43,しにがみは水族館へ
残暑がまだ厳しい9月、太陽の高さは少しずつ落ち始めたことだけが秋の様子が窺えるように思えた。それ以外はまだまだ夏だ。
(さて、何をしよう)
光先は休みの日、何をしようか悩む時間でもある。この前メイに相談したら、そういうのも含めて楽しみなさい、と言われたが実際何かしていないと気が済まない性分の光先としてはこの時間は困ったものだ。
(なんかあるかな)
夏らしさが少しずつ弱まりつつ、秋らしさもまだ感じられない季節。ゆえに季節らしいことをしたいと考えている光先としてはいつもより多く悩んでいた。
とりあえずいつも通り、いつでも出かけられるようにシャワーを浴び、ご飯を食べておこう。
最近はお風呂にも入るようになった。夏でも気持ちよく、ついついまた入りたくなってしまうが、せっかくのお休みやっぱりお出かけしたいので今回はさっぱりだけしよう。
ご飯はカップラーメンなるものに手を出していた。冷凍食品だけでは流石にローテーションしても飽きがきてしまったので新たなジャンルを開拓した。
(お湯だけいいの、素晴らしい)
今日はその中からうどんを食べることにした。流石にカップラーメンだけだと栄養が偏るので冷凍食品の野菜はつけるようにしてある。そうしないとメイにバレた時またいちゃもんをつけられることになるからだ。
あれから食生活は少し変わり、今までは冷凍食品だけだったがこうしてカップラーメンを食べるようになり、時間に余裕がある時は前回の追跡のターゲットから学んだスマホで出前が頼めるシステムも使っている、この前は同じようにハンバーガーを頼んだ。
ご飯をたべてもうすぐお昼、どうしようか。
(どこか行っていない場所……)
こういう時は自宅近辺を探索するのがいい、光先ややっと思い立った。
遠出の時は閃いて行くことがおおかったが、近所というのはいつでも行けるがゆえに以外と足を運んでいないところが多い。
(都内を回ろう)
さっそく着替え、家を出る。
光先が住んでいるところ、東京23区の東の方でちょっと歩けばすぐに繫華街に出てしまう素晴らしい立地にいる。名前は確か江東区。
東に進めば荒川がゆったりと流れている、あんまり見に行ったことはないのでまた機会がある時行ってみよう。
光先はマンションのエントランスを出て、西にゆったりと歩き始める。
見慣れてきた街並み、ビルがたくさんあり大勢の人がせわしなく歩いている。都会の人は歩くスピードが早いのはどうしてだろう。
(照り返しで暑い……)
光先の額から汗が垂れる。
日傘のひとつでも対策すれば良かったと後悔しても遅い。だがもし日傘ということは黒い傘、それをさして歩けばただでさえ目立つ制服姿にさらに悪目立ち間違いなしだ。いい加減私服を買えと言われそうだが、何が似合うのかわからないのだ。誰か選んで。
光先はハンカチで汗を拭いながら、バス停に向かい乗車する。
バスは平日のお昼なのにも関わらずたくさんの人が乗っていた。立ち乗りしている光先にマダムが微笑んでいる。
バスに初めて乗る光先だったが前の人の真似をしてスマホを装置に翳したらすんなり乗車することが出来た。流石に神様が作ったスマホ、便利過ぎる。
バスが動き始める、立ち乗りは初めてのことなので違和感を覚えたが、この白い輪っかようなものを握れば大丈夫だ。
人がそこそこに多いためかバスから外の景色を見ることは難しいようだ。そして人のたくさんの香りがする。酔うということはないがここまで密集すると少し困惑する。だが朝の通勤ラッシュを生き抜く人々はこれよりさらに過密になったバス、電車を戦い抜いているのだから素直に尊敬する。
それから何回か乗り継ぎ池袋に到着した。目的は池袋の中でも一際目立ち人気のある複合ショッピングビル。光先はその中である場所にいきたいと思い進んでいた。
それは水族館。
ネットで調べた際に、どの記事にもおさえておきたい人気スポットとして記載されていた。
(海の生き物……どんなところ?)
