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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第四章

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第四十三話 進軍の時

* * *


「ロコディーダ国で演習中の帝国軍が襲われた……」 


 その知らせがロカの耳に届いたのは、皇帝ヴァルデシウスが地方視察の公務という名目の退屈な避暑バカンスから帝都に帰還しようとしていたころ……『落暉の嚆矢』が手に入れた小拠点が十を越えた直後のことだった。


 開墾部隊が開拓を終わらせたばかりのこの山奥の拠点には、戦闘部隊の隊長としてロカの右腕を務めるレアをはじめとする解放軍の幹部が、物資の補給と移住者の引率のために滞在していた。

 工作部隊の隊長であるマートンは各地を回りながらいまだ囚われる奴隷達に宵の一番星の希望を説き、兵站部隊を仕切るヘラは本拠地であるデーネンを守りながら傷薬や農作物の生産に精を出している。リーダーであるロカの仕事は全体の指揮と計画の立案だ。


 解放軍を発足してから戦いに明け暮れ、アーテとの再会を果たし、拠点で星魂花の効能を調べるための実験を繰り返した。実に目まぐるしい日々だった。


 難民を引き入れ、奴隷商から奴隷達を解放し、二等市民の荘園を占拠する。気づけば『落暉の嚆矢』の構成員は五千人近くに膨れ上がっていた。

 これも星魂花の力あってのものだ。ロカの推測した通り、花粉や蜜だけでもドラクレイユ人にとっては相当の脅威となるらしい。 


 最初はデーネンで暮らす約二百人から始まったエルファース解放軍も、かなりの大所帯になった。それだけ誰もが希望に飢えていて、ドラクレイユ人への憎悪を燃やしていたからだろう。

 実際に戦えるのはその六分の一以下の人数だが、本命である星魂花を咲かせるのに個人の武力は必要ない。一人一人が自由と勝利のために立ち上がった勇士だというのに変わりはなかった。    


「ロコディーダっていや、親ドラクレイユ派の国だよな。奴隷を皆殺しにしたのは気に食わねぇが、東側の国だってのに帝国軍相手に噛みつこうなんざ骨のある連中がいるじゃねぇか」

「本当にそうなのかな」


 話紙わしによるヘラからの定期連絡を通じて帝都のノイシンから聞かされたその情報に、ロカは表情を暗くする。「軍部が不穏な動きをしている」……帝都を離れる前に告げられたノイシンの言葉が脳裏をよぎった。 


「奴隷を乗せた列走車が爆発して、同行していた小隊も一緒に全滅したって話だけど……それが本当に帝国の反乱勢力の仕業なら、奴隷達まで巻き添えにする必要はあったのか?」


 この場にいて知らせを聞いた幹部からは、帝国の小隊を全滅させたという謎のテロ組織と接触して協力を結ぶべきだという声も上がっていた。せっかくの反乱の同志が帝国軍の報復で殲滅される前に助けるべきだ、と。


 だが、ロカはそれを否定する。


「三百人のエルファース人奴隷を囮にしてでも五十人の帝国軍人を殺したいって考えなら、そのやり方は『落暉の嚆矢』にはそぐわない。帝国を滅ぼすのにエルファース人何人分の犠牲が必要になる? これ以上ドラクレイユ人にくれてやる命なんてないよ」


 ロカの主張に、幹部達はみな納得した。それでも、星流しの力を知ってもらえれば考えを改めてくれるのではないかという意見も出る。


 ロカは続けて懸念を口にした。 


「目的が同じなら協力したほうがいいのは確かにそうだ。本当に目的が同じなら、ね」

「大将、そりゃ一体どういう意味だ?」

できすぎてる・・・・・・。帝国軍の元帥まで同行していた軍事演習で、白昼堂々エルファース人による襲撃事件が成功するなんて。しかも犯人は捕まってない。これが本当にエルファース人のテロ組織によるものなら、歴史に残る大快挙だよ」 


 『落暉の嚆矢』が民間のドラクレイユ人に対して行うような闇討ちとはわけが違う。新米下士官のような例外を除けば、帝国軍人なんて攻撃と防御の魔法の精鋭達と言っていい存在のはずだ。

 属国への軍事演習なんて言ってしまえば示威行為そのものなのに、元帥が率いていたとなればなおのこと粒ぞろいだろう。雑魚を連れていけば沽券にかかわるのだから。


 その優秀な兵士達のメンツを堂々潰した謎のテロ組織は、接触しようものなら逆に『落暉の嚆矢』が吸収されかねないほどの強大な勢力でなければおかしい。だが、そんな組織の噂なんてまったく耳に入ってこなかった。 


