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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第四章

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第四十一話 復讐者と暗躍者

* * *


 皇宮から離れたロカ達が人目を忍んで向かうのは、ごく普通の住宅地にある安アパートだ。


 幽霊屋敷もかくやといった、おどろおどろしいほど古びた三階建ての邸宅だ。まさかその一角に高級官僚が一人で住んでいるなんて、近隣の住民は思いもしていないだろう。  


 ドアベルを鳴らす。家主はすでに起きていたようで、玄関のドアはすぐに開いた。


 特徴的な筋肉質の身体をごまかすための肉襦袢から一刻も早く解放されたいレアは姉を連れてそそくさと客室に引っ込んだが、ロカは家主と共にリビングに向かった。 


「デーネンに戻る前に朝食を召し上がっていきますか? 簡単なものしか用意できませんが、それでもいいなら」

「……ありがとうございます、いただきます」


 少し焦げた炒り卵とソーセージを挟んだパン、それから眠気を吹き飛ばすほど熱くて苦いコーヒー。二人分の簡単な朝食がテーブルに並ぶ。 


「貴方の表情を見る限り、首尾は上々とまではいかなかったようですね」

「僕達を危険に晒さないように、アーテはここに残るって。あいつは一度言ったことは曲げないから、連れて帰るのは諦めました」

「それはそれは。賢明な判断です。今アーテさんがプリゼイル宮から消えれば、皇帝陛下はあらゆるものを薙ぎ払ってでも彼女を探し出そうとするでしょうから」

「でも、あいつと話せただけでもよかったです。貴方のおかげですね、“先生”」 


 先生──三等市民の身でありながら、法務長官として皇帝への意見を許される数少ない立場にいるその男、デーネンの荘園領主ノイシン・イードは酷薄な笑みを浮かべた。  


「貴方達の密会のために、私は手札のほとんどを出しつくしてしまいました。その分を貴方が働いて返してくださるとありがたいのですが」

「お言葉ですが、僕は貴方の駒にはなりませんよ、イード閣下。利害が一致している以上は貴方に協力しますが」

「ええ、それで構いませんとも。貴方が私の権力ちからを利用したいように、私も貴方の求心力ちからを利用したいだけですからね」


 竜殺しを誓う復讐者と、竜の宮廷にひそむ暗躍者。

 二人が対峙するリビングは、静謐な早朝あさの空気という言葉で片付けるにはあまりにも冷えきっている。


 だが、彼らの胸には同じ色をした焔が燃えていた。 


「これだけ確認させてください。……アーテは僕に言うことを聞かせるための人質ですか?」

「そう思っていただいても構いませんよ? 私はしがない法律家であって政治家ではありませんが、政治屋・・・ではありますからね。その私がわざわざ人を囲うのなら、私のための役目を与えて有効に使い倒そうとしているからだというのは実に自然な発想だ」


 ノイシンは笑みをたたえたままコーヒーに口をつける。

 ロカは眉根を寄せてパンを噛みちぎった。パリッと小気味いい音がして、ソーセージから肉汁があふれる。


「その言葉、あいつを人質と思っていない証拠じゃないですか。僕の疑問を、貴方は自分から口に出した。貴方にとってはごまかしたほうがいいことなのに。そんなことを自分から開示して僕に警戒を促すのは、むしろ僕への誠意のように思えますね」

「……ふむ」


 ノイシンは興味深そうに目を細めた。  


「アーテが言ってたんですけど、貯めたお金を閣下に預けてあるって」

「聞いていますよ。解放軍のために使ってほしいそうです。出立の時に全額貴方に渡しましょう」


 アーテの宝飾品を売って工面した金は、アーテが自由になるためのものだった。

 だが、ロカが助けに来た以上、その目的のためにお金はもう必要ない。  


「貴方はこのお金で何をしますか? 奴隷を買って人手を集める? それとも武器を揃えるのでしょうか」

「いいえ。移送手段と糧食の確保に使います。解放した奴隷を早く連れ出してあげたいし、帝国中に星魂花を蔓延させるには『落暉の嚆矢』の人員を各地に散らさないといけませんから」