光先は慎重に入場する。
雰囲気がガラッとかわる。暗くなり青い景色が見える。
(綺麗)
アクアブルーに光が輝きながら、あらゆる生物が水の中の限られた水槽の中を限られた水槽の中を自由に泳いでいる。
一番最初にお出迎えしてくれたのはサンゴ、岩のような見た目だが植物のように生えている。様々な模様、色があり鮮やかで可愛らしいと思う。その周りを軽快に泳ぐカラフルな魚たち。
そして水槽の底でニョキっと顔を出している生物がいる。海にはこんな生物もいるのか、名前を確認するとチンアナゴと記載されていた。シマシマ模様で数がいるおかけでより可愛く見える、小さい生き物はなんでも可愛く思ってしまう。
一度光先は目の前の水槽から離れ、周りを確認する。
光先よりもはるかに大きい水槽が各所にあり、辺りを覆っていくような、満たしていくような感覚。
水槽の中は小型の魚、光先と同じくらいの大きさの魚、魚とは違った形状の生物など綺麗に泳いでいる。
その中でも明らかに幻想的な水槽エリアがあった。たくさんのクラゲがふわふわと漂っている水槽。小さなクラゲが集団でいるのだから映えるだろう。クラゲが光をまとい、自由に泳ぐ。傘を広げ縮め上昇するクラゲもいれば、ゆったりと流れに身を任せているクラゲもいる。そして数え切れないほどいると綺麗に見え、星空がそこにあるように思えた。
光先はそれを眺める。
奥に進むとトンネル状になっている水槽、その中にクラゲたちがいる。ここで足を止めるとまるで水の世界に入ったかような、海の星たちがすぐ手に取れそうに思えてしまう。
どれぐらい眺めたのだろう、ふと我に返った光先はスマホで時計を確認する。するとまだまだ序盤だというのに時間は数十分を軽く経過していた。
名残惜しいがクラゲエリアから離れる光先。
時間的にはまだ余裕があるのだが、見続けて疲れてしまい後の景色が楽しめないのでは本末転倒なので、泣く泣く次の階層に移動する。
(また来よう、早いけど)
階段を昇り終わると、今度は緑鮮やかな色彩あお出迎えしてくれた。
水草と魚たち、先ほどのフロアは海がメインならこっちは川がメインのようでそこに住まう魚たちがたくさんいる。
小さく可愛らしい魚たちが水草の中でかくれんぼをしているように出入りしている。
海の魚たちが軽快に泳いでいる「動」だとしたら、川の魚たちは「静」に思えた。
ゆったりと泳いでいる。川の流れにもよるのかもしれないが、海のように海流があるわけではないし、川はそもそもそこまで早く泳ぐ必要性がないのかもしれない。
それが光先にとって心地よく思え、再び夢中で眺める。
光先はよほど熱中して見ていたようで隣のお客さんにクスッと笑われたことに気づく。
(恥ずかしいな……)
今日の格好はいつもの制服姿、つまりただでさえ目立つ。そんな人がさらに目立つ行動していれば誰だって目が向いてしまうだろう。
光先はここでようやく正気に戻った気分になり、人の流れを観察する。
やはり都内の水族館ということもあり人はたくさんいる。老若男女様々なお客さんがいるが、中でもカップルが目立つ。それぞれの男女、手をつなぎながら歩いていたり、楽しそうに会話していたり、仲睦まじそうだ。
(恋人、ね)
自分には全く縁のないことだろう。そもそも光先は天使だ、それに加えてコミュニケーション能力はゼロ。こんな自分にはそもそも友達ができるかどうか。光先はそう思いながら次の階層を目指して進む。
次の階は屋外エリアで魚以外の海に住んでいる生物が多くいるとパンフレットには書いてある。
まず最初にあったものは、見る人に楽しんでもらいたい、そう思って作られているような水槽。ウォータースライダーようになっておりまるで生き物が空を飛んでいるようになっていた。中の生物を確認すればイルカだろうか、優雅に泳いでいる。
進むとアシカがショーをしているエリアがある。小さなフラフープを飼育員が投げ、巧みにアシカは体を通してみせる。その隣のエリアでは同じアシカが砂浜のような場所で日向ぼっこをしていた。屋外だからできる光景なのだろう。
暑くないのだろうか、そう光先は感想をいだきながら次に進む。
(カワウソ、可愛い)
今度はカワウソが間近で見られるエリアに来た。
小動物で愛くるしいフォルム、目、触って撫でたいと思うが我慢だ。
丁度エサやりの時間らしくカワウソはトコトコと素早く飼育員の元に移動しており、そんな姿もあった愛くるしい。
光先もトコトコ歩いて次のブースに移動する、そこにはペンギンの小山があった。
ペンギンは数多くおり、日向ぼっこしているもの、水中エリアで楽しいそうに泳いでいるもの、そこらを何気なく歩いているもの様々。
色々なペンギンがいるので、ずっと飽きずに眺めることが出来そうだと思い光先はボーっと観察しようとした。
その時、鼻孔に香ばしい匂いがかすめた。先ほど通り過ぎた場所に小さな喫茶店があり、そこで振る舞われているコーヒーが光先を誘っている。
(せっかくだし)
光先はそのお店に並んで紙コップにアイスコーヒーを作ってもらう。今日は立ち歩きながらコーヒーを飲んでもOKのようなのでさっさくペンギンの場所に戻る。
(なんかいい)
何がいいかまでは詳細に説明できないが、コーヒーを飲みながら、中々見ることのできない動物を見ながら、普段足を運ばない水族館でそれができる。非日常感があっていいと光先は思った。
コーヒーを飲むときに髪が前に垂れる、光先はそれをたくし上げながら啜る。
そんな中一匹のペンギンと目があった。
じーっと光先を見てくるので、お返しに見つめ返す。
それがなんだかにらめっこをしているようで、光先可笑しく思え微笑む。
しばらくするとペンギンは見つめることを止め、トコトコと群れの中に戻っていった。
(楽しかった)
コーヒーをしっかりゴミ箱に捨て、帰路に入る。
その途中に売店。
(せっかくだし)
光先は寄り道し、ペンギンのぬいぐるみを購入した。サイズは光先の胴体くらいに大きくお値段はそこそこ、ふわふわで触り心地抜群のペンギンさん。
(部屋に飾ろう)
どこに飾ろうか、それを考える帰路は楽しくて仕方がない光先だった。