47,少女がプチ家出をしたら……
秋田県の北西部、夏は湿っぽく暑いのに冬になればドカ雪が毎回のように降り積もりなおかつ寒い。そして周りは田んぼだらけ、というよりそれしかない。
そんな田舎に小倉美雨は住んでいる。
(早く出たいな、こんな田舎)
車は軽トラックがほとんど、それも見かけ通る数はごくわずか。舗装されている道路もアスファルトがつぎはぎになっている個所が目立ち、砂利道は数知れず。
今日も誰にも会うことなく自転車で学校から自宅に帰る。
学校、中学校は自宅から7キロも離れている。中学校も周りにはいくつか娯楽施設があるので入り浸りたいが中学生にそれは許されていない。
それに自分が住んでいる地域、誰かに会うとすれば虫くらいだろう、今は冬が近づいているのでずいぶんと減っているが。
虫に苦手とか恐怖とかはない、慣れてしまった。さすがにムカデやヤスデを素手で触ることは憚られるがバッタやイナゴくらいならいつも見ているし自転車に突撃してくる。それだけじゃなくて晩御飯も出てくる、勘弁して欲しい。
クラスメイトの女子に虫処理を任されるくらいには耐性があるわけだが、あまり嬉しいことだとは思っていない。
帰り道の田んぼはシーズンがとっくに終わり土が露になっている。そこに落ちれば泥のように土は引っ付きそして落ちづらいので自転車は慎重にこいでいく。
やっと家につく。
瓦屋根の田舎ならどこにでもある、やたら土地だけ広い日本家屋。
風が吹けば戸はガタガタ揺れ、隙間風がどこからともなく入ってくる。
(東京のマンションに住みたい)
憧れで終わってしまうのだろうが、高層マンションの上層に部屋をかまえ、そこからネオンでキラキラしている都内の街あかりを一望する。
そして周りの音にも気にする必要のない防音性が高く、家電も最新のモノで揃える。
この家はどうだろうか、使えるものは使う精神な家訓のため古いものばかり、遮音性に乏しい日本家屋では家族の歩く音が良く聞こえる。
美雨にそこを変える決定権はない、この家の主ではない。その子供、それは分かっている。
でもどうしてもまだ理解したくないことはある。
美雨はガラガラと玄関を開ける。相変わらずこの鳴る玄関、どうにかしてほしい。その音でやってくる人がいる。
母だ。
顔立ちは整っているのにも関わらず、化粧のひとつもしないすっぴん顔、それもどうにかしてほしい。せっかくなんだからオシャレすればいいのに。
「おかえり。あ、またヘルメットの紐緩めて!しっかり被りなさいってこの前言ったばっかりよね!?」
母は帰ってくるなり叱りつけにくる。叱るといっても注意する程度のもの、怒鳴られたことは滅多にない。
美雨は面倒に思いながらヘルメットを外し、
「だって髪ぺしゃんこになるじゃん。それに危なくないし」
「危ないからヘルメットが義務づけられているの!車とぶつかるかもしれないし、転んで頭からいくことだってあるかもしれないでしょ」
「かも、の話でしょ?私そこまで危険運転してないし。もういい?着替えたい」
靴を脱ぎ母を半ば無視するように2階の部屋を目指す。
「ちょっと!」
母がそれを遮ろうと腕を掴んでくるがはねのける。きっとまた怒るだろう。
だが分かってほしい、今はそっとしておいて欲しいと。
母との会話が嫌いなわけじゃない、父とはしたくないが。
どうしても心がモヤモヤとするのだろうか。こんな気持ちはいつまで続くのだろうか。一人暮らしを始めれば治まるのだろうか。
(忘れよう)
部屋に入り、着替えを済ませベッドに横になる。枕の隣に置いてある雑誌を今日もめくる。
雑誌、こっそり学校の帰り道の書店で買ったファッション雑誌。
美雨と同じくらいの女の子が可愛い洋服をこれまた決まったポーズで飾られている。
(いいな~)
東京には可愛い服が、可愛いだけじゃないカッコイイ服やセクシーな服がそこかしこで売られている環境、羨ましい。
ここはどうだろうか、ショッピングモールは車で1時間以上かけないと存在しない田舎。近くにあるのは大衆洋服店なため妥協するしかない。決して大衆店が悪いとは思っていないし、着こなし次第でクラスメイトからオシャレと褒められることはある。
