21.メイの日常
メイは目覚める。
イザナギ邸の端にあるメイの自室、まだここにきて3ヶ月が経ったばかりなので物はほとんどなく閑散とした小さな部屋。
和の雰囲気がこれでもかとあるイザナギ邸、メイの部屋も畳が6畳にひかれ、杉だろうか大木の素材を活かした柱周り。床の間にはメイが自作した「大切」と書道で書いた文字が飾られている、丁寧に作った力作だ。
メイは襖を開けて布団をしまう。布団はイザナミさんからのお下がりだが、材質、質感はやはりこの世のものでないので最高。いくらでも寝られてしまうが光先の観察に支障が出るので我慢だ。
障子扉を開く。今日もいい天気が迎えてくれる。雨が降ることは決してないあの世。
この風景、光先にはどう映っているのだろうか。
神の世界、外の風景はその者の感性によって変わるとイザナギさんから教わった。
メイが心の底から思い描いている空は、雲が少しあるが太陽が隠れない晴れ間。もう雨はたくさんだと思っているんだと苦笑する。
廊下を出る。珍しくタケミカヅチさんとすれ違う。普段はカクヅチさんの工房に入り浸りものつくりに明け暮れているはずだ。今日は非番なのか、とりあえず挨拶だ。
「おはようございます」
「ああ、メイさん。おはようございます」
タケミカヅチさんは爽やかに返す。
そして通り過ぎていく。特に話すこともない。それにメイには行かなくてはならないところがある。
神様、同じ釜の飯の仲かもしれないが毎回毎回話し込むわけではない。それにメイはタケミカヅチさんを少し苦手としている。それがどうしてなのかメイ自身よく分かっていないがなんとなくそうなのだ。
長い廊下が終わり玄関に差し掛かる。ここで可愛らしい2人の姉妹がいつも出迎えてくれる。
「メイさん、今からお出かけですか?」
「うん。イザナギさんのところに行ってくるね」
「分かりました。いってらっしゃい」
メイと話した少女は姉妹の姉、クラオカミちゃん。メイは心の中でオカネエと親しんでいる子。10歳くらいのおかっぱが似合う女の子、そのおかっぱは白色で前髪の一部が流れるように黒髪が混じっている。和服は髪と対照的に黒基調で非常におしゃれに見える。光先以上に表情をあまり表に出さない大人しい子だが、頼まれたことはしっかりこなすお姉ちゃんだ。
そして姉のクラオカミちゃんの傍を離れないようにくっついている同い年の妹、クラミツハ。彼女は引っ込み思案らしく姉から離れているところを見たことがない、常に一緒の姉妹。水色のおかっぱ頭が姉と違うところで、ワンポイントの黒髪があるところは一緒。服装もお揃いで非常に愛らしい。
「今日も2人一緒だね」
メイは姉妹に微笑ましく話しかける。
「ミツハはいつもくっついてばかりです。いい加減姉離れして欲しいです」
淡々な口調を装っているが表情は穏やか、つまりくっついてくる妹をまんざらでもない様子なのが何とも可愛らしい。きっとそれで本当に姉離れしたら、姉の方が寂しくてギャン泣きしてしまうだろう、可愛い。
「ミツハちゃんはお姉ちゃんが好きなんだもんね」
メイは姉の奥に隠れそうになっているクラオカミちゃんに寄りそうように話しかける。
「……うん」
「いってくるね」
「……うん。いってらっしゃい」
姉の方にも近づき、
「いってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
穏やかな気持ちで外に出た。
(気持ちいい空)
湿度なく、風はわずかに肌を擦り、気温は丁度いい。天国はやっぱり極楽浄土だ。現世でやってきたことを少しでも労ってくれるようで。いつまでも日向ぼっこしていたい。
こんな天気が続いていたら、世界は救われただろうか。あの日もこんな天気なら光先を救っていただろうか。
結局メイはそこらを考えてしまう、考えたところでもう過去は変えられない。顔を横に降って忘れる。
道なのかわからない道を進んでいく。現世のように道路で区切られているわけではない。それにメイが地面を見ると雲の上にいるようになっている。神々は自由に、縛られずにがモットーらしく好きなところに家を建てて暮らしている。きっと平安京を作った人が見たら阿鼻叫喚するだろう。
外はたくさん神々あちこちでまったり話し込んでいたり、仕事をしていたり、メイと同じように移動している。各神様、それぞれ名前や司っている能力があるのだが、現世の日本の神社の数だけいる、流石に全員を覚えることは不可能だ。
メイは目的地に到着、日本武道館クラスの大きさがある建物、赤を基調とした神社のようにも見えるそこにイザナギは勤めている。外観の作りは細部までこだわっており、鳳凰や龍といった神聖な動物が、その他にも多様な動物たちが隙間隙間に描かれている。
イザナギさんが自分の邸宅に戻ってくることはあまりない。神様のリーダー、常に色々な話や事案をすぐに対処出来るようにここにいる。
メイは建物中央の大きな階段を上り、中に入る。
中は神聖なお寺のような静けさのある雰囲気。薄暗く所々に金の装飾が灯の光が反射して見える。
受付の神様に、
「メイと申します。イザナギに用があって参りました。お会いできますでしょうか?」
「はい、今は自室におりますので問題ありません。中に入ってください」
「ありがとうございます」
メイは丁寧に一礼し、先に進む。
静かに静かに進み、今度は階段を降りる。この建物は何階構造だっただろうか、確か3階だ。各階の広さ高さが大きく作られており、受付は2階になっている。イザナギがいる部屋は1階、この階は各神様の控室のようになっており、イザナギさんの部屋は一番奥にある。
長い廊下を渡り、部屋の前に着く。
(緊張する……)
普段のイザナギさん、邸宅にいる時は気の優しいおじさんという雰囲気だが、ここにいる時は違う。お仕事モード、真剣な眼差しに口調もハキハキ物事を話す。相手に気落とされないような少し高圧感がある。
それにメイは未だに慣れていない。現生の仕事柄でそういう人にもあってはいるが、やっぱり神様のリーダー格が違うのだ。
「メイです。入ってもよろしいでしょうか?」
「大丈夫だ、入れ」
「失礼します」
障子扉をあけ、部屋にゆっくりと入る。
この部屋も6畳間で寝食と仕事ができる分のみ、建物自体は広いのだがここを使う神は多くいるため割り当てる面積は小さい。
イザナギさんは長机で黙々と何かの書物に目を通している。それがなんなのかはメイには分からない。
メイは正座し、イザナギさんは体を向け、
「光先の用件で来たんだな」
「はい、先日の要望の意思は変わりません」
「分かった。この後会議で議決する。おそらく通ると思うが……覚悟はいいか?」
「はい」
「世の中には色々な民がいる。その分だけ思想がある。光先にとって良いものがあれば悪いもの、特に前世の記憶にまつわる出来事に遭遇するかもしれん」
「はい」
「それでもいいんだな?」
「はい、光先には今生きたいこと、やりたいことをやってほしいと思います。それでもし悲しいことを思い出したとしても私が全力でもってサポートします」
「分かった。お前の仕事は順調か?」
「はい、その次の仕事内容の方も準備は万端です」
「そうか、流石だ。この調子でよろしく頼む」
「はい」
「他に何かあるか?」
「いえ、ありません」
「なら下がっていいぞ」
「はい、失礼します」
メイは部屋を後にする。
(ふう……怖かった)
ただひとつことが進んだことに安堵した。