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31,しにがみと少年のその後

 「このジュースすごいおいしい!」


 カブトムシを取り終え、切株のあるところで光先は小さな男の子にスポーツドリンクを分けていた。

 夏の休みの日、何かしようと思い立って登山をし、そして今は道に迷い男の子と一緒にいる。

 森は太陽の日差しをカーテンのように覆ってくれているので涼しく、さらさらと揺れる葉っぱの音色が気持ちが良い。


「おねえちゃんどうするの?かえれる?」

「うーん、どうしよ……」


 男の子との虫取りは楽しかったが、問題は光先が今どこにいて無事に家に帰れるかどうかだった。最悪、非常用に持ってきていた制服を任務モードにしてここから脱出することは可能だが、今は男の子が目の前にいる手前、それにまたメイに怒られることになるからこれは最後の手段。

 それにスマホも先ほど確認したが圏外になっていた、元々山は圏外になりやすいと前情報を仕入れていたのでそこまで焦っていない。


「君はここの子?」

「うん!このもりでいっつもたのしくあそんでいるんだ!」

「いいね。森、いいよね、初めて来たんだけど空気が美味しくて」

「だったらおねえちゃんもここにすもう!いっしょにくらそうよ!」


 いたって純粋無垢に話す男の子、他意がないことぐらい光先には分かる。そうして少しでも不安をかき消そうとしてくれているのだから子供って強い。


「それは嬉しいけど、ごめんね、自分にはやることがあるから」

「そっか……ざんねん……だけどまたあそびにきてくれたらうれしい!」

「そうだね」


 それならむしろ光先のほうが助かる、ただでさえ休みの日は何をしていいのか困っているくらいだ。そうして何か約束がある方が予定が決まっていて動きやすい。


「ぼく、やまでたくさんあそんで、いっぱいおおきくなって、いつかひこうきにのるんだ!」

「ひこうき?」

「うん!ひこうきにのっていっぱいかつやくするの!それでおっかちゃんにほめてもらうんだ!」


 嬉しそうに話す男の子に光先も自然とつられる。


(飛行機、パイロットかな?)


 その手の分野は知らない、男の子に興味がありそうなこと、自分には分からないところ、だからこそ楽しそうに話す男の子に興味が湧いてくる。


「おっかちゃん、いっつもたいへんなのにがんばっている。だからぼくもがんばって、りっぱになって、ゆうめいなせんしになって、じまんするんだ!」

「いい夢があるんだね」

「うん!」


 そう笑顔で話す男の子が羨ましく思えた。

 光先には任務、仕事があっても夢、やりたいことはない。やることはあってもしたいことはない。

 今の任務にやりがいがないというわけではない、色々な人生を知り始めて様々な生き方を経験できることは中々出来ることじゃない。人外になったから出来ること。ただそれはあくまで与えられた仕事の範疇はんちゅう

 やりたくて、したくて、それに憧れてなりたいと心の底から思えるのだから羨ましいと思う。

 ただ、戦士など聞き馴染みのない単語がこの男の子から聞こえてくるのが気になる。


「きょう、ありがとね!おっきいカブトムシふうふ、おっかちゃんにじまんできる!せっかくだからいっしょにきて!」


 男の子は立ち上がり光先の手を取って引っ張る。

 光先は急なことでびっくりしながらも楽しそうにしている男の子に微笑みながらそのままついていく。

 そうした時だった、空から聞いたことのない音が聞こえてきた。大きな低い振動が周りに響き渡る。


「あ!ひこうきだ!」


 男の子は嬉しそうに空を見上げた。

 光先も後を追って同じように上を見る。

 そこには遠く、小さな鳥のような物体がこちらに近づいてくる。

 振動は、音はどんどん大きくなる。


「あれ?ひこうきってあんなかたちだったっけ?」


 男の子のこえが聞こえづらくなるくらいに低い音が辺りを満たしていく。

 そして、光先たちの上空に来た瞬間、何かが浮いていた、違う、降ってきていた。


「なんだろう?」


 男の子が不思議がり、光先も経験したことがない事態に困惑していた束の間、閃光が走った。



「おい、おい、お嬢さん。こんなとこで寝て、大丈夫か?」


 声が聞こえる。男の子とは違う、だけどどこか似ているような声が近くから発せられている。


「お嬢さん、大丈夫かい?よりもよってこんなところで寝て」


 揺すられ光先は目を覚ます。そして、自分が寝ていたことに気づく。


「すみません、大丈夫です。ありがとうございます」


 光先はとりあえず声をかけてくれた人に感謝しなくてはと思い。体を起こす。

 見ればその人は老婆だった、腰は曲がっており、しわもたくさんあった。


「なんだべ、起きるなり人の顔ジロジロ見て、なんかついているか?」

「い、いえ、ちょっと状況がのみ込めなかったので……」


 光先はさっきまで男の子と一緒にいたはずだ。それなのにいつの間に眠って、そして起きたら老婆に入れ替わっているのだ。驚きもするが、そんなことを知らない老婆もまた驚いている。


