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プロローグー2

 「なんか毎回微妙に緊張しない……? 礼拝のときって。」

礼拝堂を出て、一つ息を吐いた後、母にそう話しかける。

「わかるわぁ~。ルルもそうなのね。なんか悪いことしてた気になっちゃうのよね、あそこにいると。」


 月に一度訪れる終末、ラグナロクを翌日に控え、礼拝堂の周囲は人でごった返していた。ラグナロクという名前は、王都で語り継がれ続ける神話における世界の終わりを指す呼称からとっているそうだ。


「……明日も、無事に迎えられるといいわね。」

母が呟く。

「……大丈夫だよ。今までだって大丈夫だったんだから。」


 ラグナロクの日の午前6時、太陽が昇る頃に、天から神の光が降る。空から降ってくるその巨大な光に世界中が包まれた後、世界の一部が「終末」するのである。

「終末」に選ばれた人間や動物は消滅する。自然や人工物は破壊される。そして、光が消えた後、終末を逃れた存在により、世界はまた回り始める。

毎月のことだ。もしかしたら明日俺は消えるのかもしれないが、そうなったらもう受け入れるしかない。来月も、再来月も、そのまた来月も、毎月その日はやってくるが、何も悲観することはない。ラグナロクからは誰も逃れられないし、終末の光に選ばれたのなら消えるしかない。まぁできることといえば、こうしてラグナロクの前日に礼拝を行い、神に選ばれないよう祈ることだけだ。無論礼拝に行っても選ばれるときは選ばれるのだろうが、せめてもの足掻きだ。気持ちの問題もある。


「ラグナロクは神による生物の選別である! 悪を為した者は明日裁かれ、善人による新しい世界が幕を開ける、ああ、全なる神よ――」

礼拝堂の脇で、いつもの騒々しい叫びが聞こえてくる。

「まったく、あの人たちはいつもああやってうるさいこと……」

母は溜息をつく。ラグナロクに絡んだ教義を持つ宗教団体は複数存在するが、彼らテルミナ教はとりわけ声が大きく、攻撃的だ。

「あんなこと言われたらさ、余計に礼拝の時ドキドキしちゃうよな、なんか悪いことしてたんじゃないかーってさ。」

そんなことを話ながら、俺たちは帰路についた。


 昼食を食べ終えてしばらく経った頃、俺の部屋に一羽のフルールが飛来してきた。

「伝達フルール……? なんだろう。」

フルールは俺の手元に手紙を落とすと、窓から飛び立っていった。

封をとき、手紙の中身を確認する。差出人は……ああ、シーベルか。

それで、内容は……

(16時から西の広場で魔馬のセリ市があるんだけどよかったら一緒にどう? あたしが狙ってる一頭も出るらしいんだよね。もちろんあたしは礼拝済ませたよ! ルルも礼拝の予定とかなければ行こうよ!)

礼拝の日なのにセリ市があるのか……。まぁ今回のラグナロクは早めの周期で来てるし、仕方がないのかもな。

僕は魔馬は間に合ってるんだが……まぁいいか。特にやることもないし。

自分のフルールを寄せ、返事を書いた手紙を持たせて飛ばせた。


***


「ルル! こっちこっち! もう始まってるよー!!」

広場に到着すると、少し離れた席からシーベルの元気な声が聞こえてくる。声の方向には、いかにも快活げな少女が大きく手を振っていた。

「ごめんごめん、思ったより始まるの早かったね。」

シーベルの下に駆け寄ると、彼女は興奮冷めやらぬ声で話し出した。

「来てくれてありがとねルル! 私が狙ってる子はまだ出てないんだけどね、いやぁ~どの子も可愛くていいなぁー!!」

 シーベルとは幼い頃から家族ぐるみでの付き合いがある、いわば幼馴染というやつで、僕にとっては最も交友関係の深い友達の一人だが……魔馬を前にしたときのこの興奮のしようは、未だに慣れないな……。

