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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第三章

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第四十話 約束の口づけ

「じゃ、ほんとに土産はいらないんだね?」

「はい。メグリムさんがお休みを楽しんでくれたら、それで」

「よく言うよ」


 ニコニコと笑うアーテに、メグリムはフンと鼻を鳴らした。  


「アンタも陛下がいらっしゃらなくて羽を伸ばせるからって、ダラダラ過ごしてやたらめったら散らかしたら承知しないよ」

「はぁい。それじゃあいってらっしゃい、メグリムさん」  


 今日、メグリムとモニータは休日を与えられてプリゼイル宮の外に出ることを許された。

 賤民の奴隷は、一年の内に数日だけ休みをもらえるらしい。今日がその日というわけだ。


 メグリムは帝都から少し離れた小さな温泉のある保養地に行き、モニータは一日中遊び歩きたいとかで、明日の朝まで帰ってこないことになっている。

 不在の二人に代わり、プリゼイル宮には今日一日だけ臨時の召使いが派遣される。

 ヴァルデシウスも視察の公務で帝都を離れているので、今日プリゼイル宮に来るのはその召使い達しかいない。 


 メグリム達が一気に休みを取ることになったのも、臨時の召使いを手配したのも、ヴァルデシウスが公務にアーテを連れ出せないようパートナーとして良家の令嬢をつけたのも、宮廷中に様々なコネを持つ先生の仕組んだことだということを知っているのはアーテだけだ。 


 モニータは大荷物を抱えてとっくに帝都まちに飛び出している。今はアーテと寝たきりのエミュしかいないので、プリゼイル宮はとても静かだ。


 メグリムを見送ってからもエントランスに佇んだまま、アーテはそわそわしながらその時を待つ。

 あの冷たい氷の花の髪飾りも、今日ばかりは亜麻色の髪を飾らない。だってあんなもの、アーテには本来必要ないのだから。 


 永遠にも感じられるような長い一分を積み重ね、やっと待ち望んでいた瞬間が訪れた。


 勢いよく開け放たれたドア。アーテが訪問者の姿を視界に入れるが早いか、二人組の召使いのうち一人がアーテに駆け寄ってくる。 


「アーテっ!」

「ロカ! ロカだ! 本物のロカ!」


 飛び込むように抱きついてくる痩せぎすな少女を、アーテは熱い抱擁でもって受け入れた。たとえ召使いに扮するために女装していたって、その顔は絶対に見間違えない。 


「会いたかった……ずっと、ずっとお前のことを捜してたんだぞ!」 


 幼い頃、悪童達にいじめられていたあの日のように、ロカはわんわん泣きじゃくっている。 


「生きててくれて、本当によかった……!」

「それはこっちの台詞ですよ、ロカぁ……!」 


 あの頃と違うのは、彼に寄り添うアーテも泣いていて、けれど二人の涙は悲しみの色では染まっていないということだ。  


「ロカ、また目の下のクマがひどくなってます。ちゃんと寝てるんですか? それに、前より痩せたかも」

「僕のことなんてどうでもいい。それよりお前だ。アーテ、怪我はしてないか? どこか痛むところは?」


 夜遅くまで本を読んでばかりで寝不足気味だったロカ。せっかく心配してやってるのに全然改善されないから、ばーかばーかとぷりぷりしながら本を隠してやった。ロカの家のおじさんとおばさんも公認の、何度も繰り返されたやり取りだ。  


「わたしは元気です。全然へっちゃらでしたよ」


 そんな子供の頃の些細でありふれた思い出が、アーテの頭をぶわりと駆け巡る。何もかもを失ってしまったと思っていたけれど、あのきらめきの欠片がこの腕の中にあった。  


「大将、水を差すようでわりぃんだけどよ」


 二人組の召使い──ロカの連れがせかせかと口を開く。縦にも横にも大きく、召使いの仕着せは今にも贅肉ではちきれそうだ。声は低くて化粧でもごまかしきれないほどにいかめしい顔つきだが、こちらは本物の女性かもしれない。 


「ご、ごめん。アーテ、彼女はレアさん。砂の氏族の前族長の娘さんで、僕の仲間の一人だ」

「先生から聞いてます。ロカは解放軍ってやつを作っ……砂の氏族の? もしかして、エミュ様のご家族ですか!?」

「ああ。姉様あねさまがここにいるんだろ? どこにいる?」

(でも、エミュ様の妹さんは亡くなったはずじゃ……待って。あの時、妹さんだけ他の人とは違ってました。本当はあの骨、違う人の骨だったのかも)


 エミュの部屋がある廊下の奥をアーテが指し示すと、エミュの妹だというその女性は見た目からは想像もつかないほど俊敏に走っていった。もしかすると、あの贅肉こそが彼女の変装なのかもしれない。  


