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29/58

29,しにがみは登山へ

 茹だるようなあつさは続く。

 今日も光先は部屋でがんがんエアコンをつけながら涼んでいた。


(今日も一日暇だな……)


 今日は任務オフの日、毎日根詰めることは良くないとメイが力説しながら言っていたので一週間に一日必ず休みの日がある。

 確かに休みは嬉しいのだが、光先にとってはやることのない退屈な時間になる。

 あくびが出る。

 なんとなくテレビをつけてみる。

 前まではテレビも特にいらないと思っていたが、普段使っているスマホでのネットサーフィンも飽きてこの前カクヅチさんに作ってもらっていた。なんとこのテレビは外国の放送も見ることが出来る超スペック、しかし光先は日本語しか分からないので観ることはない。それ以外にも録画機能、なんとかKも最新のものになっている。

 お昼前のテレビ、民法はテレビショッピングをしていた。テンション高く商品を勧めているが光先は興味が湧かなかった、違うチャンネルに変えよう。

 そうしてポチポチと変えていると、ひとつの番組に目が留まった。


(綺麗)


 その番組は山の風景をドローンで撮影しているだろうか、上空から山の木々を、緑を映している。雲の無い真っ青な空な天気と山のコントラストがとても美しく、光先は惚けた。


(そうだ、山に行こう)


 どうせ暇なんだ、前の海に行った時のように気軽に行ける術を持っている。


(でも前にメイに怒られたっけ……)


 任務以外での制服の色替えをしてしまったので、あの後やれやれと言わんばかりにメイに説教をくらった。真っ直ぐに言われるならまだしも、あなたも子供ね、みたいな感じで言われたので無性に聞く気が失せた。わかる?この気持ち?

 そのため普通にいくしかない、しかし今から山に行くにも時間がかかる。


(それに山用装備とかっているのかな?)


 スマホで調べればたくさんの記事が出てきた。


(長袖長ズボン、荷物を入れる大きめなリュック、たくさんの飲料水、そして夏だからタオル)


 熊よけの鈴も書いてある、これは一度買い揃えたほうが良さそうだ。

 カクヅチさんに全部作ってもらうのもいいが今回は量が量になる。流石にこれをすぐに即日揃えてとお願いするのは難しいだろう。カクヅチさんは優しいから、がってんでい!といってやってくれそうではあるが申し訳ない気持ちが強くなる、それに普段からカクヅチさんの工房は忙しい。いつもそこに隙間時間を取ってもらって光先の装備や物を作ってもらっているのだから本当に感謝だ。

 今日にそのまま登山するわけではなく来週にでも行きたい、こちらの世界にある物は買った方が手っ取り早いしカクヅチさんの迷惑にならないだろう。

 光先はテレビを消して早速近所のデパートに向かった。



 翌週の早朝、光先は重いリュックを背負い玄関を開ける。


(これで登山するんだから、人って凄い)


 山を登るだけ、しかしそれをするにも多くの準備がいる。

 山では虫や肌に触れると被れやすい植物が多くいるので基本的に長袖長ズボン。虫よけスプレーもあると効果的だ。光先には必要ない、というより装備無しでもへっちゃらだがこの前学んだ雰囲気、これはとても大事なことなのでもちろん着用する。

 光先が選んだ服は性能面と金額面でお店で売っていた中間くらいの物を選んだ。お店の人に非常に気前よく色々勧められ、たくさん試着されたが今回は自然とよく馴染みやすい黄緑色をチョイス。初めてこの世界のしっかりした服を着たが質感、着心地は良かった。

 そして一番大事なのは水、それから食料。登山では多くのエネルギーと夏は水分を消費する。山だから涼しいと思われるが、運動しているので体の熱はどんどん生まれ汗が出やすい。それに山は湿度が高い。水は余るくらいにされどリュックが重くなりすぎないように持っておく。

 リュックはライトブラウンのしっかりした物。店員からリュックは妥協しな方が良いと力強く言われたのでこちらは少しお高めだ。ただその中でも気に入ったこの色をチョイス、店員も可愛いと褒めてくれた。

 そして靴はくるぶしまで隠れるがっちりした赤茶色の物。本当はお店に並んでいた、光先の髪の色と同じピンクの可愛い靴があったのだが、登山で目立ちたいわけではないしそういうものはやっぱりお高いので泣く泣く我慢した。

 こうして残りのタオル等々準備し、電車で群馬方面に向かう。

 朝の電車は空いているのが良い。余裕をもって座ることが出来る。立ち乗りでも体力には自身があるが万全に越したことはない。

 それに座ると窓からの風景を楽しむことができる。風景は風のように流れる。こうして落ち着いて外を拝めることが出来るのも朝一ゆえだろう。


(でもなんか眠い)


 外は生暑く、電車内は冷房が良く効いている。その上、空はまだ薄暗く日の出はこれから。そんな雰囲気だとついつい瞼を閉じたくなるが首を振って我慢。せっかく短い旅をするわけだ、ひとつひとつを楽しまなくては。