「続いては照会番号11923番、11923番の魔馬になります――」

場内アナウンスが響くと、シーベルは一瞬にして目を見開くと、席を乗り出して登場した魔馬に視線を向けた。

「来たぁーッ! 11923番の馬! 今回はこの子を狙ってたの!」

シーベルは一層興奮した様子で紹介された馬に注目する。

「それでは、照会番号11923番、10万ペリーから――」

「はい!!!」

セリが始まった瞬間から勢いよく手を挙げるシーベル。さて、周りの客の様子は……

「……。」

あまり反応はない、どころか、まったく誰も手を挙げない。魔馬のセリでここまで人気がない馬も珍しい。多少不人気な馬でも、普通何度かは競られるものだが……。

「では、そちらのお嬢ちゃん、10万ぺリーで落札!」

鐘が鳴り、あっさりとシーベルが落として終わってしまった。

「いやったぁー!! 無事に手に入ってよかったー!! 絶対大事にするっ!」

シーベルが嬉しそうでよかった……が、ここまで不人気な馬となると少し心配にもなる。


 とはいえ、これは今回に限ったことではない。セリ市には何度か同行したことがあるが、シーベルが目当てとする馬はいつも人気がない。本人的には馬の目利きにこだわりがあるようなのだが、どういう基準を持っているんだろうか、といつも思う。

「よかったなシーベル。その子につける名前は考えてあるの?」

「これがいいなってのはもう決めてるよ! でもルルにはまだ内緒。 今度うちの牧場に来た時に教えてあげるよ!」

満面の笑みで彼女は答える。


 シーベルの実家は牧場を経営をしており、彼女は今その手伝いをしている。取り扱う動物は多岐にわたっており、食用の一般動物より、魔力を体内に持った「魔生物」を特に重点的に飼育している。

遠出をよくする彼女は特に魔馬が好みのようで、売り物とは関係なく個人的にこうしてセリに出る魔馬を購入しては個人的に飼育している。

「そっか、じゃあ諸々の手続きが済んだら教えてくれよ。またおじさんおばさんにも挨拶したいしな。」

「おっけおっけ! パパもママもルルに会いたがってたよ~。 最近あんま顔出してなかったからさ――あ、みてみて、今会場に出てる馬! 目元とかめっちゃ可愛くない!?!?」

シーベルはまた会場中央に目線を向け、興奮気味に話し始めた。魔馬を前にしたときは一層だが、彼女はいつも元気で、話しているとこちらまで明るくなる。まぁ、疲れるという側面もあるが……牧場の看板娘になるのも頷ける人当たりの良さだ。


***


「いやー大満足だったよー! 今日は来てくれてありがとね! また牧場来てね!! ママさんにもよろしく~。」

シーベルと別れると、もうすっかり日が落ちていた。

家路につき、見慣れた扉を開けると、シチューの良い香りがしてきた。

「おかえりルル。晩御飯はもう少し待ってね。」


 リビングで晩御飯を待っている間、ふと、壁にかかった写真を見ていた。

魔術学校に入学した時に撮った、母と二人の写真。前回の王国パレードの時に、シーベルの家族と一緒に撮った写真。学園祭で僕が表彰された時の写真……。かかっている写真は最近のものが多い。

しかし、僕が幼かった頃に撮った写真もある。そこには、家族三人の姿がしっかりと映っていた。僕と、母と――——父さん。

「ルル、そんなにまじまじと写真なんか見ちゃってどうしたの。」

食器をテーブルに運びに来た母が僕に話しかけてきた。

「ああ、いや、別に何かあるわけじゃないんだけど、なんとなくね。」

「そう? 明日がラグナロクだから、何か思うところがあるのかと思ったわ。」

そういえば明日はラグナロクだった。俺が生まれてから、一体何度目なんだろう。200回は超えているはずだ。

特別なものじゃない。言い聞かせるようにその思考を回す。ラグナロクは世界の一部であり、毎月の通過儀礼。当たり前のようにやってくるんだ。明日も……。


「ルル、食事の用意ができたわ。いただきましょう!」

母の声を聞いた僕は食卓に着く。

「いただきます。」

シチューは母の得意料理だ。小さい頃から僕は母のシチューが好きで、祝い事の度にリクエストしていた。外食は美味いが、母の手料理というのは、やっぱり特別だ。このシチューを食べる度にそう思う。

