53,しにがみは年末の大掃除をします
「年末なんだからお掃除しなさい」
いつものように神世界にいき、いつものようにメイと和気あいあいと話す予定だったが、先日このように厳しい一言を言われてしまった。
今は年末も年末、明日には大晦日、もちろん明日には明日で任務があるわけなのだが、そんな貴重な休みの師走の晦日、部屋を掃除しなさいとのお達しがきたのだ。
光先の普段の掃除の頻度は思い立った時に掃除機をかける程度、明らかに目立つ汚れを見つけた時にその箇所を拭き拭きする程度の怠けっぷりである。
それを知ってか知らずか、はたまた年末といえば大掃除がセオリーだからか、メイの何気なく放った一言は光先には痛烈にささった。
というわけで朝起きて、
(始めますか……)
乗り気のしないお部屋大掃除大作戦スタート。
まずはどこからやろうか、光先は悩んだ。だってまともに掃除したことがないのだからしょうがないじゃないか。
とりあえず無難にリビングから片付けることにした。
部屋の窓を全開にする。
(さすがに寒い……)
12月の暮れの暮れ、寒さが本格的になってくるこの時期の外は大変冷たい風が部屋の中を満たしてくる。
いつもの部屋着、だぼだぼジャージのみでは酷い風邪をひいてしまう気がするので流石に今回は動きやすい格好に着替えている、というより今日のために買ってきた。
(これだけでも、服って高いよね)
どこで服を揃えればいいか分からない光先はとりあえず、よく目にする洋服店で買いそろえた。そのお店は他の洋服店に比べリーズナブルといわれていたが上下揃えるだけでも何日分の食費がかかっていた。
上は無地のシャツに下にはジーンズという今の光先の格好である。誰かいたら似合っているか教えて欲しいがここには誰もいない。
光先の部屋は今年の3月から使い始めたのだが、結局物はそれほど増えておらず、しれっと追加したテレビ、夏の頃に購入したペンギンのぬいぐるみが可愛いポイントになってるだけだった。
(相変わらず何もない……)
ゆえに掃除がしやすい。
まずは中央に置いてあるテーブルを端に移動させ、下にしてあるカーペットは外に干す。この時期の東京のいいところは乾燥しており雨があまり降らないため何かを干すには最適であるということ。今年のクリスマスは雪なんて微塵の気配なんて感じなかった。
部屋の存在感となっていたテーブルを撤去したので一気に部屋が広く感じるところを掃除機で一気に綺麗にしていく。
ぱっと見は特にゴミはなさそうに思えたが、掃除機の中には埃や髪の毛が回収されていた。ちなみに落ちている髪の毛は茶色になっており、人間に見られても特に問題はない、どうなってんだ自分の体。
(抜け毛は茶色になるとかほんと不思議)
本来の光先の髪色は可愛いピンク色、しかし人間界には存在しない色なので神様の力で、他人から見られた時は茶色になっている。
その茶色を自分でまじまじ見ることがなかった光先は不思議そうに掃除機に回収された髪の毛を観察する。
(茶色の自分が想像できないな……)
光先はそう思いながら、フローリングになっている床のゴミをあらかた片付け、今度は雑巾に持ち物を変えて拭いていく。
特にベッドの下やテレビの周辺は普段足を踏み入れないので埃が貯まっていたらしく、新品の雑巾がみるみる汚れていく。
(こんな中で暮らしていたのか……)
普段の生活では何とも思わない、特に健康にも影響はないと思っていた光先だったが、床を拭き終わった雑巾をみて、これからはもう少し掃除する頻度を増やした方が良いのでは考えるくらいには自身で反省した。
細かなところもしっかり磨き、カーペットとテーブルを戻してこれでリビングは完了。
次は、
(キッチン)
ここの難易度はシンク周りくらいだろう。あとは電子レンジの中と周辺か、光先は布巾に装備を変えて電子レンジの四隅隅々まで拭いていく。
こちらも当然のように汚れがあり、食べ物が飛び散った形跡などが布巾に付着していく。
