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幻像写真館  作者: 黒木露火
第1話
1/18

悪夢

 そこはいつも夕暮れの教室で。

 さっきまで聞こえていた野球部の気持ちよい打球の音や、ランニングのかけ声はいつしか聞こえなくなっている。

 廊下はまだ床の木目が見えるほど明るいけれど、落ちかけの太陽が赤くあかく、閉ざされた教室の入り口の窓ガラスに反射している。

 行かなければ。

 行きたくない。

 西日の禍々しいまでの眩しさに目を細めながら、私は教室に踏み込んだ。

 とたんに窓越しの太陽に眼を灼かれめまいを起こし、しゃがみこむ。閉じた瞼の内側が悪夢に似た色に彩られる。

 ゆっくりと目を開くと、うずくまった足元には意外なほど影が濃い。

 もうすぐ夜がやってくるのだ。

 そのまま薄暗い机の脚を見つめて、少し目を慣らすと私は立ち上がった。

 教室は赤く染まり、柱と窓の作る黒い十字模様の影で、まるで墓地のように見えた。

 実際、ここは墓地なのかもしれない。毎日、心の中の何かが殺されて埋められていくのだ。


 気が付くと、窓辺に誰かが立っていた。

 それは一人の女の子だった。

 制服を着ている。この学校の。薄手の長袖のブラウスにベスト。中間服というやつだ。

 そうすると今は秋? もしかしたら初夏なのかもしれない。

 窓に背を向けて、窓枠にもたれかかるように腰をかけ、こちらを見ている。逆光で顔は見えない。

「来てくれたんだ。うれしい」

 微笑んだ気配がした。

 声は聞き覚えがある。なのに、私には彼女が誰なのか思い出せない。

 背の高さは高くもなく低くもなく、髪は肩くらいで、そんな女の子、この学校には何百人いることか。

 知り合いなら、今のクラスメイト? 去年の? それとも部活?

 顔さえはっきり見えたら思い出せるはずなのに。

 私は曖昧な笑みを浮かべ、黙ったまま彼女に近づいていった。

 三メートルほどの距離になったとき、彼女はそっと左手を胸の前に延ばし、手のひらを立てた。

 止まれということだろうか。近づくなということだろうか。その二つは似ているが、異なる。

 私は怪訝に思い、彼女をじっと見た。やはり彼女の肩ごしに差し込む斜陽のせいで顔はわからない。髪が軽く風に揺れていた。

「では、はじめましょうか」

 再び微笑んだ気配がした。

 そのとき、私は何のためにここに来たのかを思い出した。

「………!」

 声にならない叫びをあげ、手を伸ばし、机を押しのけながら私は彼女に飛びつこうとした。飛びついて止めようとした。

 その私の目の前を彼女はゆっくりと後ろ向きに落ちていった。

 私の手は、彼女に触れることさえ出来なかった。

 私は救うことができなかったのだ。

 彼女を。

 そして私を。



 次は、私の番なのだ。



〈了〉

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