「そういえばルル、魔術協会から就職先に送る用の書類届いてたわよ。あっちの机の上に置いといたからね!」

「ああ、ありがと。」

僕は先月の末に魔術学校を卒業し、新年度から王国直属の魔道具工房で働くことが決まっている。そういえば卒業式の日や働き先が決まった日もシチューだったなと思い返す。


「今日は夕方から何してたの?」

母が俺に聞いてくる。

「シーベルに付き添って西の広場のセリ市を見に行ってたよ。」

「あー確かに今日は魔馬のセリの日だったわねぇ。シーベルちゃんは元気そうだった?」

「そりゃあもう、元気すぎるくらいだよ。今日も目当ての馬を手に入れられたみたいで、もうテンションマックスだよ。あいつってほんと馬のことになるとタガが外れるよなぁ。」

俺がそう言うと、母はにっこり笑って返す。

「あの子は元気すぎるくらいがいいわよ。久しぶりにご両親とも話したいな。」

「牧場に顔出してほしいって言ってたよ。僕の仕事が始まる前に行こうよ。」

「そうね~。そっかぁ、ルルももうすぐ働くんだもんねぇ。」


 感慨深そうに微笑む母を見て、なんだが恥ずかしい気持ちになる。礼拝の時といい、母はまだ少し僕を子ども扱いしている節があるのではないか、と時折思う。まったく、もう二十になる立派な大人だっての。


 そんなことを考えていると、目の前の母の表情に、なんだか影が落ちているように見えた。

「母さん?」

僕が不思議そうにそう声をかけると、母はその面持ちのまま口を開いた。


「……父さんも、きっと喜んでるわ。」


「……。」


母の言葉に、場の空気が重くなる。


「そうだね、きっと父さんも今頃ヴァルハラから僕を見て喜んでくれてるだろうよ。」


こんな話になるのは、明日がラグナロクの日だからだろうか。

ラグナロクの前日、母は時々父の名前を出す。


「さっきね、ルルが壁の写真を見てた時、もしかして父さんのこと思い出したりしてたのかなって、思ってね。」

母が続ける。

「それで、ちょっと思ったりしたんだけど。」

母は少し黙った後、口を開く。


「ルル。寂しかったりした?」


母の言葉に、僕は――きっと少し驚いた表情をしただろう。


「え、寂しいって……?」


「いやね、結構小さい頃に父さんいなくなっちゃったじゃない? やっぱり、それで今まですごく寂しい思いとか、辛い思いをしてきたんじゃないかなって、そう思うことが度々あるの。ルルはあんまりそういうの言ってきたことはなかったけど、強がってるだけで、心の中ではしんどいのを隠してたりするんじゃないかなって。」


「急にどうしたの、大丈夫だよ。父さんがラグナロクに選ばれたのは仕方ないことだし、別に珍しいことじゃないじゃん。ラグナロクの度に一部の人は消えていく。それがルールなんだし、神様の御業なんだからさ、どうこう思ったりしてないよ。」

僕がそう言うと、母は心配そうな声色で答えた。


「うん……。でもね、いくらラグナロクでも、天の思し召しだったとしても――——大切な人を失うのは、悲しいじゃない?」


僕は、口をつぐんでいた。


「仕方ないことかもしれないけど…………私はね、本当に悲しかった。心から辛かった。父さんがいなくなってね、正直、神様を心の底から恨んだわ。」


「……。」


「だからこそまだ幼かったあなたのことが本当に心配で、あなたの人生はできるだけ明るいものであってほしくて、精一杯頑張ろうと思った。それからあなたが立派に成長して、シーベルちゃんをはじめお友達にも恵まれて――魔術学校でいい成績を残してくれたときは誇らしい気持ちでいっぱいだったけど、何より、あなたがたくさん笑顔を見せてくれてすごくうれしかった。」


「……母さん。」


「正直ね、ラグナロクの度に心配になるの。父さんがいなくなった時みたいに、またあなたに辛いことが起こってしまうんじゃないかって。礼拝の時はそれが不安で、そうならないことを祈ってる。」