シンクはスポンジで軽く磨いていく程度、元々錆止め加工されているおかげか、普段から目立った汚れはなく、どちらかといえばシンクの外側、飛び散った水が垢となって目立っていたので光先はそれを丁寧に擦った。
これでキッチンは完了、この流れで玄関や脱衣所周りもあらかた掃除し最後は、
(お風呂場……)
逃げてはダメだ、ここが一番掃除しなくてはいけないのだから。
ほとんど毎日使っているからこそ、体を洗う大事な場所だからこそ徹底的にやらなければならない。
ここでは濡れてもいいようにいつものぶかぶかジャージにフォームチェンジする。
浴室を目をほそめ細かく見渡す、普段そこまで気にしてないがやはり小さな汚れがある。
光先は右手にスポンジ、左手に洗剤入れを持って汚れに向かう。
ごしごし、ごしごしと細かな汚れを落としていく。風通りの悪い浴室では汗が出るので、たまに額の汗を拭う。
黒くなっているところ、若干青くなっているところ、そして鏡は丁寧に磨いていく。
どれぐらいごしごししただろう、光先がふと我に返るくらいにはだいぶ経った。
(あとちょっとかな)
そんなにやらないといけないくらい、汚れがあったかといえばそんなことはもちろんない。大事な素肌をさらす場所、だからこそ慎重に丁寧に大事に掃除したいのだと光先は寡黙に最後の汚れにさしかかる。
それが終わり、額の汗をもう一度拭ってから浴室を見渡す。
(うん、いい感じ)
これは妥協ではない、正真正銘綺麗になり他にやるところがなくなるくらいピカピカに磨ききった感想。
そして着ていたぶかぶかジャージはすっかりボロボロになっていた。どうやら真面目に掃除したことで気がつかないうつに服に汚れが移り、そして動き回ったことでぶかぶかがぶよぶよにくらいに変わってしまった。
(流石にもう着れない)
光先自身の肌もどこでつけたかわからないが少し黒く汚れていた。せっかくなので綺麗にした浴室では洗うことにする。
ぶかぶか兼ぶよぶよジャージを丁寧に脱ぎ、今までお勤めご苦労様でしたと念を送る。洗ってからリサイクルショップに売ろうと光先は記憶しておく。
かなりボロボロになってしまっているので次の人に買ってもらえるかはわからない、しかしリサイクルして新しい服に生まれ変われるならこの服も本望、これも輪廻転生なのだ。
光先は身につけているものをすべて脱ぎ、シャワーを浴びる。いつもよりも新鮮味を感じる。
(いいね)
僅かに先ほどまで使っていた洗剤の清潔感ある香りもプラスアルファで、光先は自分の体がいつも以上に綺麗になっていくように思えた。
髪を洗いながら光先はふと考える。
(今年も終わりか……)
思えばあっという間に感じた1年、正確には3月頃に転生したので1年経つわけではないが、それでもそれからだいぶ経つことになる。
任務に明け暮れる毎日。
だがその毎日は、転生する人や環境によって雰囲気が異なる。光先のやる事自体は変わらないが人によってそれは変わるということ。
そんな毎日がどれも新鮮で、あっという間に過ぎ今に至る。
光先に寿命はない。それを自身でも分かっている。
(きっとこうして生きていくだろうな……寿命がないって生きていると言えるか分からないけど……そんな理論は置いといて……あっという間過ぎて全然生活が変わっていないよね。友達すら作れていない……まぁいなくても生きていけるし、メイがいるから問題ないといえばないんだけど、やっぱりせっかくなら人と話したいよな~……)
もっと正確にいうなら同年代くらいの同性と。光先は転生前は男なのでそれがどっちになるのか分からないが、むしろどっちでもいいのだがもっと色々なことを知りたい、そのためにまずは話せる人間が欲しい。
だが友達は神様が与えるものではないし、それならとっくに今の光先は出来ている。友達は作るものなのだ。
光先は学校に通っているわけではないので環境ゆえに作り辛いこともよく分かっている。だからこうして年末まできてしまったのだから。
(来年の抱負かな)
来年は1人でも友達が出来ますように。
光先は洗った髪を丁寧に整えながら綺麗なお風呂場から出た。