 デーネンから帝都に来るのに、ロカは魔力列走車なる乗り物に乗ってきた。

 虫のような足がたくさん生えた部屋がいくつも連なっていると表現するほかない奇妙な乗り物だったが、帝国では優秀な交通手段として有名らしい。


 民間の列走車は定められたみちの上しか通れないが、帝国中の主要な街にはこの路が敷かれているそうだ。

 デーネンから西に行った大きな街にも、この乗り物のターミナルがある。乗るために必要な切符はヘラに用意してもらった。ここに来るまで五日ほどかかったが、おかげで旅路は快適だった。

 都市をつなぐ列走車は大勢の乗客を一度に運べるようになっていたから、あの乗り物を使えば解放軍の人員と星魂花の輸送はたやすいだろう。切符代さえ捻出できればこちらのものだ。  


「デーネンは豊かですが、いずれ各地から集まってくる解放軍の戦士のお腹を満たせるだけの生産力はありません。前線に立たない人達も含めればもっと足りない」


 生きている以上はどうしても衣食住の費用がかかる。

 過去にトツヒトの国を相手取って百日に及ぶ激しい籠城戦を指揮した雨の氏族の神官シイラがいうことには、飢えが一番深刻な敵だったらしい。彼女の奮闘と雨の氏族の末路を歌う悲劇の叙事詩は、ロカの好きな物語の一つだ。


「そのうち小規模な拠点を各地に作るつもりですが、それはあくまでも解放軍の潜伏先兼元奴隷のための避難所です。そこを農地として耕せるかわかりませんし、そもそも種を蒔いてから収穫できるほど長い間耐え忍ぶつもりもない。だからあらかじめ保存食を買い込んでおこうかと」 


 デーネン以外の小拠点について、ロカはある程度の目星をつけていた。賤民の山賊崩れが根城にしている廃村や、地方で暮らす下級貴族と二等市民の小さな荘園だ。

 貧民や難民の成れの果てである山賊達はうまく引き込めば戦力になるし、ドラクレイユ人の小さな箱庭を制圧できれば星魂花の実験場として使える。外部に秘密さえ漏れないようにすればいいのだ。奴隷の解放もできるし、『落暉の嚆矢』が無謀な暴走集団ではないことを未来の同志達に示すこともできるのだから、やらないほうが損だろう。 


「現実問題、燃える理想だけじゃ人の心はつなぎとめられない。まずは十分な衣食住を提供しないと。環境を整えれば、人は自然とついてきます。武器なんて最後でいい。どうせまともな戦い方はドラクレイユ人には通用しませんから」

「なるほど。だからこその使い方ですか。資金の運用は貴方に一任しましょう、アーテさんもそれを望むでしょうから。もちろん、私からもいくばくかの支援はしますよ」

「ありがとうございます。……ただ、僕達の活動について懸念が一つだけあります。お金のことではないんですけど」 


 熱いコーヒーを恐る恐るすすり、ロカはその苦さに顔をしかめた。ノイシンは肩を震わせながらシュガーポットをロカのほうへと押しやる。  


「僕達『落暉の嚆矢』は、奴隷を解放するためにドラクレイユ人達を敵に回し続けないといけない。星魂花のことはドラクレイユ人に知られてはいけないけど、『落暉の嚆矢』の存在そのものは国中に広まってほしい」


 エルファース人の希望になりたいし、彼らがすぐにロカ達を信用してくれるように。実績作りは大切だ。


「だけどその過程で、無関係な奴隷達がドラクレイユ人に虐殺されないかが心配で。だって、もしも奴隷が主人を殺していると思われたら……」 


 三百年ほど昔、雨の氏族が百日間の籠城を選んだ果てに滅亡したのは、風評を真に受けたトツヒトによる大量殺戮がきっかけだ。 


 今でこそ大神の氏族は簡単に絶えないように一つのカンナビに複数の氏族の里を築いているが、かつては一つのカンナビには一つの氏族の里が点在していた。


 当時、雨の氏族の里があったカンナビのすぐ隣にある国が、立て続けに天災や流行はやり病に見舞われた。

 その結果、『国なしどもが怪しい儀式の生贄として子供をさらって我が国に呪いをかけている』、『川上から毒を流して自分達を殺し、国を乗っ取ろうとしているのだ』という噂がまことしやかに流れ、その国に住むトツヒト達は国を挙げて雨の氏族へのいわれない報復を行ったのだ。ロカの懸念は、その再来が帝国内で巻き起こることだった。  


