26,しにがみと介護職
人は生まれ、いつか死ぬ。
前回は老いることについて経験したが、今回はさらにその先とそれを介護する人。
光先は遠くの建物の屋根からスコープ越しでターゲットを観察する。
工藤恵也、今回のターゲット。介護職をしており家族は息子ひとりのみ。妻は病気で亡くしてしまっており男手ひとつで育児をしている。稼ぎを滞ってはいけないと仕事を熱心にしている。そのため12歳になる息子とはあまり話すことも出来ていないのだとか。
ターゲットは昨日、介護をしていたお婆さんが亡くなりそのショックを引きずったまま今日を迎え、そしてそこからさらなるトラブルに巻き込まれる、ということだ。
(暑いのによく働いているな……)
今の光先は任務モードの制服姿あので暑さは感じない、神の代物様々。
ただ7月というこの灼熱の厚さ、なんでも日本の場所、地形ゆえにここまで気温と温度が上がるらしく世界でも珍しいとのことだった、とテレビでこの前特集していたところを冷凍カレーを食べながら観ていた。
そんな暑さでも人は休まず働く、流石にこの暑さのなか野ざらしは辛いのかターゲットとは別の介護ワーカーさんはエアコンのある部屋で涼んでいる。
ターゲットはといえば、お爺さんと一緒にベランダにいた。どうやら外の景色を見ているようだが、ボーっとしているような感じで二人とも動きがほとんどない。
ターゲットは何かを考えているのか額に汗を滲ませながらもどこか目は虚ろで、お爺さんは汗もかかずに空を見ていた。
(歳を取ると汗かけなくなるんだっけ……)
メイから事前に教えてもらった、人は老いることで体の機能がどんどん鈍くなり炎天下の暑さでも感じなくなるとか。羨ましいとも思うが体の内部に熱は溜まり続けるので。知らず知らずのうちに熱中症になりやすい。
これからトラブルが起こるなんてありえないくらいに静かな時間が過ぎていく。
「誰かのために働けるってとても凄いことなのよ」
今回の任務前夜にメイとの会話もとい団欒をしていた。
最近のメイは光先に気を使うように話す機会が増えている気がする。この前も何気ない時に駄弁った、仕事がひと段落ついたというのもあるのかもしれない。メイの仕事捌きに感服だ。
「光先のやっていることだって誰かのためっているか、その人のためになっているんだよ」
「それは分かっているけど、いまいち実感ないから」
その人の魂を別の世界に転生させる、それが人のためになっているのか光先にはピンときていない。ただメイに言われるがままに、流れるように任務をこなしていることに過ぎない感覚だ。
「今回の人だってそのまま亡くなってしまったら報われないじゃない?」
「それは、そう思うけど」
「確かに息子さんと別々に暮らすことになってしまうけど、後悔な人生を記憶があるままリスタートできるなんて幸福なことだと思うわ。実際私はそうだったし」
「自分は記憶がないから、分からない」
「あなたは特殊だからね、それに必ずしも記憶があるからいいってわけでもないし……」
「言っていること矛盾してない?」
「いいの!とにかく!介護だっけ?誰かを介護するって物凄いエネルギーが必要なのよ?」
メイはまた誤魔化す、光先もいい加減気付いているがやはり思い出してほしくないのか、態度から感ずる。
光先としては出来れば知りたいという欲がある。それは知らないから、その出来事がどれだけの衝撃なことか分からないから。
ただ無理に聞こうとするとメイは不機嫌、というよりは悲しい表情にだんだん変わってしまうのでとやかくは聞かないことにした。身近な人とは気軽に話したい。
「どれぐらい?」
「かーなーり必要よ。単純に自分と同じくらいの体重の人を車椅子から待ちあげる、これだけでもかなりの労力よ。人はそこまで筋力がある方じゃないからね。それにボケてしまうとあらぬ行動する可能性があるからある程度しっかり見ていないといけないの」
「そのボケるって何?」
「うーん、私は実際なっていたのか、自分じゃ分からないけど、人は歳を重ねるとね……」
メイから説明を受ける。
こんなことを聞いても仕方がないかもしれない。だって光先は歳を取らないから、人の見た目だが中身は人ではもうないから。
だからといって知らないままでいるのかどうかは違う。任務のためだから、ではなく己の探求心を満たしたいからだ。
天使としてもう一度生まれてから、実際に人間世界を冒険してから、色々なことを知ってきた。
その中で人は本当に色々な役職を持って仕事をしている。何がやりがいで何が大変か千差万別、力を使うものであれば知恵を使うものもいる。
そして人には様々な生き方がある。光先が見てきている人たちは、それぞれに強い後悔があるようだ。
今回のターゲット、工藤恵也もその一人。妻を看取ることが出来ず、片親で息子を育てていること、そして自身の慢心でお婆さんの急変に気づくことに遅れてしまったこと。
人によって様々な後悔がある。それを捉えているのか向き合っているのかも人それぞれ。
メイも転生者、彼女は一体どんな後悔、やり残したことがあったのだろうか。それに光先はいつか気付けるのだろうか。
(そろそろ……)
工藤恵也は転生後、体が丈夫なスキルを手に入れ異世界の人たちのために働いていくとのことだ。やり直しの人生、悔いのないように生きて欲しい。
今必死に救おうとしているお爺さん、ここでは助かるがこの後すぐに衰弱し老衰する。なんでも目の前いる蝶々が関係しているらしいが、それ以上の情報は光先の手元にはない。
お爺さんが我を忘れベランダから落下しようとする。
だがターゲットがお爺さんを庇う方でベランダから落下する。
(あの高さ、頭からって凄く痛いよね……)
光先はそう思うことしか出来ず、ライフルのトリガーを引いた。