 それにしても、乗客は少ないながらも光先はチラチラ見られている事に勘付く。そんなに目立った格好だろうか、けして家出少女ではないので安心してもらいたい。

 ゆったり快速電車に2時間ゆられゆられ、日の出を迎え景色はまた変わっていく。ただ座ってそれを眺めているだけなのに無性にワクワクした気持ちが内側から出てくるのはなんでだろうか。

 その後電車を乗り換えもし、目的地の山についた。分かっていたとはいえ時間はかかるもの、太陽はだいぶ上に昇ろうとしている。

 夏休みということもあってかふもとにはそれなりに人はいた。老若男女、光先のようなお一人様もいれば、仲間と楽しそうに会話している人たちもいる。


(さて、登りますか)


 光先は頂上に向けて歩みを始める。

 普段平坦を歩く場合と違って、山なため登り坂がずっと続く。光先はそれに慣れていないので足を一歩一歩ゆっくり進む。

 山の気候は都内に比べるとかなり爽やかで幾分涼しい。幾分なのは夏なことと、やはり湿度が高いので汗がじんわりと出ているから。

 だいぶ進めば木々の木陰が増えてくる、日の当たらないためここはだいぶ涼しく感じる。風は湿度を感じなく心地良い、汗が吹き飛んでいくようだ。

 道中には分からない植物、分からない木々がある。それを見ているだけも楽しい。

 遠くから鳥のさえずりが聞こえる。あの鳥は何の種類なのか、スズメやカラスではないことは分かる。

 木々の揺れるさざめきが聞こえる。ただ葉っぱが揺れて擦れているだけなのにどうして聴き心地が良いのだろうか。


「こんにちは!」


 前の人を追い越そうとした時、挨拶された。


「こんにちは」


 これが山のルールなのだろうか、とりあえず光先は失礼のないように返す。

 どうやら、山に慣れてきた光先のペースは速くなっているようでどんどんと追い抜いていく。

 それもその筈、光先は人にはない無尽蔵の体力というものが存在する。天使に疲れは知らないのだ。

 ただ自然の摂理だろうか、息はあがる。は、は、と大自然の中で繰り返す動作は気持ちがいい。

 中腹までくると登りが少しずつ急になっていく。流石にこのままのペースでは危ないので。滑落しないようにする足場を確認しながら前進する。


(万が一滑って、無傷なんてなったらそれこそ大事件だよね……)


 光先はケガすることも知らない、というよりそういうのにならない不死身の体。

 以前お風呂に入る時にたんこぶが出来そうなくらい派手に転んだことがあったが、無傷だったのでそこから光先自身察している。

 そんな体で滑落してけろっとしていたら周りの人間にびっくりされる。そんな風に目立ってはいけないとメイから散々注意に受けている。

 中腹を登っていくと木々の背が少しずつ低くなり、山肌が見えてくる。


(雲が近い)


 あの時のように空を飛んでいるのではなく、陸に足をつけているのに雲が近くに見えることに標高があることを感じる。

 空気が少しずつ冷たさを帯び始める。そのための長袖でもある、麓ではかなり暑く感じた体温も今は丁度いい、夏場はずっとここに住んでいたいくらい。

 変化する地形、変化する景色、そして上から盆地を眺める光景、頂上はあと少しだが十分に堪能出来ている。

 リュックの取りやすいポケットに入れてあったスポーツドリンクを取り出して補給する。天使が水分を失われることはないのだが雰囲気で飲みたくなった。とても冷たく美味しい。


(ついた)


 全てが楽しいと思ったからだろうか、一瞬で頂上についてしまった感覚だ。時間を確認すればそこそこに経過している、もうすぐお昼だ。

 深呼吸をひとつする。空気が美味しく感じる。

 それから邪魔にならないところにシートを敷き、座る。そしてリュックから駅で買った特製おにぎりを召喚する。

 山頂で食べるご飯、普段食べないおにぎりを頬張ったおかげかいつも以上にこちらも美味しく感じる。

 お米を三角状にぎゅっとしてそこに味付けをする、光先が今食べているのは鮭。それだけの工程で出来る簡単な食べ物なのに美味しく感じるのはなんでだろう。太陽はどんどん高さを増していく。


(なんか寝ちゃいそう)


 あまりにも心地良い雰囲気で、光先の瞼は重くなる。山頂からの景色、空気、食後の3点セット、むしろ昼寝しない方がもったいないくらいの条件下だがさすがにここで寝るのはよくないだろう。というより多分だけど周りからびっくりされる。


(夏の山もいいな)


 前は海に行き、今回は山。どちらもそれぞれの楽しみ方があり光先にとってはいい経験になった。

 きっと山は秋になればまた違う雰囲気になるだろう、また機会がある時、登ってみたいと思う。

 光先はあくびをひとつした。

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