写真も載ってるの。いちおー、顔は手で隠してるけどね、彼が嫌がるから。


 あ、ウェイトレスさん来た。

 エミちゃん、コーヒー、アイスでいい? ケーキセットにする?

 うん、レアチーズね。エミちゃん、変わってないなぁ。チーズケーキ、昔から好きだったもんね。

 んーとね、あたしは、チョコレートケーキがいいな。今日はね、なんとなくそういう気分。

 すみませーん。アイスコーヒーでケーキセットできます?

 だめ? じゃあ、別々で、アイスコーヒー2つに、チーズケーキと、チョコレートケーキね。


 ……ケチな店だよねえ、ここって。夏なんだからケーキセットの飲み物もアイスOKにすればいいのにねえ。 


 うん? あたしの仕事?

 うん、まあ、あいかわらずよ。ははは。

 先月からはね、Vマックスっていう店。んーとね、個室付マッサージってやつ?

 これ、名刺ね。営業用だけど。名前は本名と同じ、サヤカなの。

 なんか、あっちこっちいって色んな名前を使ってると、わけわかんなくなるじゃない? あたし、頭悪いしね。だから、できるだけサヤカにしてんの。間違えないように。

 入った店に他にサヤカがいたらしょうがなくあきらめるけどさあ。


 あははは。そうよねえ。女がヘルス嬢の名刺もらっても困るよねえ。

 男だったら遊びに来てねって言っちゃうんだけどねー。ははは。


 あれから?

 あれからはねえ、あっちこっち行ったなあ。っていっても福岡とか大阪くらいだけどね。

 うーん。そうねえ、仕事はいつもこんな感じかな。フーゾクよ、フーゾク。

 お金、貯まんないよねえ。働くの嫌いだから、よくさぼっちゃうしさ。ははは。

 それにねー、なんかねー、太陽が出てる間は動けないカラダになっちゃったのよー。

 ううん。ほんとほんと。日の光を浴びるとくらくらしちゃう。ははは。

 病院行っても、軽い貧血ですとか言われてさ、鉄の錠剤出されてさ、レバーを食べましょうとかほうれん草を食べましょうとか言われるの。

 レバ刺しだったら好物だから週に3度も食べてるっつーの。

 ま、日焼けなんかしたら指名つかなくなるから、別にいーんだけどねー。


 あ、ほら。きたきた、コーヒーとケーキ。

 ……んー、このチョコケーキはちょっとハズレだったかも。

 エミちゃんのチーズケーキ、おいしそー。

 半分ちょうだい? あたしのチョコレートケーキ食っていいからさ。

 そんなマズイのなんかいらないって? そりゃそーだ。ははは。


 なんか不思議よねえ。

 あたしみたいにいい加減な女と、エミちゃんみたいにカタギのまじめでしっかりしたコが友だちって。たまたまマンションの隣同士だったからってさ。

 でもあのとき、あの男がいなかったら、エミちゃんとは友だちになれなかったんだねー。


 それにしてもあの男、最低だったなあ。

 あたしがいっくらで稼いでも、ぜーんぶもってっちゃうんだもんね。パチンコ。金渡さないと殴るしさ。

 でも、お金渡したあと、ホテルとか行ったりすると、やさしいのよ。

 ううん。ほんとだよ。あとで髪とかなでてもらったりしてさ、人間誰でもいっこくらいはいいとこあるんだなあって思ってたよ。

 でもさあ、やっぱりついてけなくて、別れ話して、そのまま出勤しちゃったのよね。店にまでは殴りこんでこないし。店長とか元ヤクザだから怖いもん。さすがにあいつも来れないでしょ。

 そんで、うちに帰ったらあれよ。窓ガラス割れまくり。真冬だっていうのに。

 あいつに頼まれて買った大型テレビも割れて床の上に転がってるし。

 一番怖かったのはあれよね。あたしの一番お気に入りの服がベッドに置いてあって、心臓のあたりに包丁が、ドン。突き立ててあるの。殴られて骨折ったりはしてたけど、刃物とかは今までなかったからさ。さすがにあれはゾッとしたよね。ははは。