「東側の国々がひそかに反ドラクレイユ同盟を結んでいて、今回の襲撃事件はその前哨戦だったって言うならまだわからなくもない。本当の意味でドラクレイユ人を歓迎してるエルファース人なんていないんだから」


 ドラクレイユ人の魔法さえなければ、誰も彼らに従おうとはしないだろう。東側の国々が聖ドラクレイユ帝国に迎合した一番の理由は、彼らが恐ろしかったからだ。

 生き延びるために暴虐の竜に跪いた者の中には、進んで媚びへつらっていれば甘い汁を吸えると期待した者もいたかもしれない。それでも、おこぼれに預かれるのは竜が最強の座をほしいままにしている間だけのこと。討たれてその地位を失えば、誰も悪逆の帝国などには見向きもしない。  


「僕が心配なのは、全部帝国軍の自作自演じゃないかってことだ。それなら襲撃事件が成功したっていうのも腑に落ちる」


 過去にエルファース人の国で起きた、軍部主導の反乱の例をロカはいくつか口にする。それから、ハフリトが受けた民族浄化の悲劇の数々も。


「国は決して一枚岩じゃない。理由まではわからないけど、一部の軍人の間でエルファース人相手に戦争を仕掛けたいと思う奴がいて、首脳陣を強引に納得させるためにテロ組織をでっちあげたとしたら?」


 ドラクレイユ人とエルファース人では初めから戦争にはならない。巻き起こるのはただの虐殺だ。 ドラクレイユ人の自作自演なら、集めた奴隷を殺すのに躊躇はないだろうし、むしろ最初から殺すために徴用した可能性すらある。 


「全滅した小隊ってのは、それに反対してた連中かもしれねぇな。邪魔だから消されたってこった」

「ああ。あくまでも僕の推測だけどね。ただ、真実がどうであれこれだけは断言できる──帝国軍による虐殺行為を見過ごすわけにはいかない」


 苦い顔のロカは年暦の巻物を開いた。いくつもついている印は、風の氏族の観天望気によって導き出された星流しの候補日だ。


 特に有力だと考えているのは、一か月に一度訪れる暗陽日というドラクレイユ人の風習にまつわる日だった。 


「謎のテロ組織と僕達はまったく別の存在だ。だけどよく知らない人からすれば、同一視されてもおかしくない。テロの報復で自国の人間がドラクレイユ人に虐殺されれば、ロコディーダからすれば『テロなんて余計なことをしやがって』って思うだろう。それまで従順だった国なんだからなおさらね。つまり怒りの矛先が、僕達に向きかねないんだよ」


 ドラクレイユ人の宗教においては、毎月一度訪れる朔の夜は、月が浮かばない……すなわち太陽かみ沈まねむらない日だと考えられているらしい。夜の幕にこそ覆われているが、頭上には昼と同じく太陽が鎮座しているのだ、と。


 そのため、人々はまるで今が昼間のように夜通し振る舞うとか。魔法で太陽を模した巨大な灯りを空に掲げるようなことがないのは、曲がりなりにも神への不敬になるからだろうか。


 この宗教的な意味を持つ日が実際のところどれだけの人に信じられているかは知らないし、由来などとっくに形骸化しているかもしれない。

 けれどただ一つ確実なのは、ドラクレイユ人にとって暗陽日とは大人も子供もどれだけ遅くまで夜遊びしていても問題ない日だと認識されているということだ。 


 今月の暗陽日は、二十日後だった。 


「イード閣下の話だと、軍はすぐにでも皇帝に出兵の許可をもらおうとしてるらしい。しかも元帥が直々に出てくるそうだ。……今ここで東側の国の反感を買うわけにはいかない。本格的な進軍が始まる前に、僕達の力で食い止める」


 ロカはそう断言した。ロカは未来を見据えているからだ。


 聖ドラクレイユ帝国を陥落させて終わりではない。真の平和のために本当に重要なのは、その先だった。 


「軍相手に戦うってこたぁ、とうとうか?」


 レアの砂色の瞳が好戦的に輝く。 


 ロカは頷いてナイフを取り出し、年暦の巻物に勢いよく突き刺した。 


「全拠点に通達。総員、星魂花の種を持って配置につけ。この日の正午、僕らの花を大地に植える」


 その刃が貫くのは今月の暗陽日だ。 


「戦闘部隊の第一大隊はロコディーダに進軍。指揮は僕がる。先回りして帝国軍に奇襲をかけるぞ。第二大隊は作戦通り、非戦闘員の護送を兼ねて所定の街に移動して待機。ドラクレイユ人の抵抗を警戒しろ」


 ロカはマントのフードを被って大股で歩き出した。モスグリーンの長いマントの裾がひるがえる。


「流れる血はドラクレイユ人のものだけでいい。歴史的な大快挙を成し遂げて、自由に大きく近づこう」

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