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幻像写真館  作者: 黒木露火
第8話 欠けてゆく月
12/18

アレルギー

「あの、円香まどかちゃん……今村円香ちゃんのお母さまですよね?」

 昼前のデパートの婦人服売り場で声をかけられたのは六月のこと。

 振り向くと、高校の制服を着た少女とその母親らしい二人づれが立っていた。

「ご無沙汰してます。江崎です」

 二人は揃って頭を下げた。

「江崎さん……」

 美登里みどりは驚いて言葉を詰まらせ、少し涙目になったあと、お久しぶりですと丁寧に頭を下げた。穂香ほのかも真似をして頭を下げると、なかなか伸びない髪を押し込んだベレー帽が落ちそうになってあわてて押さえる。

「じゃああなた、まりんちゃん? 大きくなったわねえ」

 懐かしそうにママが微笑みかけた。半袖のセーラー服の少女は照れたような表情で「はい」と答える。

「こちらは下の娘さん? 円香ちゃんに似てたからもしかしてと思ったんですけど、奥さん、全然変わらないからやっぱりそうだって声をかけたんですよ」

 江崎と名乗った母親のほうが、にこやかに穂香を見やって名前と学年を尋ねた。

「今村穂香です。小学四年生です」

「あら、声まで似てるわ」

 懐かしそうに目を細めた母親は、「ね? 似てるわよね」と娘に相づちを求めた。娘のほうも「ほんとね」とじっと見つめるので、穂香はどうも落ちつかない。もじもじしていると、

「ちょうどお昼だし、よかったら食事でもご一緒しませんか? いろいろお話もしてみたいですし」

明るい声で江崎が誘ってきた。

「おじゃまでなければ」

 ブレスレット型の腕時計を確認した美登里が笑顔で同意した。



 近場がよいということで、結局デパートの中のカフェに行くことになった。

「あ、ここです。最近できたんですって」

 江崎は友人に勧められ、今日来てみるつもりだったそうだ。

 店の外にはハーブの鉢植えが並んでいるカフェは、客の入りはこれからというところで、席にはすぐに通された。

 メニューを手に取った美登里が感心したように言う。

「アレルギー対応メニューもあるんですね。この子アレルギーがあるから助かります」

 そして「どうぞ」と穂香にメニューを手渡した。

「ほんとにね。うちの子もアトピーあるもんだから、やっぱりちょっとでも良さそうなののほうがいいかと思って」

 目の前の母娘は一つのメニューを左右からひっぱりあうようにして選んでいる。あれもこれも美味しそうと、なかなか決まりそうもない。

「これがいい」

 穂香が選んだのはやはりハンバーグで、美登里も笑顔でOKを出した。

 ちょうど江崎親子も決まったらしく、手を挙げてすみませんとウェイトレスを呼んだ。メニューを見せながらそれぞれ注文をしていく。

「それでは、ご注文繰り返します。フィッシュランチ一つ、チキングリルランチ一つ、サンドイッチセット一つ、ハンバーグセット一つ。以上でございますね」

 まとめたメニューをウェイトレスに手渡しながら、はいと美登里が返事をした。

 ウェイトレスが立ち去ってから、江崎が美登里に話しかける。

「ほのかちゃんのアレルギーって酷いほう?」

「酷いときは酷いですね。食べられないものが多いからかわいそうなんですけど……」

 美登里は痛々しげな微笑みを浮かべた。江崎はちらりと穂香を見て切り出した。

「ハンバーグは大丈夫なの?」

「え?」

「だってつなぎに卵使ってるでしょう? メニューにも卵のところに○印ついてたし。卵はアレルギー反応ないの?」

「ああ、卵は大丈夫なんです。お蕎麦とか小麦粉とかピーナツがだめなんです。それからお魚も。そうよね?」

 同意を促されて、穂香はこくりと頷いた。

「でも、ハンバーグのつなぎにパン粉使ってあるんじゃない?」

 美登里の横顔がほんの少しだけこわばった。

「少しだけなら大丈夫なんですよ。薬も持ってきてますし」

「あら、よかったわね。ほのかちゃん。卵が食べられるだけでも大分楽でしょう? 小麦粉なんかは代用品もあるしね」

 気楽そうな笑い声をたてる母親の横で、高校生の娘は曖昧な微笑みを浮かべたまま、じっと穂香を見つめ続けていた。


 他に買い物があるからと、江崎母娘とは店を出てすぐに別れた。

 地下の食品売り場へと下るエスカレーターの上で、美登里は言った。

「ハンバーグにもこれからは気をつけなきゃね」


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