だがやっぱりもっと色々な服を着たい。
かといって母のお古は違う。申し訳ないが年季が入ってくたびれてしまっている。それにやっぱり時代のセンスが違う。流行は一周するとは言われるがそれを待っていても仕方がないしやっぱりダサい。
そろそろ見飽きた雑誌のページをめくる。
ただ見るのは飽きた、だからモデルさんを自分に置き換え目をつぶって想像する。
それが数少ない今の幸せな時間だ。
(可愛い)
服も、そして自分で思うことも恥ずかしいが自身も。
美雨は自身でそれなりに魅力がある女の子だと思っている。
小さい頃からわりと目立つ存在でお遊戯では主役に抜擢されたこともあった。小学校そして中学校になれば男子の何人から告白されることもあった。同じ女子からスタイルがいいと憧れの目を向けられることもある。
そして何より母と父の子だから。父はどうでもいいかもしれないが。
母はやっぱりスタイルがいい、顔立ちがいい。昔は東京でひと仕事していたらしいがそのまま住めばよかったのに。
きっとそれも父のせいなのだろう。父が田舎で稲作をやりたいっていうから。
美雨はこの田舎で生まれ育っているので母から聞いた話だが、親は元々東京に住んでいた。とある事情、詳しいことは聞いていないがその結果今の田舎に住んでいる。
母いわく父も昔はイケメンだったらしいが、それは昔のことなのでわからない。少なくとも今見える父親像は汚いひげ面で髪はぼさぼさ、家では服も着ない、そのくせ風呂は一緒に入ろうかと定期的に声をかけてくる、本当に勘弁してほしい。
ただ仕事はしっかりしているおかげか体型は引き締まっている、冬になればまた太るだろうが。
そんな親2人の子である美雨は自身を誇っている。
だからこの雑誌のモデルのように自分もなれたらと、そう思っている。というより東京に早く行きたいという欲望が強いかもしれないが。
こっちの地方では悪目立ちしてしまう化粧も、可愛い服も、髪型も、向こうならそれが当たり前になる。なおかつそれを仕事にしてしまえば。
だが現実はそう甘くない。甘かったら今頃順風満帆にしているはずだから。
美雨は中学3年受験シーズンで、東京の学校にいきたいと志願したが親がそれを許してくれていない。親はやっぱり東京とは何かあるようで真っ向から反対されている。
いい加減受験先を決めなくては遅いぐらいの時期、美雨は未だに悩まされていた。
勉学も並み、推薦で入るなら文句ないらしいがすでにそちらの願書は終わっている。
結局自分は東京に行けないのか、そう思ってくると読んでいた雑誌の興味が薄れてくる。
ここの地、嫌いなわけではない。ただ自分はもっとオシャレがしたいのだ。
コンコンと部屋をノックする音が聞こえてくる。
「みう、ご飯よ」
母だ。
ご飯、家族団らんで楽しく食べる、違うそんななんじゃない。今は親の顔を見たくない、どうして反対するの?
一緒にいたくない、美雨は部屋の扉を強引に開け、
「ちょっと出かけてくる」
「は?何言ってるの!?外は真っ暗よ!」
母の言葉を無視して一目散に階段を降り、玄関を出る。
(さむ)
11月の夕暮れ、というより夜。薄着で出たことを後悔する美雨。
しかし家にいても家族の顔を見るだけ、それよりかマシかもしれない。
(1キロ先の自販機行って帰ろう)
それ以上は流石に風邪をひいてしまうかもしれない。どうせ帰ればご飯は冷めているんだし。
(なんだかな……)
美雨は白い息をはく。手はポッケに入れていないと赤くなってしまう。
このまま地元に残るか、反対を押し切ってでも東京にいくか。
とぼとぼ歩きながら考える時間、苦痛だ。今は何したって苦痛になるだけだが。
田んぼしかない道、風が真っ直ぐに美雨を通り過ぎていく。
自販機の明かりが徐々に近くなってくる。
(今日もいつもの)
到着し、ホットのレモンティーをポチっと押した時だった。
突然辺りが光のようなものが美雨を襲う。
そして気づけば何もかも知らないところに立っていた。