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プロローグー1

 「ルル、そろそろ起きなさーい。朝ごはんが冷めてしまうわ。」

階下から聞こえる母親の声に、俺はむっくりと起き上がる。


「はいはい、今行くよ母さん。」

 朝日が目に染みる。こんな日でも起きるのが憂鬱になるあたり、我ながら呑気なものだ。

ゆっくりと階段を降りると、ビリアベリージャムの香りがしてきた。今日もいつものトーストか。いくらビリアベリーがこの町の特産とはいえ、擦りすぎではないだろうか。


「おはようルル。早く朝ごはんを食べて礼拝に行きましょう。早くしないと混みあってしまうから。」

母は忙しいそうに食器を洗いながら俺に挨拶する。そうだ、今日は礼拝に行かないと。

「おはよう母さん。……最後の朝食になるかもしれないのに、やっぱりジャムトーストなんだな。別にいいけど。」

俺は髪を搔きながらそう返す。

「そうならないといいわね。それに、別にビリアベリーのトーストで十分おいしいんだからいいじゃない。」

「……まぁね。」


 顔を洗って食卓に着く。

「いただきます。」

トーストはいつも通り美味かった。ペロッとたいらげ、食器を片付ける。歯を磨き、着替える。今日は礼服にしないとな。


「ねぇ母さん、俺の魔道具袋どこにやったか知らない?」

「いつも持ち歩いてるやつ? それなら機能の上着のポケットに入ってた気がするけど。」

「ああ、そうだったかも。ありがと。」


 上着から魔道具袋を取り出すと、中からステッキを引っ張り出し、ウォーミングアップの魔術をいくつか唱える。朝はこれをしないと一日の調子が出ない。


いつも通りだ。いつも通りの朝の風景。しかし、今日はいつもと違うことがある。


「準備できたー? そろそろ礼拝所に行かないと。」

母が遠くの方からそう声をかけてくる。

「ああ。……いや、あとちょっとだけ待って。」

俺は急いで外出の準備を済ませる。さっき母も言っていたが、早く行かないと混んで面倒なことになってしまう。


「よし……もう大丈夫だよ母さん。行こうか。」

準備を済ませた俺がそう言うと、俺たちは玄関へ向かう。

「はぁ、この時間ならギリギリ順番待ちは少なく済むかしらね。あんまり長く並ぶことにならないといいけど……。」

母はそう言いながら玄関のドアを開いた。外は気持ちの良い晴天だ。


 朝っぱらから町は随分と騒々しい。人の通りが多く、そのほとんどが礼服を着て、同じ方向へ歩いていく。

そう、今日はいつもと違い、礼拝に行かなければいけない。それも俺たちだけでなく、この町の、いや、この世界のほとんど全ての人間がそうだ。


 俺たちが住む家から礼拝堂までは歩いて5分ほど。我が家は結構いい立地にある。

巨大な礼拝堂の前に着くと、既にかなりの人だかりができていた。

「あらら、やっぱりもうすごい人……。もう、あんたがもうちょっと早く準備してくれれば……。」

「ごめんだって。まぁいいじゃん待ってれば絶対俺たちの番は回ってくるんだし、今日は他に予定もないだろ?」

「まぁそうなんだけどさ~……。」


 母も俺もいつもの調子だ。いつも通り、いつも通りの俺たち。

しかし、いつもと違うこともある。なぜ今日は誰もが礼拝をしないといけないのか。

それは――


「ルル、そろそろ私たちの番だけど、礼拝のマナーは覚えてる?」

しばらく並んで待っていると、母が俺にそう話しかけてきた。

「覚えてるよ。もうこれで何度目の礼拝だと思ってるの。俺が作法を間違えちゃったのは初めての礼拝のとき、もう十年以上も前の話ね。先月の礼拝で失敗したならまだしもさ、毎月そんな心配してくれなくても大丈夫だって。」

「ふふ、懐かしいわね。初めての礼拝のとき、作法を間違えたあなたを見て父さんすごい焦っちゃって、導師さんに何度も頭下げて……小さい子供が作法を間違えることなんて珍しいことじゃないのにね。」

「もう何回も聞いたよその話は。俺はそんな小さい頃のことなんて覚えてないけどさ。」

そんなことを話している間に、俺たちの番が来て、ようやく礼拝堂に足を踏み入れる。

中は少し古びているが、荘厳とした雰囲気を感じる。正面にいる聖職者が俺たちに声をかける。

「よくいらっしゃいました。それでは、十三番のお部屋へどうぞ。」

案内に従って俺たちが十三番の待合室に入ると、中にはテーブルと、椅子が四つ。注意事項の書いた紙がテーブルの上に置いてあった。

俺たちが椅子に座ると、母は注意事項の紙を手にとった。

「あんたも読んどいたほうがいいんじゃないの?」

「いやいや……もう何十回も読んでるし。今更いいよ、読まなくて。」

俺が答えると母は「ふーん。」と言うと注意事項に目を通し始めた。

静寂が部屋を包む。なんでもない風を装いながらも、礼拝を待つこの時間はどうに緊張する。最近悪いことをしていなかったかと、過去の自分を回想し、些細なことを思い出しては不安になる。実際は大したことじゃなくても、今だけは繊細になってしまうのだ。


「お待たせしました。それでは礼拝室へどうぞ。」

しばらくして声がかかり、第十三礼拝室へ進む。

扉を開けると、正面に大きな神像と、導師の姿が見えた。

「ようこそ、レイニスの民よ。どうぞ、こちらに。」

導師の指示に従い俺たちは所定の位置に着き、神像に向かって膝をつく。

それを見て導師はゆっくりと口を開く。


「では、礼拝を開始します。」

導師は『コイノスの祈り』と呼ばれる言葉を唱え始める。俺たちは片膝をつき、下を向いて手を合わせながら、黙ってそれを聞いていた。


 胸に接触した右ひざが、心臓が高鳴りを反響する。なぜこの瞬間はこんなにもドキドキするのか。毎月あることなのに。

いつも通りの朝の日常から一変する。今日は、月に一度、いつもとは違う特別な日だ。——厳密に言えば、特別なのは明日だが。

そう、なぜ今日はいつもと違うのか、なぜ今日は誰しもが礼拝に訪れるのか。それは――


「……以上、『コイノスの祈り』になります。それでは、お二人に……明日の"ラグナロク"を超えるための祝福を授けます――。」


―—明日は月に一度、世界の終わり『ラグナロク』が訪れる日だからだ。


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