11,自転車青年は異世界へ
自分は峯岡浩介、関西の高校に通う16歳の一般的な男子。
特にこれといった秀でたものもなく、運動神経もいいわけではない。進学校の中でも中間的なレベルのところに入学し、流れるように生活している。
学校が嫌いなわけではない。ノリの良い、笑いのセンスがある同級生が数多くいるおかげで楽しく過ごすことが出来ている。ただ何か物足りなさはあった。何が物足りないのか説明することは難しい。こう、うがー!っと感覚的なもの。
だからこそ自分の楽しみは自転車、ロードサイクリングだ。
小っちゃいころに貰った三輪車、そのころに自転車に対し強い執着があったという。物覚えがついた時には自然と自転車に乗っていた。
自分の力で進むことがいい。物にダイレクトに力を伝えることができ、強くかければ力いっぱい進み、弱くかければゆっくり進む。そんな単純な構造が良い。
車は自分の力で進んでいる気がしない。嫌いというわけではないが、ああ、機械なんだなと思い知らされる。
その点自転車は違う。昨今はアシストのために電気自転車も普及するようになったが、それはそれでいいと思っている。人には色んなタイプの人がいる。自分は高校生の伸び盛り育ち盛りで力を振り絞れるが、逆に脚に力を入れづらい人もいるだろう。それでも自転車に乗ってくれるのだから嬉しいことだ。
自転車のフォルムが好きだ。実にスタイリッシュな作り、最初に作った人に賞賛を送りたい。バランスのいい見た目、それぞれタイプにあわせて変わる作り。
自分のお小遣いをはたいて色々購入している。親からの誕生日プレゼントで貰ったものもあるが、ロードバイク、最初の三輪車、学校の通学で使うママチャリ、マウンテンバイク。
自転車が好きだからといって通学に高かったロードバイクを使うわけではない。ママチャリのいいところは全てのバランスの良さ。前にカゴがあることによって荷物を収納できる。そして疲れない姿勢で乗り続けることができる。重量こそちょっと重くなるがその分の安定性だ。値段もリーズナブル。たくさん駐輪する学校で誰かにぶつけられたとしても色は剥げるかもしれないが頑丈だ。周りから注目されることもない。
あの時は失敗した。学校を入学して一週間が過ぎた頃、気分転換に小学校のころに誕生日プレゼントで貰った今では小さいマウンテンバイクを久しぶりに引っ張り出して乗った。そしたら思いっきりその日のネタにされてしまった。
学校の通学にマウンテンバイクを使用する人はそんなにいないためそれだけまず目立つのだが、それでいて小学生サイズの幼さ、鮮やかなデザインが拍車をかけた。
関西に住んでいて救われたのは陰湿にいじるのではなく、クラスメイトから堂々と笑い飛ばされたこと。そのほうがまだ良かった。恥ずかしいことに変わりはないのだが。
そんな辱しめを自分のせいで受けさせてしまったマウンテンバイクを今日の放課後山に走らせる。山なら人目も少ないし、伸び伸びとこげるだろう。それにタイヤのインチが小さいため筋トレにもなる。
高校には競輪部があったが入部は断った。今はしがないの帰宅部、しがないってつけるとちょっとかっこ良くなる。
最初こそ競輪部に興味があり、見学もしたが、自分とそりがあわなかった。何かを強制して好きなことを続けることが出来なかったからだ。好きなものは伸び伸びと自由にやりたい、それが自分のやり方だ。
何より競輪部に見学した時のプレッシャーが凄かった。入部希望者もあんまりいないのそうだが、一回競輪用の自転車を試し乗りしたのがいけなかった。
三年生の部長に圧勝してしまった。そこから部員たちの目が変わり、それが自分にとって好きじゃないプレッシャーを感じた。
好きで始めた自転車を誰かのために、誰かと一緒に、というのができないわけではないがやっぱり強制はされたくなかった。
なので今日も一人さみしく、マウンテンバイクさんと一緒に楽しくサイクリングだ。
家を出発する。今日も初夏の雰囲気漂ういい天気だ。風も心地いい、ちょっとぬるい気もするが。
マウンテンバイクは今日も調子が良さそうだ。定期的にメンテナンスしているおかげだ。根元の錆は年季が入ってしまったため取ることはかなわないが、それでもチェーンはギコギコ音がせず、タイヤも歪んでおらず、ブレーキも良く効く。
我ながら完璧な整備だと感動する。五年以上経ったマウンテンバイクがこうして壊れることなくあるのだから。
自分は物を大切にする方だと思う。学校の使っていた筆記用具もほとんど壊したことがない。たまに分解はするが。その分解もあくまで整備するため。同級生が次々と新しいものを買ってくることに羨ましさはあったが、自分は自分、物は長く使おうと心に誓っている。
山に近づくと少しずつ上り坂がきつくなる。インチの小さいマウンテンバイクではこぐ力がどんどん必要になってくる。体が熱くなってくるのを感じる。
どうして自分はこういう性分の人間になったのだろう。少なくとも親から貰ったものは大切にしたいと思い続けている。いつからだ、生まれた時からだ。といっても物覚えがつく前のことは分からないが。
マウンテンバイクはこうして長く使うことをどう思っているのだろうか。物にも魂は宿るというが実際どうなのだろう。もしあったところで会話が出来ないのが残念でしょうがない。でもどう思っているのかは気になる。
山に入る。木々から洩れるそよ風が気持ちいい。体は汗まみれになっていたがまだ頑張れる。せっかくチャレンジしようと思って今日やっているのだ。最後まで成し遂げてみせなくては。
こんな事を毎回思うのだからトライアスロンに向いているのだなと、我ながら考える。
親の姿も見てきている。親はトライアスロンを趣味としてやっている。そんな父と一緒にサイクリングすることも最近は減ってしまった。今度誘いたいな。
頂上が間もなく、崖になっている曲道、そこからの見晴らしは最高で今の疲れが一気に吹き飛ぶはずだ。
あとちょっと、あと少し、今日も一緒に付き合ってくれてありがとう小さいマウンテンバイク、これからもよろしくな。
「着いたー!」
はぁ、はぁと体で呼吸し熱で溶けてしまいそうな程に熱い。しかし、目標にたどり着いたこと、その絶景が素晴らしく綺麗なことでそんなことも忘れてしまう。
ゆっくりとこぎながら絶景を満喫する。
瞬間、巨体が右際から迫ってくる。
動物か、違うバイクだ。そう気付いた時にはもう遅かった。
バイクが自分に勢い良く突進する。
何が起きているんだ。そうか対面のバイクが横転して滑ってこっちに来たのか。こんなに勢いいいってことは余程スピードを出していたんだな。
なんでこんな時に冷静なんだろう。これからから死ぬからか。
ガードレールを突き破って奈落に落ちる。
マウンテンバイクは、ああ、すっかり変形してせっかく大事にしてきたのに、ごめんよう。
峯岡浩介は静かに目を閉じる。次開けた時、異世界にいることを知らずに。