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32,しにがみはしっかり準備します

「ついに始まるわね、緊張してる?」

「別に、メイの方が緊張してる気がする」

「だって……」


 光先はいつものメイの仕事場に来ていた。

 今回はかねてより光先が希望していた、転生者の転生前の生活の覗き見、転生するまでを追跡する件が明日からスタートするので、そのブリーフィングというよりおしゃべりだ。

 光先自体は今までの任務にプラスアルファがつくだけにしか思っておらず、メイのように緊張することは全くない。というより何故メイがこんなにも緊張しているのか疑問だ。

 今日は向かい合って座っている、メイは光先に寄りながら、


「いい?これからあなたがすることは人の、特に感情面において良いところを知ることもあるかもしれないけど……悪いこと、負のことを知る方も多いのよ、それが不安で……」

「でも知らないと、分からないと、進めないから」

「それはそうなんだけどね……」


 今日のメイは一段と歯切れが悪い、こっちまで少し不安になりそうだ。

 メイはマイナスなことに首を突っ込んで欲しくないと思っているみたいだが、それではいつまでも変わらないままになってしまう。知らないことはいい事なのかもしれないが、光先はそうは思っていない。というより記憶喪失で知らないことが多すぎて困っているから知りたいのだ。


「今の光先のままでいて欲しいって、私が思っているせいね……何も知らない子供のままも、それは違うわよね……」


 メイは落ち込むようにぼそぼそとつぶやく。

 光先はどうしたものかと頭をかいて悩んだ結果、メイを抱擁ほうようすることした。光先の方が小さいのでメイの全てを包み込めないが。


(自分からするのは何気に初めてか……)


 でもこうすれば心が落ち着くことは、それをメイにされてきた光先がよく分かっている。だから、ここという時にお返しする。

 メイは抱きしめられた瞬間少し驚いたが、すぐに力を抜いてくれた。


「光先は本当に優しいね……変わらないね……」

「?変わらない?」

「ううん、なんでもない。しばらく、いい?」

「いいよ」


 たまには主従逆転するのも悪くない、メイが心細いなら自分なりに。まだどうやって暖めたらいいか完璧には分からないけど、出来ることをする。

 こうして光先はいつもより小さく見えるメイの背中をぽんぽんと優しく叩いた。



 メイが落ちついた後、現実世界に戻ってきた光先は、つけていたゴーグルを片付けて夕ご飯の準備をする。

 追跡期間は3日間、その間食べることはできない。というより食べる暇がないと思ったので今日にたくさん食べようと思っている。

 光先は食べなくても、寝なくても、用足しをしなくてもいい天使の体。普段は人間世界にいるので人らしく、雰囲気重視でその3つのことはしている。ちゃんと食べれば満腹感を感じるし、睡眠を取れば体が軽くなった気がする、用足しはなんかすっきりしたのかな程度のもの。

 光先はちなみに食べたものは体の中でいつの間にか消滅してしまう、ひと昔前のアイドルスタイル。そのため特別用足しにいく必要性がないので便利だが不気味ではあると思っている。


(お肉と野菜いっちゃおうかな)


 光先は冷凍庫から普段食べない食品を取り出す。こういう新しいことへの挑戦は、げんを担ぎたいと思い大盤振る舞いにご馳走をチョイスする。

 レンジはひとつしかないので一品ずつ解凍する。まずは野菜たちから。枝豆、コーン、ブロッコリー、そしてニンジンやカリフラワーが入ったサラダセット。これだけでだいぶ豪華だ。

 続いてお肉、まずは定番のから揚げ、醬油味。その次は豚の生姜焼き、ラストは牛のステーキ。本当に冷凍食品は素晴らしく便利だ。


「いただきます」


 光先はいつもより少し気合の入った挨拶をする。

 どれもとても美味しそうに、光先は食べていく。

 サラダはこの前オシャレなお店で買ったイタリアンドレッシングがよく効いている。

 お肉は出来立てのようにほかほかで肉汁はあつあつ、お店で食べているような旨味を感じ格別だ。まだ光先はレストランで食事したことはないのだが。


(次はお魚スペシャル試してみたいな)


