ヘタレで内気な王子は嘆く
(今日こそは絶対に、絶対にアメリアに言うんだ!)
この国の第二皇子であるレナード・フォン・ローゼンフェルドはそう決意し、騎士団の詰所に向かう回廊を歩いていた。
後ろからは彼の護衛を務めているダニー・グライフが呆れた目でその様子を伺っている。
彼には12歳の頃に婚約した二つ下の婚約者がいる。
名前はアメリア・セルヴァルト。
セルヴァルト侯爵家は代々内務省を務める一族だ。長く王家に仕えてきた縁があり、年齢も近いと言うことで二人の婚約が結ばれた。
セルヴァルト家の唯一の娘で末っ子。ゆえに両親はもちろん彼女の二人の兄から可愛がられている宝だ。
レナードは婚約者としての顔合わせの日、対面したアメリアに一目惚れした。
ふんわりとした栗毛色の髪、意思の宿った若葉色のぱっちりとした瞳。
10歳だというのにはっきりとした受け答えや礼儀作法は大人並みにしっかりしていて、レナードはアメリアの努力を感じ取った。
同じ年でこれほどの礼法を身につけている子女は少ない。王族であるレナード自身もその大変さは実感しているから分かるのだ。
そんな少女にじっと見つめられてレナードは顔を赤くして俯いた。
幼い頃から内気な性格で緊張すると言葉が少なくなってしまうレナードはアメリアからの問いに「はい」や「いいえ」と言葉少なにしか答えることができず、まともに話すことができないまま顔合わせを終えてしまった。
王城に戻った後、年上なのにしっかりと話をリードできなかったことや、ちゃんと顔を見れなかった自分の姿にアメリアはさぞがっかりしただろうと気落ちし、婚約できないかもしれないと塞ぎ込んでいた。
その後、セルヴァルト家から正式に婚約を受ける旨の連絡が届いたことで「あんなに可愛い子が僕の婚約者だなんて、夢みたいだ」と頬を染めて呟くレナードに国王も王妃もほっと胸をなで下ろした。
二人は月に一度のお茶会や文通で交流を深め、成長した。
レナードはアメリアの潑剌とした姿に感化され、少しずつアメリアと目線を合わせて会話することができるようになった。
年齢があがるにつれ王族らしく家族以外の前でもしっかりと話すようになり、その変化を一番喜んでいるのは国王夫妻だった。
そしてアメリアに会うたび、レナードのアメリアに対する気持ちは少しずつ積もり、大きくなるばかりだった。
婚約から8年。レナードは20歳になった。
アメリアも18歳となり誰よりも美しく成長し、レナードは月に一度の茶会でその姿を見ては無言で(心の中では賛辞ばかり述べている)見惚れるばかりだ。
茶会が終わった後は自室でアメリアの可憐さと可愛さを護衛のダニーに語って聞かせるほどにレナードはアメリアに惚れていた。
護衛のダニーから「そういうのはきちんと相手に伝えるべきですよ」と口酸っぱく言われているがレナードが実行できたことはない。
――否、試してはいるのだが言葉少ないレナードの力では、相手に伝わらないのだ。
だからレナードは焦っていた。
アメリアが20歳になる年に二人は結婚式を挙げる。
その準備は着々と進んでいるがその前に確認したいのだ、アメリアの気持ちを。
政略で結ばれた婚約だが、二人の仲が悪いわけでは無い。月に一度の茶会も二人で参加する夜会も難なくこなしている。
そう、可もなく不可もなくと言った具合で「教科書通りの婚約者同士」なのだ。
アメリアの態度は淑女として素晴らしいものだ。常に微笑み、レナードを立て、他者への気遣いも忘れない。
だがそこにレナードへの気持ちがあるか?と聞かれると何も見えないのだ。
結婚の時期が近付くようになり、レナードは改めてアメリアの気持ちが分からないことに気付いた。
(アメリアは自分の事を少しでも好きでいてくれるだろうか)
(アメリアは他に好きな人がいるのではないだろうか)
(アメリアは無理をして自分に嫁ごうとしていないだろうか)
そんなことが頭の中を巡るようになった。
同時に己の気持ちをアメリアに口にして伝えたことが無い自分に好意を抱くだろうか?と思い至り、このままではいけないとレナードはアメリアへ気持ちを伝えようと行動を起こすようになった。
――のだが、それがアメリアに伝わることは未だ、ない。
現在アメリアは王室女性騎士団の副団長として王宮で働いている。
彼女は侯爵家でのびのびと育った結果、剣の才能に秀でていることが分かり、15歳で女性騎士団に志願し、才能を遺憾なく発揮した結果、現在は女王陛下付きの護衛騎士にまで登りつめた。
部下からの信頼も厚く、王妃は「未来の娘が護衛騎士だなんて私は果報者だわ」と茶会を開く度に自慢している。
