第四話 奴隷市場
それからアーテ達は身体検査を受け、大きな城に連れていかれた。途中で身を清められたので、素朴なハフリトの装束よりもさらに質素な貫頭衣に着替えさせられている。
所持品も捨てられた。抵抗した者は容赦なく殴られていた。持ち物を目の前で壊されて泣き叫ぶハフリトを見ると、名前も知らないとはいえ同情心が生まれる。きっと何か強い思い入れのある品だったのだろう。
(おじいちゃんとおばあちゃんのお守り、ロカに預けておいてよかった。……背負い袋に入れてた髪留めも、持ってこれなくて正解だったかもしれません)
リマリスアの花の彫刻が施された見事な木彫りのマジェステは、去年の誕生日にロカが作ってくれたものだ。手先の器用なロカらしい、最高の贈り物だった。
里でも様々な日用品や工芸品の材料として使われるロナスアの木を削ってぴかぴかに磨き、本物そっくりに再現した可憐なリマリスアの花部分も特別な染料で美しく染めてくれている。あの大切な宝物がマガツトに奪われるようなことがあれば、アーテも狂乱に陥っていたに違いない。
城の中に連行されたアーテ達は、いくつかのグループに分かれさせられた。順番に呼ばれるまで狭い部屋で待たされる。呼ばれた者達は帰ってこない。人数がどんどん減っていくにつれ、嫌な汗がじんわりとにじんだ。
もう部屋にはアーテがいるグループしか残っていない。やっとアーテのグループの番になり、今度は大きな広間に通された。きらびやかな衣装に身を包んだマガツト達がたくさんいる。彼らはアーテ達を囲むようにして立っていた。
(これが『特に高貴な方々』でしょうか。この中で一番偉い人がいるとしたら、それはきっと……)
二つだけ置かれた豪華な椅子に座る、派手な格好の男女に目が留まる。顔立ちが似ているわけではなかったが、どちらもはっとするほど美しい。
けれどやはり他のマガツト同様に肌が異常なまでに青白かった。彼らの神々しいまでに整った顔の造形に見惚れなかったのは、未知なる異形のモノへの恐れと警戒が勝ったせいかもしれない。
女性のほうはうきうきした様子でアーテ達を見ていたが、男性のほうは明らかに退屈そうだ。
どちらもまだ二十代前半ぐらいの若者に見えたが、他のマガツトは明らかにあの二人にへりくだっている。マガツトがそんな態度を取るということは、かなり偉いに違いない。
「今回の遠征で獲得した奴隷はこれで最後か?」
「はっ、はい、皇帝陛下。どの下種も、御身に侍る栄光を賜れることを心待ちにしております。どうか哀れな尖り耳どもに、灼かなる太陽竜のご加護をいただけないでしょうか。せめて一匹だけでも……」
太った男が冷や汗を垂らしながら揉み手をする。来たばかりのアーテにはよくわからないが、どうやらあのコウテイヘイカという男のお眼鏡に適った奴隷はまだいないらしい。だから彼はつまらなそうにしているのだろう。
「無理に新しく選ばなくてもよいぞ、ヴァルデシウス。そなたが選ばない分、他の者の選択肢が増えるじゃろう?」
「ミルパメラ、お前は誰彼構わず引き取りすぎだ。余が一匹も選んでいなくても、お前が五匹選べば下賜する分がそれだけ減る。少しは自重したらどうだ」
「そう言うが、わらわには何匹いても足りぬのじゃ。すぐに壊れてしまうからのう」
椅子に座る男女が軽やかに交わす会話を、他のマガツトも同調するように聞いている。たまに視線を感じるが、彼らはアーテ達を見ているようで見ていない。
(今のわたし達って、市場に並んだお野菜と同じなんですね。どのお野菜が一番美味しそうか、品定めされてるんですから)
無意識のうちに、アーテは周囲のマガツト──椅子の男女を睨みつけていた。他の奴隷はみな絶望に打ちひしがれて、絶対にマガツト達と目を合わせないよううつむいて震えているにもかかわらず。
「ん?」
