エピローグ
「大丈夫よ。お姉ちゃん、死なないから」
「ほんと?」
穂香の頬が涙で光る。
円香にとっては、さびしがり屋で泣き虫の妹だった。七つも年が離れているとかわいくて仕方ない。
それでも、もうこれ以上はここにはいられなかった。
「お姉ちゃんはね、月の子になったの。ほら、この目、見て」
姉の瞳は月の光を反射して、金色に輝いていた。
「月の子ってなに? 人間じゃなくなったの?」
「そういうことかな。いつの間にかこんなになってた。私、人間じゃなくなったのよ」
そう言って、円香は手すりの上にするりと立ち上がる。
「お姉ちゃん……」
「だから月に帰るの。死ぬんじゃない――帰るだけ」
小さなつぶきのあと、「見てて」といたずらっぽい声で、円香は空中に足を踏み出した。
「お姉ちゃん。イヤだ!」
止めようとして勢いあまってコンクリートの壁にぶつかる。痛みと恐怖に目をしっかりつぶって穂香は頭を抱えて転がった。
くすくすと笑う声がして、恐る恐る目を上げると、穂香の目の前の空中に円香は浮かんでいた。
満月を背にした円香は、白いドレスのような寝巻がふわふわと月あかりに透けて、風とじゃれあうように長い髪の毛が舞っていた。そんな姉をキレイだと穂香は思った。
「もしあなたも月の子になったら、迎えに来るから」
じゃあね、と踵を返すと、円香は月に向かってどこまでも空中を歩いていった。白い後ろ姿はしばらく藍色の空に見えていたが、小さくなってやがて消えた。
〈了〉