 んで、あんまり部屋の中、すごかったからさ、ぼーっとしてたら足音が聞こえてくるじゃない? 絶対あいつだって、なんかそう思ったのよね。そういうときの、あたしのカンって当たるんだ。

 だから、ベランダから隣のベランダにバッグとコートとクツ投げ込んでから、あたしも手すり伝って逃げ込んだのよね、エミちゃんの部屋に。


 あのときは、ほんと、助かった。ありがとね、エミちゃん。

 エミちゃんはあたしの命の恩人だもんね。

 あたしがエミちゃんちに入った直後に、あいつの怒鳴り声が聞こえてさ。なんかしらないけど、どーんどーんて暴れたりしてるの聞こえてきてさ、やっぱりーって怖くて涙出そうになった。

 警察……はねえ。呼んだら、あたしも出てかないといけないじゃない? 怖かったのよね。あいつと会うのが。

 また殴られたりするんじゃないかと思って怖かったっていうのもあるけど、あいつが「ごめん」てゆって優しくされちゃったら、またあいつと一緒にいちゃうと思ったんだもん。そしたら、また同じだもん。あたしみたいにバカな女でもそれくらいはわかるよ。


 でも、半年も隣に住んでて、エミちゃんと会ったの、あのときが初めてっていうのもすごいよね。

 それとさ、隣だから間取りもほとんど同じなのに、こんなに部屋のふいんき違うんだあって思った。

 え? ふいんきじゃなくてふんいき?

 あ、そうなの? 知らなかったー。

 エミちゃん、そういうとこ、あいかわらずだよねー。

 あたしが新聞、声だして読んでて、間違うと必ずつっこんできてたもんねー。あははは。


 ほんと、なんであんなのと付き合っちゃったんだろ?

 あとから考えると自分でも不思議なんだけどねー。

 やっぱり次も似たようなのとくっついちゃったんだよねー。

 なんでかなあ?


 んー。今の彼氏?

 タカっていうの。写真見る?

 えへへへー。

 でしょー。

 同じ店の子もサヤカの彼氏かっこいいね、ホスト? って言うの。

 背が高くて髪長めでチャパツだからかなあ。ほんとはホストじゃないんだけどねー。色白いし。

 こんなちゃらい感じだけど、物知りだし、頭もいいんだよ。

 本もよく読んでるの。雑誌も読むけど、雑誌じゃなくて字ばっかりのむずかしそーなやつ。

 仕事?

 んー。何やってんだろねー? 知らない。

 働いて……ないんじゃないかな。よくわかんない。

 吸血鬼だから昼間出られないしね。

 うん。吸血鬼、なんだって、タカ。

 夏の太陽なんか当たったら溶けちゃうんだって。だからうち、いつも雨戸、閉めっぱなし……うん。

 うん。

 ……うん。

 エミちゃんの言うこともわかるけど、タカ、すっごくいい人なんだよ。絶対殴らないし、いつも優しいし。

 女ぐせは悪いけど、それは今までの男だってそうだったから別にいいの。でもタカは、ちゃんと明け方にはあたしの部屋に帰ってくるし。ギャンブルに狂って借金押しつけたりするわけでもないしね。

 今までつきあった中では最高だと思う。

 だから今までで一番長く続いてるの。

 すっごく大好きなんだぁ。

 ずーっとずーっと一緒にいたいなー。 

 えへへへ。




 私たちは喫茶店の外で手を振って別れた。

 ぜんぜん変わってないなあ。

 自称・吸血鬼の彼氏なんて、相変わらずのダメ男・キーパーっぷりだ。

 つい吹き出してしまう。

 笑いながら、笑い涙でアイラインがにじんでいないか気になって、コンパクトでチェックする。

 そこには、肌のきめが荒れ、頬の筋肉の垂れてきた中年の女の顔があった。

 私ははっとしてサヤカの去っていった方を見る。


 ――吸血鬼は年をとらない。


 二十歳だったサヤカと二十二歳だった私が知り合ったのは十七年前のことだ。

 メイクや服装こそ最近のものになっていたけれど、彼女は《ちっとも》変わっていなかった。

 

 ひょっとして。


 振り返ったときには、きわどいカットのホットパンツに包まれた形のよいサヤカの尻は、夜の街の人ごみにまぎれて見えなくなっていた。



〈了〉

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