目が合ったと気づいた時にはもう遅い。コウテイヘイカ、ヴァルデシウスがおもむろに立ち上がる。マガツト達にとっては空気も同然だった奴隷の中で、アーテだけが存在をはっきり認識された瞬間だった。
「なんだ、美しいのもいるではないか。楽しみを最後に出すとは、シアクザーン、よくも余をじらしてくれたな。しかしこの一等輝く宝石を先に出せば、後に続く奴隷どもが余計に色褪せてしまっていただろう。ゆえに許そう」
「ありがたき幸せです、陛下!」
太った男に声をかけながら、ヴァルデシウスが立ち上がった。まさか彼が立つとは思っていなかったのか、椅子の女も含めてマガツトがどよめく。ヴァルデシウスは意にも介さず、アーテの元に歩み寄った。妖艶な目がアーテを覗き込む。
「お前、名はなんという?」
「……わたし、ですか。アーテ……です」
「そうか。ではお前は今日からアーテリンデだ。絢爛なるドラクレイユの地で暮らすには、それにふさわしい名前でなければならん」
そう言って、ヴァルデシウスはアーテの片耳につけられた板に触れた。閃光が生まれ、びりりとした衝撃が全身に走る。
短い悲鳴を上げてしゃがみこんだアーテを、ヴァルデシウスは嗜虐心に満ちた顔で見下ろした。そのまま顎を掴まれ、ぐいっと顔を上げさせられて強引に目を合わせられる。
(こいつがマガツトの支配者。わたし達を虐げるマガツトの、頂点に立つ人。里を襲って、お母さんを殺して……)
荒い呼吸を繰り返しながらも、アーテは彼の顔を目に焼きつけるように力強く見つめた。許せない。この男の存在が。彼に従うマガツトが。いいようにされる自分自身が。これがハフリトの運命だなんて、絶対に認めない。
けれど、どうして心優しき月神は月の氏族を助けてくれないのだろう。
旧き大いなる神々は、ハフリトを見捨ててしまったとでもいうのだろうか。
それともドラクレイユが言うように、本当は大神なんて──
「アーテリンデ、お前には余の第二寵姫となる栄誉を与えよう」
(やっぱりマガツトの話はよくわかりません。けど、喜んでいいことじゃないのはわかります。だってマガツトが自信満々に何か言うときは、ハフリトにとっては悪い意味になるんですから)
強すぎる怒りに耐えきれず、ぽろりとあふれた涙が頬を伝う。けれどその熱の意味がヴァルデシウスに伝わることはない。
「よい。感涙にむせぶことを許す。幸福を存分に噛みしめろ」
手枷をつけられていなければ、この男を殴り飛ばしていたかもしれない。
せめて頭突きだけでもしてやろうとアーテは構えようとしたが、全身にうまく力が入らなかった。部屋に揺られていた時の疲労が消えていなかったし、謎の団子料理ではお腹を満たせなかったからだ。足だって怪我している。それに何より、今しがた味わったばかりの衝撃がまだ残っていた。蓄積された不調の要因のせいで身体が重い。抵抗することすらもできないのが歯がゆかった。
「他はいらん。好きに分けろ。ただしミルパメラ、お前は自重するように。この場にいない一等市民にも好きに選べるだけの数を残さねばならないし、二等市民用の競売も控えているからな」
「足りなくなればまた連れてくればよかろう? 尖り耳など放っておいても勝手に増えるのじゃから」
椅子の女、ミルパメラは不服そうに口答えをしたが、ヴァルデシウスに逆らうほどではないらしい。彼女は渋々立ち上がり、従者らしき女性達を連れて広間を去っていった。従者の中にはマガツトではない者もいるようだったが、片耳に板はない。奴隷ではなさそうだ。
「我が寵姫にふさわしい誂えを」
ヴァルデシウスの命令で動いたのは彼の従者なのだろう。こちらもマガツトと、奴隷ではないトツヒトらしき者が入り混じっている。従者達に連れられて、アーテは広間の外に出た。立ち去り際、残された他の奴隷達につい視線が向かう。けれど助けるだけの力がない。今のアーテには、彼女達の行く末を案じることしかできなかった。




