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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うわさ流し

作者: 畝澄ヒナ

ねえ、知ってる?

『うわさ流し』っていうサイト。そこに噂を書き込むと、その噂が本当になるんだって。


「はあ、最近つまんないの」

美顔ローラーをコロコロしながらため息をつく女子高生、飯島千帆(いいじまちほ)。変わらない日常に嫌気がさしている。

茶髪にツインテール、このクラスの一軍に君臨する、わがまま女子高生だ。

そんな千帆が休み時間、友達としゃべっていた。

「それならさ、面白い話があるんだけど」

友達の一人が千帆に持ち掛ける。後ろの席にいる地味なクラスメイトに少しだけ意地悪してやろうと。

「いいじゃん、さんせーい」

そう言って立ち上がった千帆は、そのクラスメイトの机にわざと飲み物をこぼした。ノートに書き込みをしていたクラスメイトの手が止まる。もちろん、手もノートもびしょびしょだ。

「ごめーん、手が滑っちゃった。後片付けよろしくー」

クラスメイトは仕方なく廊下から雑巾を持ってきて、床と机を掃除し始めた。

「ああ、楽し」

千帆は小さく呟いて教室を後にしてトイレに行く。

「あーあ、メイク崩れてんじゃん」

校則ではメイクは禁止、ただ千帆には関係ない。制服は当然のように着崩している。こんなことをしていても先生に咎められないのは、この学校がかなりの不良学校だからである。

派手なメイクを直し終え、教室へと戻る。既に授業開始のチャイムが鳴った後だった。

「飯島、どこで何してたんだ。授業始まってるぞ」

「ちょっとトイレに行ってただけじゃん、うざ」

先生にもこの態度である。

「まあいい、授業続けるぞ」

「つまんな」

授業中はもっぱらスマホ。ネットの裏垢に生徒や先生の悪口を書く毎日。先生も見慣れてしまったのか注意すらしなくなった。

そんな千帆の日常に、転機が訪れる。


「ねえねえ、あの生物担当のクソ教師、辞めるらしいよ」

千帆の友達は楽しそうに話し始める。

「えー、急に? ラッキー」

スマホをいじりながら教師の退職を喜ぶ千帆。

「実は、それ私のおかげなんだよねー」

「は? 何それどゆこと」

困惑する千帆に友達は説明する。

「『うわさ流し』ってサイトがあるんだけど、それが超面白くてさ。書いたことが本当になるんだよ」

「何、オカルト系?」

「本当なんだって。サイトへの行き方教えてあげるから、千帆もやってみなって」

千帆が聞いたサイトへの行き方はこうだ。

自身のメールアドレスに「うわさ流し」という件名でメールを送ること。

興味半分でやってみることにした千帆は、家に帰るとすぐにパソコンを起動。言われたとおりにメールを送信。数分後、知らないアドレスからメールが届き、それにはリンクが貼られていた。