「しかしなんでまた、こんな辺鄙へんぴな場所にきたんだ?墓しかねえのによ」

「墓?」


 言われて光先は周りを確認する。

 光先はどうやら墓を背に眠ってしまっていたらしいことに気づく。そのお墓もだいぶ年季が入っているのか、苔におおわれ自然に溶け込もうとしている。


「すみません、自分失礼なことを……」


 お墓を背に寝てしまったのだ、まずは謝らないと。


「別に気にせんよ。それよりお客様がきたとあの子も喜ぶだろうさ。ここにきてありがとうよ」

「あの子?」

「ああ、山にいったら爆撃機で殺されたウチの息子よ。それはその墓だ」


 光先は、瞬間理解した。この人はあの男の子のおっかちゃんだと、そして自分たちはあの飛行機によって爆撃を受けたのだと。

 だが不思議だ。


「なんだが不思議そうな顔しているな、幽霊でも見たような顔して。寝ぼけているのかい?」

「その……おそらく夢なんでしょうけど、その子に会いました」


 光先は知らず知らずのうちにここにやってきて眠ってしまい、そして男の子に会った。お墓の年季を考えてだいぶ前の出来事だろう、光先はそこにタイムスリップでもしてしまったのだろうか。

 老婆はポカンとしたのち、高らかに笑った。


「あの子が戦時につれてってくれたってのかい?そりゃ随分と可笑しい話だよ。久しぶりに笑わせてもらったわい」

「戦時?」

「ああ」


 そういって老婆はゆっくりと光先の隣に座った。

 男の子が生きていた時代は日本が戦争だった頃、分かりやすくいえば第二次世界大戦中の頃。そこで山奥に住んでいた老婆は、自分と男の子だけで暮らしていた。

 旦那は早くに戦場に駆り出された。そして早くに亡くなった。そのことを男の子にはまだ話していなかった。いつかもっと大きくなった時に言おうと思っていた。そもそも男の子は旦那と暮らした記憶があるかどうかわからんが、あまりにいっしょにいた生活が短すぎたからな。

 二人でひもじい暮らしを送っていた。もっと息子に息子にいっぱい食わせてやりたかった。でも息子は山での暮らし方を自分で探し、山の果物を自分で食べ、美味しいもの、不味いもの、お腹を壊して帰ってくることもあった。

 山と暮らすことが本当に楽しかったらしい。友達もいなかった息子だったけど、山がそれを補ってくれた。

 あとから聞いたがこの山にはあの時、爆薬やら戦争に使う道具を多く隠していたらしい、だから向こうの爆撃機がそれを知ってやってきたのさ。

 爆撃を受けたあの日、息子は山に行っていた。カブトムシを捕まえてくるんだっていって飛び出していった、そして帰ってこなかった。

 爆音がして探しに行ったら、運よく虫かごは炭になって残っていた。それがあの子がそこにいた証拠だった、それがこのお墓だ。


「戦争なんてくだらなねえ。今ならそう言えるんだけどな……」

「はい……」


(戦争……)


 光先がこうして暮らしているときも、どこかの場所で争いは起こっていることは知っている。テレビやネットニュースでやっていた。

 それがどれだけ大変なことなのか、光先には実感できない。経験したことがないから。

 夢の中で爆撃を受けたがあくまで夢の中、本物はどうなのかわからない。


「人間ってバカだ。自分が経験していないことはなんだってやる、またオイラたちが死んだころに世界大戦をやり直すじゃねえの?」

「それは……」

「先のことなんて分かるまい、嬢ちゃんに言ったってどうにもならんことも知っている。でもな、あの子が大きくなった姿を見てみたかったんだよなぁ……」

「はい……」


 光先も短い時間でしかないが男の子と楽しい時間を過ごした。だからだろうか、老婆と一緒の想いだった。

 せめて男の子を転生させて、第二の人生を送って欲しいと思った。しかし光先はメイから受けた任務しか出来ない、それがルールだ。


「ま、ありがとうよ。あの子も他人と話せたらさぞ楽しかったろうよ」

「いえ、それは……」


夢の中の出来事、本当に老婆の息子である証拠もない。


「いいのさ、そう思うのが大事なんだ。どうだ?拝んでいくか?」

「はい」


 老婆から水の入った桶を渡され、光先はお墓に水をあげる。


(不思議な体験をしたな……)


 安らかに、光先は思いを込めながら手を合わせた。


「オイラも近いうちにここに来れなくなる、その時はお嬢さん、来れる時でいい、拝んでくれるか?」

「分かりました」


 光先は微笑みながら返した。



 その後老婆と一緒に道を覚えながら帰ったが、再びお墓に行けることは叶わなかった。植物が生い茂って道が分からなくなったのか、そもそもそこにお墓があるはずがなかったような。

 ただ光先はこの山を訪れる度に手を合わせ続けた。


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