7,しにがみの次の任務
生暖かい風がふく。心地良い風はすっかり消え夏に向けて着々と若葉が新緑していく5月。太陽も随分高く昇っている昼前。
そんな大きな木の上に後藤光先は潜んでいた。
これから任務をこなすため、学校の校庭の木に隠れている。
(学校ってどんなところなんだろう……)
光先は学校の存在は名前でしか知らない。通っていたのか分からないが生前の記憶はない。そのためそんな風に学校を不思議な気持ちで眺める。
自分と同じくらいの子がたくさん集まって学習することは覚えている。知識は頭の中にある、経験が消えたのだ。
校庭を男子中学生たちが楽しそうにスポーツをしている。あれは体育といった授業だったか。
しかし光先は興味はあるが通いたいとは思わない。今の任務が優先なのだ。
(今日は両手でしっかり持って構えないとな)
校舎から少し離れた大きな木。当然スナイパーライフルを置ける場所は存在しないので今日は構える形になる。
光先は木の上にも関わらず器用に白いバックからライフルを取り出す。
まだ時間がある。それでもなんとなく前もって準備したくなる。
ライフルはお気に入りだ。こんな物騒な物を気に入っているのはあれかもしれないが、それでも形、色、手触り全てが好きだ。
ライフルを優しく触る。
普通のライフルとは違う暖かみがこのライフルにはある。色が白いからなのか、神が作った物だからなのか、サラサラと指が滑るような品質だからなのか。
重さは軽い、羽のようにすら思える。こういう所は神の偉業だ。
光先はぼちぼち目的のクラスを観察する。
今回は転移の依頼。
転生だけが光先の任務ではない。転生の他に転移、そして召喚がある。
転生は対象が死ぬことによって向こうの異世界、もしくは別の現実世界に飛ばされるのだが、転移と召喚は端折って言えばその逆。主に異世界側の何かしらの効力で転移が発生、召喚儀式を行い、光先のいる世界から人が消える。
消えた瞬間、その人の存在はこの世界から消える。なかったことになる。そのため大騒ぎになることもない。対象の人物の印象が強ければ数日は記憶が残るらしい。
と、メイが長々と説明していた。疲れる。
(今回はクラス40名、かなり大掛かりだ)
早速光先はライフルを片手で持ちながら胸ポケットにしまっていたスマホを取り出す。もうちょっと胸があればこういうところにしまい辛いのだろうか、光先には無縁な話だった。
このスマホも神様お手製、確かカクヅチさんが何か変な名前をつけていた気がするがどうでもいいので忘れてしまった。というより単純に恥ずかしい名前だった気がする。
現実世界でも遜色なく使えるように学生が持っていそうな高性能な見た目で中身もほとんど一緒、この前暇つぶしに育成ゲームをひとつインストールした。
ただ違うのは裏コードが存在、それを入力することでメイから頼まれた任務やほかの神様とやり取りする事ができる。電話も出来るらしいが光先はまだ試していない。
(パスワード、510……)
そのパスワードが安直過ぎると毎回思うのは、不思議なことではないはず。
【○○中学校3年C組40名と担任】
授業を行なっているところを転移させられます。
向こうの異世界の転移呪文をかけた国側が窮地に陥っているため、それを打開するべく彼ら彼女らを召喚しようとするのですが力配分を誤り、大規模な転移呪文として襲ってしまうようです。本当に可哀想なことです。
今回は転移の委託任務ですが、よろしくお願いします。
あなたなら異世界に行った後の様子を少し知りたいですよね?
中学生たちは幸いにも複数人固まった形で転移になるのでひとりぼっちになることはないです。ただ国に召喚され勇者の道を進むものもあれば、草原、洞窟に転移しサバイバルを余儀なくされる班。そしてひとつの班は動物、モンスターに変化してしまいます。これは輪廻転生とは違いますで特に何か罰が当たったわけではないです。むしろあの子たちが可哀想なくらいです。
私が知りえるのはこのくらいまでです。
(随分大変そう)
光先はそんな他人行儀な感想を持つことしか出来なかった。結局転移するのは今観察している自分と同じくらいの子たち。その子たちの、その子しかない物語はその子にならないとわからないから。
でも自分が手をかける。せめて異世界に行っても全員生存して生き抜いて欲しいとは思っている。
(でもなんだか喧騒……)
3年C組は授業中なのにも関わらず、生徒が立ち上がりケンカのようになっているのではないかと観察していた。
男子生徒、女子生徒が言い合っているだろうか。残念ながら会話の内容まではプライバシーに関わるし離れているので聞くことはできない。今更プライバシーもどうもこうも神にはない気がするのだが。今度進言してみよう。
やっぱりどうしてケンカしているのか気になる。同い年がどういった内容で、険しく言い合うのか。今の光先には想像することもできない。知識がない、もっと欲しいと純粋に思う。
スマホからアラームが鳴る。転移の時間が近づいているサインだ。
光先はスマホをしまい、ライフルを構える。いつものアシストが狙う場所、時間を管理してくれている。後はトリガーを引くだけ。
(頑張って)
そう思うことしか光先は出来ず、銃弾を飛ばす。
跳ねた薬莢をいつものように噛んで。