母は努めて笑顔を見せながら続けた。

「……まぁ結局のところね、あなたは父さんが消えた後の骸灰を見たとき、なんともないような顔してたけど、ほんとのところはすっごくつらかったんじゃないかなって。その後も、辛い思いを引きずってるんじゃないかって。ずっとそんなことを考えてるの。でも、そうじゃなかったならそれは何よりだわ。楽しそうな姿を見て、思い出話をたくさん聞いて……そんなこんなで、もう大人になるのね。うれしいな。」


 シチューを食べる手を止めて、話を聞いていた。

父さんが消えた日の風景は、今でも鮮明に覚えている。

ラグナロクの光が世界を包んだ後、父さんの部屋にいったら、そこに父さんの姿はなくて、骸灰と呼ばれる、ラグナロクで消えた生命体の痕跡である砂粒みたいなものだけが、残されていた。

母さんは、泣いていた気がする。僕は、どうだったかな。涙は出なかった気がする。ラグナロクがやむを得ない事象であることはわかっていたし。具体的なイメージはついてなかったけど、いざそれを目の当たりにしても、それほど感情は動かなかったような気が――いや、そこはあんまりだな。風景は映像として残っていても、心の内までは覚えてない。


 僕は、重い空気を破るように、ゆっくりと口を開く。

「母さん、ありがとう。父さんには、もちろん今も僕のことを隣で見ていてほしかったけど、でも大丈夫だよ。父さんが消えたことが、僕の人生に影を落としたりはしてない。母さんのお陰だよ。これからだってそうだ。せっかく国内有数の魔術工房に配属されたんだから、多くの人々の役に立つような仕事をして、母さんにもたくさん恩返しするよ。さ、食べよう。せっかく大好きなシチューを作ってくれたのに、楽しい話をしながら、あったかいうちに食べないと、もったいないよ―—」


***


 その夜、僕は布団に入ってすぐに眠りにつこうとした。が、どうにも寝付けない。夕食の時の会話が頭の中をぐるぐる回っているからだろう。

「寂しい、か。」

僕はなんとも感じていなかったのか。寂しかったのか。悲しかったのか。どうなんだろう。ラグナロクによる終末は誰しもが受け入れるものだし、それで肉親が消えてしまった僕のような人間は、別に珍しくない。それで気を病んですべてを投げだして……なんて、そんな話はあまり聞いたことがない。ラグナロクは当然のもの。生まれながら皆がそう認識しているからだ。


「大切な人を失うのは、悲しいじゃない?」


 母の言葉を思い返す。まぁそりゃぁ……父さんがいなくなって思うことはある。父さんは僕にとっても憧れの人だったし、幼い僕にとっては唯一無二の存在だった。

でもラグナロクは……しょうがないじゃないか。いくら父さんが強くても、あの光の前には無力なんだ。誰かが悪いわけじゃない。受け入れてまた前に進んでいくしかない。確かに、あの時は少し寂しかったかもしれないが、僕はそれを受け入れて、前に進んできた。そうだ。これからだってそうさ。


 そうして僕は固く目を閉じる。記憶に蓋をするように。そして、ぐるぐる回る思考を沈め、眠りに意識を落とすべく頭の中を無に帰す――


 いつも通りだ。いつも通りの一日が終わるだけ。先月と、今までと同じように礼拝を済ませ、明日のラグナロクを迎える。そうしてまた、新しい一日を迎えるんだ。


 いつの間にか僕の意識は闇に落ちた。

そしてそれから時は流れ、早朝。日が昇る頃、世界は、大いなる光に包まれる――


***


 目が覚める。強い光に瞼の裏を刺激されたような気がする。きっと、ラグナロクの光だ。

まだ起きるには早い。もう一回寝よう。そう思ったが、カーテンの隙間から差す朝日が僕の眠りを妨げる。


どうにも寝付けないな。


そういえば腹も減った。何か、食べよう。


そう思って一階へ降りる。


リビングには、朝日が差していて、いかにも明け方の風景という感じだ。


まだなんとも薄暗い部屋に日の差す様子は、静けさとともに、僕の心を落ち着ける。


キッチンの方を漁ってみよう。


音のない部屋を、ゆっくり歩く。


キッチンにつく。


足元に目をやった。


そこで僕は目にした。


窓から差す朝日を浴びてキラキラと輝くソレは――——かつてそこにあった命のあとがき。


床に広がる骸灰を目にした僕の思考は、停止した。

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