25,しにがみは海にお出かけ
光先は海に行こうと思い、いつもの制服を着ていた。
一見暑そうに見える、実際にこのままではいくら夏服になって半袖とはいえ暑いが、任務モードの赤色に切り替えてしまえばあら不思議、外気温が遮断されて涼しくなるのです。
今日はさくっと海に行きたい気分なので任務モード、人にばれないモードで出かける。それに涼しいから、使える手は使わないともったいないからね。
支度を済ませ玄関を素通りすると、隣から声が聞こえてくる。
そちらを確認すると、スーツを着た高身長の男性とワイシャツ姿の男子中学生くらいの風貌の二人がいた。
(お隣さん……?はいなかったはず)
光先が住んでいる部屋は両隣空き部屋、そこに見慣れない男性たちがいる。
二人は何を話しているのだろう、近づかないと聞こえないくらいの声量なのでしっかり聞くことは出来ない。
今の格好を利用して接近しようかと一瞬頭によぎったが、安易にプライベートに侵入するのはNG、ましてやいまは任務でも何でもないのだから。
スーツの男性は何やら資料を持っている。男子はリュックを背負いながら一生懸命聞いている。男子の雰囲気が幼く思えるが光先よりも身長は高い。
(あ、もしかして引っ越し?……にしては荷物がないような……なんだろう……)
光先は不思議がってジロジロ見ているが、今は任務モード形態の制服姿なのでばれることはない。
(ま、いっか)
光先は忘れることにして本来の目的である海に向かうためマンションを出る。
気にしても仕方がない。仮にお隣さんとして引っ越しに来たとしても直接関わることはないはずだ。
光先の住んでいるマンションは築年数こそそこそこ経っているが中々出来の良いところ。家賃は都内の物価の平均くらいらしい。光先の通帳から勝手に引き下ろしにされているので覚えていない、登録から支払いまで神様の力で勝手に進んでいるのでこういう時便利過ぎる。
普通の暮らしをしたい、イザナギさんに言ってメイがこのマンションを選んでくれた。外装は定期的に塗装し直しているのか綺麗で、内装もしっかり入退室の度にリフォームしてくれているようだ。なので思った以上に豪華に見える。
(さて、どこの海に行こう……)
やはり定番で近場の神奈川だろうか、観光気分も味わうことができるだろう。
光先はマンションのフロア玄関を出ると勢い良く空に向かって飛ぶ。一度夏の日差しの中自由に飛んでいみたいと思っていた、鳥のようにどれだけ自由に感じるのか。
前に飛んだ時に比べ雲が明らかに高いことを感じる。空が広いようでどこまでも進んでいけそうで、下を見れば随分と上昇していることを実感できた。
それに今回は昼間での飛行なので全体くまなくはっきり風景を観察することが出来る。建物がたくさん建っているところ、緑豊かな森があるところ、澄んでいる上空からくっきり見える。
(これだけで楽しい)
これは転生しなければ、カグツチさんから便利な制服を貰わなければ飛ぶなんて出来なかったこと。
入道雲と同じくらいの高さまでくると、目的地の海に移動しなくてもここから遠目で確認することが出来た、意外と近い。下で歩いている時は遠くに感じた場所も、空からは違って見える、近くにある。
光先は横に、縦にクルクル周りながら海までの道中を楽しんだ。
(これが海、波がある)
光先は初めて海岸にやってきた。
一瞬だけ制服を通常モードにする、肌で雰囲気を感じたいために。
暑いのでほんのひと時、それでもやっぱり違うことは分かった。砂浜からの日差しの反射で肌がジリジリとした。浜の匂いが本当にした。湿っぽくて独特な香り、
海はザーザーと音を立てながら波が引いたりこちらに向かってきたりしている、不思議だ。原理は調べれば簡単に答えは出てくるだろうがメカニズムどうこうではなく、そういう風に波打つ様子をこうして見るから不思議に感じる。
(海って思ったよりも黒いな)
よくネットで調べればマリンブルー、水色に近い海が出てくるが全部が全部そうではないらしい。光先は今実際見ている海はそれよりも濃い色をしている。
さらに波打ち際まで近づいて観察する。
砂がサラサラと波に揺られて引いたり、漂着したりしているのが分かった。
(なんだかいい……)
ずっと見ていられる。光先はしゃがむ。暑さを除外できるからこそ、周りの目を気にしなくていいからこそできること。
波打ち際は小さな貝殻も転がっている。こことは少し離れた所にはプニプニしているクラゲが漂着している。管理が徹底しているのかゴミの漂着はなく、美しい砂浜、燦々(さんさん)と照る太陽、海は良い。
(朝日、夕焼けもいいんだろうな)
流石にそこまで長居する予定ではないので今回は見ないが、きっとそれらも素晴らしいものだと光先は目を閉じて想像する。波の音が心地よく、海辺で楽しんでいる人たちの歓声が聞こえ、肌に当たる風がくすぐったく感じる。
(寝ちゃいそう……)
生命は海から生まれた、地球に住んでいる限り海と縁を切ることはできない。母なる原初、それゆえか目を閉じているだけなのに、海の上をぷかぷか浮いているような安らぎがあった。
「いらっしゃーい!」
そんな光先を現実に引き戻す声が聞こえた。
光先は目をやっと開け、声の元を確認する。そこはおしゃれなお店が砂浜のうえにあった、あれが海の家というものか。
洋風なデザインの建物、外にはパラソルも飾られており陽気な雰囲気がある。
掛け声を出していた女性店員さんも髪を明るく染めている。
(入ってみたいけど)
せっかく海に来たのだ、出来る経験はとことん積んでおきたい。しかし今の光先の格好では人に話しかけることはできない。仮に制服のモードを変更したとしても今度は周りが水着ではっちゃけている中悪目立ちしてしまう。こんなことなら水着を用意しておけば良かったと。
仕方がないので光先は海の家の周りを観察することにした。
今の状態であれば周りの目は気にしなくていいのでキョロキョロ見る。傍から見たらさぞ異様な光景だろう。
(みんな買っているのは焼きそば?)
パックにぎゅうぎゅうに入っていた食品、海の家から購入して出ていく人、パラソルの下で優雅に食べている人を観察する。大体の人が焼きそば、次に多く見られたのがカレー、そして海の家で直接食べる人はラーメンを頼んでいた。
(美味しそう……)
出来立てほやほやの食べ物、光先は長らく冷凍食品しか食べていないので目の前の光景がとても新鮮で具材が大きく見える。
(いつか来ることあったら、頼みたいな)
海観光は予想以上に満足したものになった。暑ささえどこか忘れることができれば、光先にとってとっても好きな季節に思った。
そうして帰りも文字通り飛んで帰った。
後日光先は、制服の無断使用でメイからこっぴどく怒られるのであったがそれはまた別のお話。