 本当に食は色々な種類がある。今日食べたものでも十分なほどだが、食べたいものは次から次へと出てくる。そして光先は太らない、最強のボディだ。


(でもどうせなら……)


 メイのように色々なところがふくよかに、と光先は考えたが首をぶんぶんと振って忘れる。

 憧れてしまっては悪態がつけない、永遠のライバルなのだから。

 食べ終わり食器を片付け、お風呂に入る準備をする。

 いつもは一人暮らしでサクッと済ませたいのでシャワーだが、明日のためにもお風呂でリラックスしようと光先は目論んでいた。

 そのために前もってしっかりお湯は温めて、入浴剤も買ってきてある。

 入浴剤をお湯に溶かしていく。花のいい香りがし始め、お湯は優しく濁っていく。これで入浴中に誰かに体を見られる心配はない、誰かって誰だ?


(準備完了)


 光先はぽんっぽんっと軽快に服を籠に脱ぎ捨て、浴室に入る。

 もちろんお風呂前にしっかり体はシャワーで洗う。メイにはお風呂のお湯で洗わないともったいないと言われそうだが、今日だけ特別なので許して欲しい。

 夏でジメジメしていた体を洗い流していく。8月という季節は夏の終盤と言わんばかりに暑さが最高潮に達し、そこにセミが拍車をかけている。そのため朝から暑くてエアコンなしでは生きられない体にさせられる。やっぱり北に行って避暑地を探そうかな。


(でも肌はすべすべなんだよね)


 乾燥とは無縁の日本の季節なので肌加減は調子がいい。

 こういうところを考えてしまうあたり、やっぱり自分は女の子なんだなと光先は苦笑する。男の子から転生して性別も変化したらしいが前の記憶を失っているのでわかりようもない。


(顔は似ているのかな?)


 浴室の鏡をじっと見つめる。

 少し幼い顔立ち、潤いのある唇、整った鼻梁、目元を際立たせる長い上まつげ、下まつげも長い。眉毛はメイに言われた通りに整えてある。女性らしさのある顔、これが男で似ている自分がいたら少し引いてしまうかもしれないと光先は悪寒を覚える。


(でもイケメンって結構抽象的な顔だよなー)


 男らしさのあるイケメンもいるが、女性が黄色い声援を送りがちなのはどこか女性っぽい顔立ちの男だと光先は分析していた。光先はとくに面食いではないが、暇な時間あるといらぬ知識を身につけてしまう。


(メイが男になったら……やめとこ)


 それはそれで別の異性が大変なことになるのだろう。彼女のことだ、男になってもきっと大事な魅力ポイントは抑えてくるはずだ。女性が好むどストライクな顔立ちか、とんでもない肉体美に変貌してしまうことだろう。けっ!もっているものが違いますね!

 悪態つきながら光先はシャワーを終え、湯船に入る。

 足先でちょんと湯加減を確かめる。


(うん、大丈夫)


 ゆっくりと体を沈めていく。


(温かい)


 夏なのでぬるま湯に近い温度に設定したが結果的に丁度いい湯ざわりだ。

 入浴剤のおかげか肌がさらにツルツルになっていくように包まれている気がする。

 足を伸ばしてくつろぐ光先。


(このまま寝れちゃうな……)


 あまりに丁度いい温度なので羽毛布団に包まれたような柔らかさを感じ、光先はうとうとするが、お風呂で寝ることはNGなことと入浴前に調べているのでここは我慢する。

 なんでもお風呂でも簡単に溺れてしまう事案があるのだとか。


(自分が溺れたらどうなるのだろう?)


 天使パワーで不死身になるのかはたして、疑問に思うが試そうとは思わない。そこまでくればただの奇行だ。


(いよいよ明日か……)


 人を知る、人生を知る。

 自分にしか出来なことの、その延長線の行為。

 どうして人は色々な性格があり、考え方があるのか。それは生き方、過ごし方にあるのだと理解してきた。

 だからそれを実際に見てみたい。

 そして過去の自分がどんな人だったのか思い出せれば。

 それが光先の想いだ。

 光先は数十分お風呂に入ったのち、早めに就寝する。

 明日がくる。

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