「うわ、マジじゃん」

千帆はすぐにリンクをクリック、『うわさ流し』というサイトに行くことができた。

「ここに噂を記入してください」

「ただし、『~らしい』で締めること」

珍しい条件に沿って記入欄に適当に入力し始める千帆。しばらく悩んだ末に『投稿』ボタンを押す。


「明日の授業が全部自習になるらしい」

実に高校生らしいくだらない噂。特に期待はせず、千帆はパソコンを閉じた。


翌日、千帆は驚きで教室前で立ち尽くしていた。

黒板には「本日自習のみ」と書かれてある。昨日あのサイトに書き込んだことが本当になったのだ。

「マジだったんだ、何これ、最強に面白いじゃん」

思わずにやけてしまう千帆。自分の思い通りになってしまう楽しさを知ってしまった。

同じ噂は連続では流せず、投稿自体も一日一回しかできない仕様になっている。

こうなるともう止まらなくなって、一日一個書き込みをするようになった。


「自販機のお釣りがしばらく残っているらしい」

「明日〇〇が○○の前で滑ってこけるらしい」

「学食が一週間タダになるらしい」


思いつく限りのことを書き続ける千帆。悪口を書き込むよりも楽しくなっていた。

「あー、次は何にしようかなー」

そろそろ書くこともなくなってきて、千帆は飽き始めていた。

とりあえず、自分に有利になるような事象を交代で書き続けていた。

ただ、千帆は最近違和感を感じるようになった。

「なんで私が退学なのよ!」

千帆の友達が職員室の前で騒いでいた。先生と何やら揉めている。

「君、援助交際してるでしょ、証拠はそろってる」

「は? そんなことしてないし!」

「言い訳しても無駄だよ。もう決まったことなんだから」

この一週間後、千帆の友達は退学処分となった。

千帆が感じている違和感はどんどん増えていった。

「あれ、お釣り出てこない。なんだよ、故障?」

自販機で飲み物を買ったとき、お釣りが出てこないことがしばらく続いた。

その度に千帆は自販機を蹴り飛ばし、悪態をついた。

それが落ち着いたと思っても、違和感は消えない。

「きゃあ! 痛ったあ」

生徒がたくさんいる中で盛大にこけてしまった。

「何よ! 見世物じゃないんだけど!」

恥ずかしさで耐え切れずトイレに駆け込んだ。

「もう、何なのよ」

それだけではない。違和感はもっと強くなっていく。

「学食金額倍になってんじゃん、こんなの買えないっつーの!」

「そんなこと言われてもねえ」

千帆は学食のおばちゃんに文句を言い続けるが、もちろん軽くあしらわれてしまった。

「何これ、おかしいじゃない、うちばかり不幸で……!」

この憂さ晴らしにまたサイトに書き込む千帆。


「○○高校の飯島千帆以外の生徒が雨に濡れるらしい」

「掃除当番が飯島千帆に回ってこなくなるらしい」

「○○のペンが全て出なくなるらしい」


その内容は徐々にハードなものになっていった。

しかし、一か月後になるとまた不幸ばかり起こるのだ。

「急に雨降るなんて聞いてないんだけど! もうメイク台無しじゃん」

メイクが崩れ、学校に着いてからメイクを直す羽目に。

「飯島、お前今日掃除当番だろ」

「そんなの知らないし、てか、昨日も今日も言ってくるのうざいんだけど!」

「だって、しばらくは毎日お前が掃除当番のはずだろ」

「は? 意味わかんないんだけど」

掃除当番表には千帆の名前しか載っていなかった。

「こんなの書き直せば……あれ? ペン出ない……」

気が付けば持っている全てのペンのインクが出なくなっていた。

「おかしい、おかしい……!」

おかしいことには気づき始めていた。しかし、千帆は重要なことに気づかない。


「嫌いな奴の友情が壊れるらしい」

「○○先生が謹慎処分になるらしい」

「道端で知らない人がカツアゲに遭うらしい」


ストレスが溜まり続ける千帆。書き込みもエスカレートしていく。

「ねえ、知ってる? 『うわさ流し』っていうサイトでさ……」

「もしかしてあんたなの? うちを不幸にさせてんの」

「え、何言って……」

「正直に言いなさいよ!」

千帆は友達と口論になった。もしかしたら誰かがサイトに噂を流しているのかもしれないと、そう考えたのだ。

「誤解だって、私は何も……!」

「うっさいなあ! この嘘つき!」

友達に思いきりビンタをかました千帆。怒りが抑えられなくなっている。

「あんたのせいだ、あんたのせいでうちが不幸になるんだよ!」

「やめて、やめてよ……!」

うずくまる友達に、千帆は容赦なく暴力を加えていく。もう生徒では手がつけられなくなっていた。

「何やってるんだ!」

先生が止めに入る。それでも暴れ続けた千帆は一週間の自宅謹慎となった。

「なんで、なんでなんだよ……!」

千帆は爪を嚙みながら近くのコンビニまで歩いていた。その時、大柄な男と肩がぶつかった。

「痛ってえな、女、謝罪もねえとはいい度胸じゃねえか。治療費、払えや」

「そ、そんな金あるわけないでしょ!」

「いいから金よこせ!」

「何すんのよ! この泥棒!」

無理やり財布を取られてしまった。千帆はその場にへたれこむ。

「何よこれ、うちばかり、おかしいじゃない……」

ぶつぶつ言いながら家に帰り、部屋に引きこもった。

「千帆、どうしたの、もう謹慎も解けたんだから学校に……」

「うるさいババア! 黙ってろよ!」

完全に引きこもりになってしまった千帆。母が話しかけてもこの有り様だ。

「こんなはずじゃなかったのに!」

暗い部屋で一人、泣きながら愚痴ばかり吐く日々。千帆の精神は崩壊しかけていた。

「そうだ、みんなも不幸になっちゃえばいいんだ……」

おもむろにパソコンを起動する。開いたのは『うわさ流し』だった。


「飯島千帆を不幸にした奴は殺されるらしい」


千帆は勘違いしていた。自分が不幸になったのは誰かが『うわさ流し』に噂を流したからだと。だがそれは違う。『うわさ流し』の注意事項をよく読まずに書き込んでいた千帆が気づくはずもなかったのだ。

注意事項は以下の三点。

「曖昧な噂は反映されない」

「過去の事象を変えることは許されない」

「書き込んだ全ての事象は反転し繰り返される」

三つ目を理解できなかった千帆はもう手遅れだった。

書き込み投稿した内容は変更不可だ。


「これで、うちはまた普通の生活に戻れる……」

ふらっと外に出た千帆。目の下にはひどいクマができている。足取りもおぼつかない。

しかし、書き込みをしたことで少し心が晴れやかになった千帆は、背伸びをしながらその辺をぶらぶらと歩いていた。

「うちは、やっと……!」

信号待ちをしていたその時、後ろからぽんっと誰かに背中を押された。勢いよく道路に飛び出した千帆は……。

一瞬の出来事に、遅れて悲鳴がこだまする。そして慌ただしく人が動き出した。

「女の子がトラックに……!」

「誰か救急車を!」

周りが騒がしくなる。救急車のサイレンが忙しなく鳴り続け、千帆を運んでいく。意識はもちろんなく、血まみれになり、腕や足はあらぬ方向に曲がり、目も当てられないような姿になった千帆を、大勢の野次馬が見ていた。

そんな中、にこやかに千帆を送り出す者がいた。

「これでもう、ノートを汚されずに済むよ、飯島さん」

フードを深く被った何者かは、静かにその場を立ち去っていった。


こうなることは必然だった。なぜなら、千帆を不幸にしたのは千帆自身なのだから。

「書き込んだ全ての事象は反転し繰り返される」

それはつまり「行いは自分に返ってくる」ということだ。

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