49,しにがみは煮込み料理職人を転移させます
料理が好き。
その中でも煮込み料理が大好き。
(今日もいい感じだな♪)
羽子田亨はぐつぐつとなっているカレー鍋を見ながら、はにかむ。
(今回も転移者なんだ)
光先は仕事モードに恰好から切り替え、ターゲットの家の中に待機していた。
ターゲット羽子田亨の家は、そこそこの規模のマンションで大きさ光先のマンションよりも少し狭いくらい、ただ一人暮らしをするなら十分な広さだ。
部屋の中は鍋や料理器具だろうか、多種多彩のものが壁に立てかけられている。光先は興味津々でそれを見ていた。
(料理が好きって聞いていたけど本当なんだ)
当の本人は少し狭い台所で鍋とにらめっこしている。
換気扇を回しているが、部屋の中にもカレーを作っているのだろうかスパイシーで食欲をそそる香りが漂ってくる。
光先はよだれが出そうになるのを我慢しながら、準備を始める。
羽子田亨、28歳、男性、身長は平均的。
容姿もメガネをかけているわけでもなく、体系も普通、髪はさっぱりしていて若々しい印象。
会社では経理を担当しており、仕事の日はパソコンを格闘している。
そして休みの日になると、料理にのめり込む。料理の中でも煮込み料理。
今日はカレーを作っているが、肉じゃが、お鍋料理、シチュー、ビーフストロガノフ等々を作っては自分で食べているらしい。
なぜ煮込み料理なのか、ちゃんとした理由はターゲット本人しか分からないが、ターゲットの両親は料理を手抜き時短で作ることが多かった、その反動らしいとのこと。
両親の料理が決して不味いわけではなかったのだが、手抜きゆえに味が単調で単純、それがターゲットにとっては物足りなく感じたのだろう。
そんなある日、お店で出された煮込み料理を食べた。その時は肉じゃがだったらしいのだが、両親の手抜き肉じゃがと味も深みこれぽっちも違うことに感動し、それから煮込み料理にハマっているとのことだ。
(手間がかかるけど、美味しいんだ)
光先がまだ開拓していない食の世界、興味はもちろんあるが自分ではやらないだろう。誰かに振る舞うことがあれば頑張るかもしれないが、あいにくその友達は現在も皆無である。
台所から離れたところにいる光先のところからも、お鍋のぐつぐつという音がかすかに聞こえる。あと少しで完成のようだ。
しかしターゲットはそれを見届けることはできない、その前に転移魔法にかけられてしまう。
転移魔法をかけた魔法使い、その人はメイいわく相当の寂しがり屋らしくそして。美味しい料理が食べたいという欲望を元に転移にかけるらしい。
それに選ばれたのがターゲット羽子田亨で、彼は一瞬で異世界に飛ぶことにびっくり、意識が覚醒すればそこは魔女の部屋でさらに驚愕。そこに魔法使いが現れ、なんやかんやでターゲットは料理を魔法使いに振舞うことに。それが美味しかった魔法使いはターゲットにもっと色々な食材で作って欲しいと2人で異世界を旅するというあらすじが完成するらしい。
(恋愛ものか、はたまた)
ターゲットには申し訳ないが、そんなほのぼのしそうなストーリーに光先は続きが気になるがこれ以上のことはメイから聞いていないし、教えてもらえないので想像するしかない。
魔法使いはどんな人物なのだろうか、魔女の部屋ということは老婆がいるのだろうか、それとも可愛い少女がいるのだろうか、いずれにしろ2人仲良くどこまでも美味しい料理を作って欲しいと思った。
(時間だ)
光先は構えたスナイパーライフルの引き金をひく。
「眩しい!」
自分はお鍋と格闘していたはずだ。なのに突然目の前が真っ白になった。なにがなんだかわからない、自分が一番よく分かっていない。
とりあえずわかること、お鍋は無事だろうか、もう少しで完成する煮込みカレー。カレーは煮込むものなのでわざわざ煮込むなんてつける必要もないのだが自分は煮込むことに執着しているので仕方がない。
煮込み料理に趣味を注ぎすぎて、一向に出会いの無かった日々、同僚からは「せっかく料理の腕があるのにもったいない」と呆れていたが、自分はそれよりも煮込みに打ち込みたかったので仕方がない。
でも決して出会いを無視したいわけでもない。自分の作った煮込み料理を誰かに振る舞い、食事を楽しくとりたいと時折思うことはある。だがそっちばかりに注力しては、少しずつ身につけてきた煮込み料理スキルを忘れてしまいそうになることは嫌なので仕方がない。
そんな悶々とした毎日を送っていた、そして今体は光に包まれている。
やっと解放されそうだ、自分は瞬きを繰り返す。
ようやく何が見えてきた、鍋は無事だろうか、眼下をチェックする。
しかしそこには鍋はなかった、というより先程までいた部屋の模様とは全く違い薄暗い、いったいどうなっている。
とりあえず状況を、目の前を見る。
そこのはにんまりとしながら立っている杖を持った女性がいた。