わたしの見ていた世界、きみの見ていた世界
「もう、いいよ」
その言葉を最後に、ふたりはしばらく話さなくなった。
親友だったのに、互いの目を見ることも、名前を呼ぶこともできなかった。
理由なんて、今となってはよくわからない。
ただ、お互いに「分かってくれなかった」と思っていた。
わかってくれないなら、それでいい。
そう思ったはずなのに、心はなぜかずっと重かった。
***
ある日、同じ帰り道で、偶然に顔を合わせた。
気まずさを抱えたまま、それでも同じ方向へ歩き始めた。
沈黙の中、彼女がぽつりと言った。
「私、あのとき泣いたんだよ。家に帰って、ひとりで」
「……どうして?」
「言いたいこと、全部飲み込んだから。怒ってたけど、怖かったの。嫌われるのが」
もう一人の彼女は、立ち止まった。
「私も……あのとき、自分の言葉で傷つけた気がして。謝りたかった。でも、怖かった」
互いの声は震えていた。けれど、それ以上に温かかった。
「ずっと、自分の世界の中でしか考えてなかったんだなって、思った」
「わたしも。自分の痛みばっかり見てて、きみの気持ち、聞こうとしなかった」
それは、互いの“世界”を言葉で差し出すような時間だった。
「ねえ、また話していい?」
「うん。聞きたい。わたしが知らなかった、きみの見ていた世界を」
ふたりの間に、柔らかな風が吹いたような気がした。
それは、語り合い、聴き合うことで生まれた新しい世界の始まりだった。
互いに閉じていた心が、少しずつ重なって、
ふたりの間に、再び共有できる景色が戻ってきた。
もう一度、名前を呼んだとき、
それは怒りの続きではなく、やっとたどり着けた「あなた」への声だった。