一方のレナードはアメリアが才能を発揮することに否はないものの、彼女が怪我をしないかと心配しては護衛のダニーが溜息をついて「騎士ならば相手の力量や危険かそうでないかの判断は付きます。もう少し彼女を信じてはいかがですか」と言われている。
しかし頭では分かっていても愛しい人が傷を負うなど考えたくもないものなのだ。
さらに女性騎士団とはいえ、王室騎士団と合同で演習や訓練を行うこともある。
そこでアメリアの強さや美しさに惹かれて、騎士がちょっかいを出しているという噂もダニー経由で伝え聞いている。しかしアメリアはそんな男共を実力でねじ伏せて相手を黙らせているといるらしい。
アメリアの強さに得意げな気持ちになるレナードだが「そもそも第二王子である私の婚約者であるアメリアに粉を掛けようとするとはどういう了見だ!?」と憤慨すれば、ダニーが「殿下が威厳を持ってないせいでは?そのうちアメリア様より強い人がでてきたらさよならされちゃうかもしれませんね」と冗談を言って、レナードのメンタルがしばらくやられたのいうまでもない。
長い回廊を抜け、騎士団の詰め所に辿り着く。
ダニーがドアを開けようとするとそれよりも早くドアが開いて人が出てきた。
アメリアだ。長く伸びた栗毛色の髪をポニーテールにし、白い騎士服に身を包んで凜としている。
気持ちが固まる前に本人に出てこられ、レナードは身体を強張らせて直立不動になった。
アメリアはレナードの姿を捉えると一瞬、目を丸くしたが真顔に戻る。
「レナード様。騎士団の詰所になにかご用でしょうか?」
素早く胸に手を当て礼を取るアメリアに、レナードは顔を上げるように伝え、しどろもどろに答える。
「そ、その…、アメリアに伝えたいことが、あって…」
「私にですか?」
首を傾げるアメリアの仕草も可愛らしいと心の中で感動しながらレナードは口を開く。
そして心に決めていた言葉を、力強く発した。
「アメリア、付き合って欲しい!」
一息で言い放ったレナードの心臓はバクバクとがなり立てた。
(言った、言ったぞ!)
レナードは心の中で拳を握り締めた。いや実際に拳を握り締めていた。
レナードが閉じていた目を開けてアメリアを見ると、アメリアは目を丸くしていた。
(当然だ。私はいままできちんとアメリアに気持ちを伝えることができなかった。それに、婚約をしているのに今更付き合おうなどと急に言われても驚くだろう)
だが良い感触だ。アメリアが少しは意識しているということだろう。
レナードは今まで口にできなかったことを反省した。
これからは素直に気持ちを伝えて、結婚するまでに少しでもアメリアから好意を持ってもらるように努力をして、それからほんの少しでも恋人として――伴侶として――意識してもらうようにもっと努力をしなければとレナードは考える。
その一歩をようやく踏み出せる、と思ったレナードだったが、
「どちらにでしょうか?」
「え?」
アメリアの反応は無情だった。
「執務室ですか?訓練場でしょうか?それとも城下の視察ですか?」
「え、あの…」
「殿下、どちらにお付き合いすればよろしいでしょうか?」
「そういう意味のお付き合いじゃ無くて…」
「ではどういった意味でしょうか?」
「わ、私とアメリアの個人的なことで――」
「…殿下。王宮では執務外の個人的なお話は控えるように以前お伝えしていたかと存じます。私用なお話でしたら後日手紙にて日時と場を設けて下さいませ。それではこれから騎士団長と訓練を致しますので失礼致します」
彼女は美しい敬礼をするとピンと背を伸ばして去って行った。
アメリアの後ろ姿を見送りながらその場にぽつんと立ち尽くすレナード。
(今日も、今日もダメだった…)
哀愁を漂わせて立ち尽くす主君の後ろで護衛のダニーが肩を竦めて溜息をついた。
「殿下、それじゃ絶対伝わりませんって。ちゃんと『好き』って言わないと」
「すすす、好き!?」
顔を赤らめてレナードはダニーの言葉に大仰に反応した。
「そうです。今まで伝えていた『一緒にいたい』『そばにいたい』『離れたくない』『付き合ってくれ』だけじゃ伝わりません。アメリア嬢のような方の場合は直球で伝えないと意味がないです」
「そんな…好きだなんて…」
「恥ずかしくて言えないとか駄々こねてる場合じゃ無いですよ。結婚するまでにちゃんと好意を伝えたいんですよね?しっかりしてください」
「――わかった。つ、次はそう伝える、…ようにする」
「次じゃ無くて今すぐがいいと思うんですけどね」
まぁきっと次も伝えられないんだろうな、とダニーは残念な気持ちで王子を見つめる。
同時にアメリアが過ぎ去った方向を見つめながら(アメリア嬢の方は…、本当は殿下の真意が分かってそうな気がするんだけどね。そうだとしたらなんとも恐ろしい人だ)と肩を竦めた。
内気でヘタレな皇子の分かりにくいアタックが実るまでの道程は――長い?