「アーテ、今のうちに荷物をまとめて。さっさと逃げよう。もちろんレアさんのお姉さんも一緒にだ。まだ森には帰れないけど、安全な場所があるから匿ってもらえる。解放軍の拠点もそこにあるんだ」


 ロカが手を差し伸べる。アーテは反射的にその手を取ろうと── 


『お前がこの腕をすり抜けて他の男の元に行くのであれば、その男をむごたらしく殺してやろう』 


「!」

「アーテ?」


 突然顔を青ざめさせてガクガクと震えだしたアーテに、ロカの表情が心配げに曇る。 


『故郷が忘れられぬと泣くのなら、望郷の念など掻き消えるほど徹底的にお前の過去を破壊し尽くしてやろう』 


 脳裏に浮かぶのは母の最期だ。

 真っ赤に染まった服。砕け散った鍋。人間があんなに簡単に死んでしまうなんて思いもしなかった。  


「だめ……だめですっ……! わたし、一緒に行けない! 行ったらだめなの!」


 悪魔の高笑いが聞こえて、ロカが真っ赤に染まる。先ほどまで普通に話していたのに、突然その場にくずおれて。


 そんなの絶対、耐えられない。 


「だって、だってだって! わたしといたら、あの男がロカを殺しに来る!」


 ロカの手を取るために伸ばした手で自分を抱きしめ、アーテは悲痛な声で叫んだ。 


「わたしといたらみんな皇帝に殺されるっ! 先生の奥さんも、ロカの仲間の人達も、みんなみんな」

「落ち着けアーテ!」


 上手に呼吸ができない。吸っても吸っても胸が苦しい。めまいがして、手足がびりびりしびれてくる。

 自分の身体なのに、何一つ思うように動かせない。それはまるで、視えない鎖に絡め囚われているかのようだった。その鎖の先端を握るのは皇帝ヴァルデシウスだ。


「大丈夫、ここには僕達しかいない。ゆっくり息を吸って、吐いて。そう、よくできた。少し座ろうか」


 ロカはアーテの手を取り、すぐ近くの階段にアーテを誘導する。 


「焦るなよ、ゆっくりでいいんだ。うん、その調子。……怖くない、怖くない……」


 小さな子供に語りかけるようにして、ロカはアーテを階段に座らせた。ロカもその隣に腰掛ける。

 アーテがロカの胸に頭をぽすんと預けると、ロカは少しびくっとしたもののそのまま優しく抱きしめて背中をぽんぽんと叩いてくれた。おかげでアーテも落ち着いてくる。 


「僕はマガツトなんかに負けないよ。相手が皇帝だろうと、そう簡単に殺されてやるもんか」

「……」

「それとも僕じゃ頼りない? 確かに僕はアコイセの樹の一番下の枝までだって登れないし、家の枝階段すら飛ばし降りできないけど」

「……頼りなくないです……。だって、お山を越えてわたしを捜しに来てくれたじゃないですか」


 ロカの鼓動に耳を傾け、アーテは陶然として呟く。二人分の心臓の音は早くてバクバクうるさいけれど、彼の声はちゃんと聞こえる。 


「そうだろ。僕だっていつまでも、お前に庇ってもらわなきゃなんにもできないいじめられっ子のままでいるわけにはいかないんだ」

「でも、ずっとわたしに振り回されててくださいよ。わたしが行きたいところにロカも来て、やりたいことを一緒にやって。……ロカはずっとずっと、わたしの隣にいなきゃだめなんですから」


 ロカの服をぎゅっと握る。ロカは苦笑しながらアーテの頭を撫でた。 


「相変わらずわがままな奴。そういうこと、僕以外には言うなよな。お前のわがままぐらい、僕がいくらでも付き合ってやるから」


 そしてロカは殉教者のように粛々と懺悔する。 


「お前を置いてカンナビの外に行ってごめんな、アーテ」

「ロカのばか。わかればいいんです、わかれば。……せっかく生きて帰ってきてくれたのに、わたしがいなくてびっくりしたでしょ。おかえりってすぐに言えなくてごめんね、ロカ」


 しばらく二人は無言のまま抱き合っていた。お互いの温もりを噛みしめるだけの静謐な時間は緩やかに流れていく。 


「それでも、僕と一緒に来てくれないのか」

「ごめんなさい。でも、わたしがロカと一緒にいたら、きっと解放軍が見つかっちゃうから。誰にも迷惑かけたくないんです。ロカを信じられないとかじゃなくて、わたしがいやなの」