「ならば、まだ主人のいない奴隷を狙えばいいのです。奴隷商の店を襲撃したほうが、解放できる奴隷は多い。奴隷の扱いが特にひどい店をいくつか教えましょう。オーナーの二等市民は店舗にはほとんど顔を出さずに三等市民が実務を仕切っている店ばかりですから、直接ドラクレイユ人を襲うより安全かつ確実です」


 冷酷そうに目を光らせてノイシンはにやりと笑う。底冷えのする、悪意に満ちた笑みだった。けれどその悪意はロカには向けられていない。  


「奴隷商人は裕福です。強盗に狙われるのは珍しいことではありません。商品ざいさんである奴隷が根こそぎ奪われることもあるでしょう」

「そうか。エルファース人の難民や貧困層が犯罪者になってしまうのも、この国ではよくあることみたいですしね」

「ええ。嘆かわしいことに、高貴なドラクレイユ人の皆様方は移民問題には真剣に取り組んでくださらないのです。敗戦国の民など奴隷にすればいいとしか思っていませんから」

「『落暉の嚆矢』の認知については……解放した奴隷の中でも戦えない人達を街に紛れ込ませて、まだ捕まっている奴隷達にこっそり噂を広めてもらえばいいでしょうか? いつか自由になる日が来るからそれまで待て、と。イード閣下にもお手伝い願いたいんですが」


 情報は大事だと、今は亡き父もよく言っていた。これまでは収集するだけだったが、自分から発信してしまえばいい。


 これなら非戦闘員のための新しい役割が作れる。賤民のふりをさせれば怪しまれずに街に溶け込めるはずだ。   


「怪しまれない範囲でいいのなら。貴方達が掲げたという一番星の旗は、自由になる日を夢見る奴隷達にとってはまさしく希望の星になるでしょうね」

「ついでに、二等市民が一等市民の既得権益を狙ってるっていう嘘を仕込めたりできますか?」

「注文の多いことで。善処はいたしましょう」 


 ノイシンは楽しそうだ。無意味な虐殺はひとまず避けられたと、ロカはほっと胸を撫で下ろした。コーヒーはすっかり甘くなっている。  


「僕達解放軍に本当に必要なのは、戦士と兵站へいたん部だけじゃなくて、工作員だったんですね。ヘラ様に役割分担の見直しをお願いしないと。僕は兵站のことしか考えてなかったから……」

「そうでもありませんよ。兵站業務は軽んじられがちですが、その実もっとも重要ですからね。そこに重きを置くとは、貴方には軍師としての才があるようだ」

「歴史に名を残した人達の受け売りです。僕がすごいわけじゃありません」


 ロカは顔を赤らめて、パンの最後の一口をコーヒーで流し込んだ。


「そうだ、これを伝えておかなければ。実は、軍部が妙な動きをしていまして。軍事演習の名目で近隣諸国に出兵するようなんですが、どうにもきな臭い。何か掴み次第連絡しますね」

「はい、よろしくお願いします」


 ちょうどレアが様子を見に来たのでロカは立ち上がった。そろそろ行かなくては。


「レアさんとエミュさんの分の朝食を包んでおきましたから、帰りの列走車で召し上がってくださいね。エミュさんにはヨーグルトを。レアさんには少し物足りないかもしれませんが」


 ノイシンがレアに声をかけて席を立つ。しばらくして戻ってきたノイシンは紙の袋を二つ持っていた。一つはロカに、一つはレアに。レアは嬉しそうに礼を言う。

 ロカに渡された紙袋はずっしりと重い。アーテが託してくれた重みを感じながら、ロカは深く頭を下げた。

 

「では、気をつけて。『落暉の嚆矢』の健闘を祈っていますよ」

「星流し、楽しみにしていてくださいね。とても幻想的で綺麗な夜空になりますから」

 

 ロカは冷たく微笑む。ノイシンも口を引き裂いたような笑みを浮かべて頷いた。


(あともう少しだけ待ってて、アーテ。僕が次に帝都の石畳を踏むのは、この国が滅びる日だ)


* * *

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