 ロカは大きなため息をつく。じとっとしたその三白眼で見つめられても、ちっとも怖くなんてなかった。


 だってロカが優しいことは、アーテが世界で一番よく知っているからだ。 


「わかった。そこまで言うなら今日は諦める。でも、星魂花が咲く頃に必ずまた迎えに来る」


 だから──彼の場違いなぐらい晴れやかな笑みを見ても、アーテは決してひるまない。 


「二人で一緒に星流しを見よう。約束したもんな」


 ロカは言う。マガツトのおかげで星魂花を咲かせられると。国中を覆う魂の花が、あの忌まわしき竜達の血を浄化してくれると。


 それが意味するのは、つまり。 


(ロカは平和を目指してた。そのロカがこれ・・を選んだのは、わたしのせいかもしれません)


 誰もがわかり合える平和な未来を望み、マガツトとも友好的な関係を築こうとしていたロカ。

 あの夢見る理想主義の少年は、もうどこにもいないのだ。  


(ロカがやろうとしているのは、きっと悪いことなんでしょう。あの本に書いてあった、毒の風と花のお化けの病気。それが星流しのことなら……これから多分、たくさんの人が死んでしまうから)


 けれどアーテの幼馴染みは、アーテが愛した少年は、確かにアーテの目の前にいる。 


(だけど、わたしは)


 アーテも笑った。何もかもを赦して受け入れるような、慈愛に満ちた清らかな笑みだった。 


「はい。一緒に見ましょう。二人一緒なら、何があっても大丈夫です」


 ロカが罪を犯すというのなら、その事実から目を背けない。罪の重みを一緒に背負う。たとえ奈落に続く道だって、二人で歩けば怖くない。 


(絶対に、ロカを一人にしない)


 それこそが、アーテが示せる最大の愛の形だ。



 それから二人はたくさんのことを話した。お互いの空白の時間を埋めるように。


 ロカは旅の途中で物知りな老爺と出会い、彼と一緒に命がけで峨翳がえい山脈を越えたことを。わずかな手がかりを頼りにしてデーネンに辿り着き、志を同じくする仲間達に恵まれたことを。


 アーテは強く勇敢な姫君と出会い、意地悪に見えて本当は親切な女性とも仲良くなれたことを。先生の助けを借りて帝国の文字と歴史をほんの少し学んだことを。


「アーテから預かったお守り、壊しちゃってごめんな」

「いいんです。ロカの身代わりになれたってことですから。おじいちゃんとおばあちゃんが守ってくれたんですから、ごめんじゃないでしょ?」

「ん。そうだな、ありがとう」


 ロカはポケットに手を入れる。すると、なくしたと思っていたリマリスアの花の髪飾りが出てきた。


「わたしの髪飾り! ロカ、持っててくれたんですか?」

「ああ。森で見つけたんだ」


 ロカはアーテに髪飾りを渡してくれる。アーテはいそいそとそれを髪にした。


 帝国に来てから、きらきらの石がたくさんついたアクセサリーを数多く見てきた。

 だが、アーテにはこのリマリスアの髪飾りこそが一番綺麗に見える。どんな宝石いしころより価値のある宝物だ。


「ありがとうございますっ! でも、またなくしちゃうといけないから、ロカが預かってくれますか?」


 あの冷たい氷の花とはまったく違う、温もりの伝わる木彫りの髪飾りを名残惜しみながらロカに返す。


「……わかった。じゃ、今度迎えに来た時に、改めて渡すから」

「はい。忘れないでくださいね」


 話は尽きない。どれだけ言葉を交わしても足りなかった。

 けれどだんだん日が落ちて、夜が更けていき、一緒にいられる時間が刻一刻とすり減っていく。

 夜明けまでにロカとレアはプリゼイル宮を立ち去らなければいけない。何事もなかったかのように。


 そしてまた、いつも通りの一日が始まる──ただ一点、元寵姫で現召使いの女性が衰弱死・・・してしまうことを除いては。


 

 空がとうとう白んできた。皇宮に朝告げ鳥はいないが、小鳥のさえずりが聞こえてくる。


「僕達はそろそろ帰る。でも、無理だけはするなよ。星流しより前に迎えに来たっていいんだからな」

「平気です。だって、またすぐロカに会えるから」


 アーテは悪戯っぽく微笑み、ロカに近づく。唇が重なった。誰かに奪われるのではなく、アーテから捧げた初めての口づけだ。その“特別”は、ロカにしかあげない。


「約束ですよ。待ってますから。今度は正面から堂々助けに来てくださいね?」


 丁寧に毛布でくるまれて安らかに眠るエミュを抱えたレアが小さく口笛を吹く。ロカの顔は夕日より赤くなっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人が再会できた [一言] ようやくロカとアーテが再会できて本当に良かったです! レアもエミュを取り返せましたし 今まだ一緒にいれないけどマガツトを倒してアーテを取り返す時はもうすぐですか…
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